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AppBankが上場できた理由と収益構造、マックスむらい退任の真相

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インフルエンサー
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はじめに – YouTuberの先駆者が創った会社

AppBankという名前を聞いて、iPhoneアプリのレビューサイトや「マックスむらい」のゲーム実況動画を思い浮かべる方も多いでしょう。

2015年10月、AppBankは東京証券取引所マザーズ市場に上場しました。YouTuber黎明期に大成功を収めた企業が、なぜ株式市場への参入を果たせたのか。その収益モデルはどのような仕組みだったのか。そして創業者マックスむらい(村井智建氏)はなぜ会社を去ることになったのか。この記事では、AppBankの歩みを徹底解説します。

AppBankが上場できた理由

iPhone登場という絶好のタイミング

AppBankは2008年10月6日、創業者の宮下泰明氏がiPhoneのレビューサイトとして開設しました。スマートフォンの黎明期に、アプリ情報を専門に扱うメディアという新しいポジションを確立したことが、最大の成功要因です。

2008年12月からマックスむらいこと村井智建氏が参画し、事業が大きく拡大しました。2013年11月には月間1億PVを突破するほどの巨大メディアへと成長します。当時はスマートフォンアプリ市場が急成長していた時期であり、AppBankはその波に乗ることに成功したのです。

マックスむらいの影響力

YouTuberとしてのマックスむらいの人気も上場の大きな要因でした。「パズドラ」や「モンスト」のゲーム実況動画で、配信視聴者数が50万人から100万人に達することもありました。個人の影響力が企業価値に直結する新しいビジネスモデルとして、投資家からも注目されたのです。

上場時には公募価格1,200円に対して初値1,750円をつけ、マックスむらい氏がネタキャラ化していることも話題性につながりました。インフルエンサーマーケティングの先駆けとも言える存在だったのです。

多角的な収益構造

上場できた背景には、単なるメディアサイトではなく、複数の収益源を持つビジネスモデルを構築していたことも重要です。メディアサイトの運営に加えて、自社アプリや動画コンテンツの提供、スマートフォン関連商品のECサイト運営や店舗販売を展開していました。

AppBankの収益構造を徹底解説

メディア事業 – 複数の広告収入源

AppBankの主力事業であるメディア事業は、広告収入を柱としています。アドネットワーク広告、純広告、動画広告という複数の広告収益チャネルを持っていました。

具体的には以下のような収益源がありました。

サイト広告収入: AppBank.netに掲載される記事に付随する広告から収益を得ます。アプリレビューは検索エンジンからの流入も多く、安定したアクセス数を確保できる強みがありました。

YouTube広告収入: マックスむらいチャンネルを中心とした動画コンテンツの広告収入です。当時はミクシィのスマートフォンゲーム「モンスターストライク」のプレイ動画が売上の柱となっていました。

AppBank Network: 自社で開発したスマートフォン広告アドネットワークも運営していました。他のアプリに広告を配信し、広告収益を得るビジネスです。

ストア事業 – EC販売と実店舗

2011年6月には原宿に実店舗1号店をオープンし、スマートフォン関連商品の販売も手がけました。Webと実店舗のハイブリッドモデルで、メディアで培った知名度を販売に活かす戦略でした。

ECサイトでは顧客ニーズに合った商品の取り扱いを拡充し、厳密な原価管理で粗利を確保する体制を構築しました。

IP&コマース事業 – 新たな収益の柱

近年では、マックスむらいの知名度を活かしたIP&コマース事業にも注力していました。原宿でプロデュースする菓子ブランド「友竹庵(YURINAN)」を展開し、どら焼き専門店として新しい収益源を模索していました。

全国47都道府県の地方放送局とネットワークを持つPLANA社と協力し、地方放送局向けのメディア企画を共創するなど、地域活性化事業にも参入しています。

マックスむらいがAppBankを辞めた理由

2024年3月 – CEO退任

2024年2月26日、マックスむらいこと村井智建氏がAppBankの代表取締役及び取締役から退任することが発表されました。退任後は従業員として入社し、事業推進部兼動画事業部の部長として引き続き事業推進を担当することになりました。

