はじめに
ブレイキングダウンで圧倒的な強さを見せ、RIZINという日本最高峰の舞台に上り詰めた冨澤大智。しかし、彼のストーリーは決して順風満帆ではなかった。野球特待生として将来を嘱望されながら、消防士を経て、逮捕という人生最大の挫折を味わった男が、いかにして格闘技界で「孤高の闘神」と呼ばれるまでになったのか。その波乱万丈な人生を追う。
野球特待生としての栄光と挫折
栃木県宇都宮市出身の冨澤大智は、父と兄の影響を受けて6歳から野球を始めた。その才能は早くから開花し、宇都宮市立鬼怒中学校から野球の特待生として文星芸術大学附属高校に進学。
プロ野球選手を目指し、18歳まで野球に青春を捧げた。
しかし、プロへの道は険しく、夢は叶わなかった。それでも「人の役に立ちたい」という思いから、冨澤は消防士への道を選ぶ。安定した職業に就き、地域社会に貢献する日々。順調に見えた人生だったが、運命は彼に過酷な試練を用意していた。
逮捕、そして人生のどん底へ
2018年、冨澤の人生を揺るがす出来事が起きる。強盗致傷の疑いで逮捕されたのだ。本人は一貫して冤罪を主張し、「揉め事を止めていただけ」と訴えた。結果は不起訴となったものの、実名報道されてしまった影響は計り知れなかった。
周囲からの冷たい視線。消防署での立場。どれだけ無実を訴えても、一度世間に知れ渡った情報は消えることはない。冨澤は苦渋の決断として、消防士を辞めることを選んだ。
夢だった野球、安定していた消防士という職業。全てを失った21歳の青年に残されたものは何だったのか。
格闘技との出会い〜「格闘代理戦争」への挑戦
人生のどん底にいた冨澤が見つけた新たな道、それが格闘技だった。21歳で格闘技を始めた彼は、2019年4月、AbemaTVで放送された「格闘代理戦争4thシーズン」に、キックボクシング界のカリスマ・武尊率いる「TEAM武尊」のメンバーとして出演する。
この番組出演が転機となった。K-1ジム総本部チームペガサスに入門し、本格的にキックボクシングの道を歩み始めたのだ。2021年10月、Krush-EXでプロデビューを果たすと渚に判定勝ち。翌2022年1月のKrush.133でも内田竜斗に判定勝利を収めた。順調なスタートだった。
プロからブレイキングダウンへの転身
Krushで2戦2勝という実績を残しながら、冨澤はブレイキングダウンという新たな舞台を選んだ。なぜプロの道を離れ、1分間勝負のブレイキングダウンへ向かったのか。
2022年11月のBreakingDown6でDEEPファイターのヒロヤとMMAルールで対戦し敗北。初陣は黒星だったが、翌月のBreakingDown6.5で本来のキックルールに戻るととしぞうを圧倒して勝利。そこから冨澤の快進撃が始まる。
2023年3月には空手世界王者のダンチメン・あつきを撃破。5月には戸塚悠人に勝利、7月のBreakingDown8.5では朝倉未来が高く評価していた虎之介を開始10秒のカウンター膝で秒殺KO。8月にも竜毅をKOと、まさに無双状態。冨澤は「孤高の闘神」の異名で、ブレイキングダウンの顔となっていった。
RIZIN初参戦〜挫折と涙
圧倒的な強さでブレイキングダウンを席巻した冨澤に、ついに日本最高峰の舞台・RIZINから声がかかる。2023年12月31日、RIZIN.45での初出場。相手はKrushフェザー級王者の篠塚辰樹だった。
記者会見で冨澤は「BreakingDownからやってきた」「知名度で来たわけじゃない」「分からしてやりますよ」と自信を見せた。しかし、プロの壁は想像以上に高かった。試合では1ラウンドと3ラウンドに計2度のダウンを奪われ、判定0-3で完敗。悔しさからリングで泣き崩れる姿は、多くの格闘技ファンの心を打った。