退任の背景には、経営の刷新が必要だったことがあります。AppBankは業績不振に陥っており、決算書には「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在しております」との疑義注記が記されていました。

村井氏自身は「より現場でバリバリ働けるように」との意向で、自身がプロデュースする菓子ブランド「友竹庵」をはじめとする各事業を引っ張りたいと語っていました。経営者としての責任と、現場でのクリエイティブな活動のバランスを考えた結果だったのでしょう。

2025年3月 – 完全退職

2025年4月3日、マックスむらいは3月31日付けでAppBank株式会社を退職したことを報告しました。創業から17年、会社とともに歩んできた彼にとって、大きな転換点となりました。

AppBankから「YURINAN事業」の事業譲渡を受け、新会社を立ち上げ「どら焼き屋さん」として独立したことを発表しました。個人事業主としてのインフルエンサー活動と、どら焼き会社の社長という二足のわらじを履く生活を選んだのです。

インフルエンサーと経営者の両立の難しさ

村井氏は2015年の上場直後に社内で横領事件が発覚し、大きな話題になったと振り返っています。マックスむらいとしての活動にも勢いがあった時期で、何をしても炎上してしまう状況でした。

「インフルエンサーと経営者を両立する難しさも痛感していました。些細なことでも炎上しやすい世の中なので、迂闊な発言で経営自体に泥を塗ることがあれば本末転倒です」と語っています。

両立に難しさを感じて一時は社長の座を退任し、2020年に復帰してからは「脱マックスむらい」を意識していました。会社として一人のインフルエンサーに依存した状態から脱却したかったのです。しかし結果的には、マックスむらいなしのAppBankは厳しい状況となり、彼自身も新たな道を選ぶことになりました。

AppBankの現在と今後

新経営体制による再建

現在の代表取締役社長は白石充三氏が務めており、「AppBankという会社の再生を成し遂げたい」との思いで経営に取り組んでいます。業績と株価の低迷により上場廃止基準に抵触する可能性がある瀬戸際にあることを認識し、全力で会社再生にチャレンジしているのです。

クオンタムリープ社、PLANA社、STPR社といった戦略的パートナーと資本業務提携を結び、新経営体制を発足しています。これらの企業が持つネットワークやノウハウを活用し、地域活性化事業モデルの開発やインバウンド需要の取り込みを計画しています。

事業転換への挑戦

2025年9月には株式交換により、放送局や広告代理店向けのソリューション開発を行う株式会社PWANと、プロスポーツクラブ向けオフィシャルグッズ制作を行うmusica lab株式会社を子会社化しました。安定した黒字企業を傘下に収めることで、収益構造の改善を図っています。

2026年12月期までの売上高平均成長率を年間プラス70%と掲げ、売上高約24億円の規模をコミットしています。メディア事業を中心としながらも、新しい事業の柱を育てることで、持続可能な成長を目指しているのです。

AppBankの教訓

AppBankの物語は、デジタルメディアビジネスの可能性と課題を如実に示しています。スマートフォンの登場というタイミングを捉え、インフルエンサーの影響力を活かして上場まで辿り着いた成功体験。その一方で、特定の個人や特定のゲームタイトルに依存したビジネスモデルの脆さも浮き彫りになりました。

マックスむらいの退任は、インフルエンサーと経営者の両立がいかに難しいかを示す事例でもあります。個人の発信力が企業価値に直結する時代において、リスク管理と成長のバランスをどう取るかは、今後も多くの企業が直面する課題となるでしょう。

現在のAppBankは新たな経営陣のもとで再建に挑んでいます。メディア事業で培ったノウハウを活かしながら、新しい事業モデルへの転換を図る彼らの挑戦は、デジタルメディア企業の進化の一つの形として注目に値します。マックスむらい自身も、新会社でどら焼き事業と動画配信の両立に挑戦しています。

AppBankの歩みは、ビジネスモデルの多様化、経営と個人活動の切り分け、そして時代の変化への適応という、現代のデジタルビジネスにおける重要な教訓を私たちに与えてくれているのです。

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