篠塚からは「プロから逃げたヤツ」「普通だったら試合も組まれない」と厳しい言葉を浴びせられた。プロ戦績わずか2戦の冨澤がRIZINに出場したことに、批判的な声も少なくなかった。
敗北からの復活〜井原良太郎との因縁
RIZIN初戦での敗北後、冨澤はバンタム級トーナメントに復帰できず、初代王座を逃してしまう。王座に輝いたのは、因縁の相手・井原良太郎だった。2024年6月、冨澤は「負けたら引退」を宣言して井原に挑戦したが、またしても敗北。
失意の中、冨澤は一時音信不通となり、格闘技界から姿を消した。
しかし、闘神は諦めなかった。12月のBreakingDown14オーディションに姿を現すと、極真空手世界王者のよしきまると対戦。ブランクの影響か、かつての輝きはなく塩試合となったものの、判定3-2でギリギリ勝利。「ちゃんと格闘家になれるように努力したい」という言葉には、再起を誓う決意が滲んでいた。
RIZIN DECADE〜完全復活の瞬間
2024年12月31日、RIZIN DECADEで開催された「雷神番外地」。朝倉未来率いるBreakingDown軍と平本蓮率いるBLACK ROSE軍の対抗戦に、冨澤は朝倉未来軍の一員として出場した。相手は三浦孝太。
試合は1ラウンド1分53秒、左膝でのKO勝利。完全復活を遂げた冨澤は、涙を流しながらマイクを握った。「去年負けてから死ぬほど悔しくて。ブレイキングダウンで負けて、自分が惨めでほんと情けなくて」。その言葉には、挫折と葛藤の日々が凝縮されていた。
「ブレイキングダウン出てる人とか、名前だけで出やがってってみんな思ってると思います。その通りです。僕まだまだ弱いです。でも絶対に強くなります」。自らの立場を認め、さらなる高みを目指す宣言。そして「来年ブレイキングダウンに忘れ物してるんで、それ全部取ってここで戦いたい」と、井原良太郎へのリベンジを誓った。
RIZIN男祭り〜新たな挑戦と課題
2025年5月4日、RIZIN男祭りで冨澤は山本キッド徳郁の甥・山本アーセンと対戦。会見では「俺は色物じゃね〜よ! 格闘家やってんだよ!」と、ブレイキングダウン出身という色眼鏡で見られることへの怒りを爆発させた。
しかし試合は厳しいものとなった。終始アーセンの寝技に苦しめられ、2ラウンド目にリアネイキッドチョークを極められてタップ。一本負けという結果に終わった。まだまだMMAでは課題が山積していることを思い知らされた一戦だった。
「孤高の闘神」が示す格闘家としての矜持
野球特待生として将来を嘱望されながら、消防士として働き、逮捕という挫折を経験。21歳で格闘技を始め、Krushでプロデビューを果たすも、ブレイキングダウンという新天地を選択。そこで圧倒的な強さを見せつけ、RIZINという最高峰の舞台へ。
しかし彼が戦っているのは、リング上の相手だけではない。「ブレイキングダウンの人間」「知名度だけで試合が組まれた」という批判。プロ格闘家からの冷ややかな視線。冨澤は「自分をBreakingDownの人間だと思ってない。あんなやつらと一緒にするなよ」と語る。その言葉には、真の格闘家として認められたいという強い思いが込められている。
ブレイキングダウンという舞台で名を上げ、RIZINに辿り着いた冨澤。彼のストーリーは、現代の格闘技界における一つの象徴でもある。エンターテインメント性と実力、知名度とスキル。その狭間で葛藤しながらも、冨澤は確実に前へ進んでいる。
「絶対に強くなります」。その言葉通り、彼はこれからも闘い続けるだろう。野球特待生だった少年が、消防士を経て、格闘家となり、今やRIZINのリングに立つ。その歩みは決して平坦ではなかったが、だからこそ「孤高の闘神」という異名にふさわしい。
冨澤大智は、挫折から這い上がる人間の強さを教えてくれる。そして、どんな道を歩んできても、諦めなければ夢は叶うということを証明している。


コメント