異例の事態──高値なのに動かない新米
スーパーのバックヤードには新米の袋が積み上がり、売れ残る異例の事態が2025年末に起きている。
2025年8月下旬時点で全国のスーパーでの米5キロ当たりの平均価格は3,804円となり、前年同時期比で45.0%も高い水準を記録。さらに11月14日にはお米5kgあたりの平均価格が4,316円と最高値を更新した。
価格が上がれば通常は需要が減る。しかし今回、市場で起きているのは単純な「高くて売れない」という現象ではない。価格高騰という表面の裏で、複雑な構造的問題が新米を身動きできない状態にしているのだ。
売れ残りの真犯人──昨年の品薄が生んだ「契約の呪縛」
新米が店頭に積み残される最大の原因は、意外なことに2024年の米不足にある。
昨年の品薄時に「なんとか在庫を確保してほしい」と頼み込んだ手前、今年になって「仕入れ量を減らしたい」とは言いづらい状況だ。長年の取引関係を大切にする日本の商習慣が、皮肉にも流通現場を縛っている。
去年は米を求める消費者で店頭が混乱した。その反動で小売店は「今年こそは」と多めに発注した。しかし消費者の購買行動は店側の思惑と異なった。新米5kgの平均価格は昨年より1,000円程度上昇し、2年前と比べると約2,000円の値上がりという価格帯に、多くの家庭が買い控えに転じたのだ。
値引きできない事情──価格構造の維持という綱渡り
では、売れないなら値下げすればいいのではないか。そう考えるのは自然だが、現実はそう単純ではない。
値引きに踏み切れない背景には「他の米の価格構造に影響する」という理由がある。特にブランド米を安売りすると、全体の価格帯を崩してしまうため、店側は慎重にならざるを得ない。
精米済みの米は品質劣化が早く、おおむね1カ月ほどで廃棄対象になる。時間との戦いの中で、廃棄する前に従業員向けの割引販売で在庫を処理しているケースもあるという苦肉の策を取る店舗も現れている。
新米プレミアムの消失──年明けが転換点に
さらに独特なのが「新米」という表示の扱いだ。食品表示法では「新米」と表示できるのは年内に精米・包装された米だけで、年をまたげば通常米扱いになる。
つまり2026年1月を境に、店頭の新米は「新米」というプレミアムを失う。流通関係者は「1割程度の値下げが始まる可能性がある。赤字覚悟の価格で出す店もあるかもしれない」と見ている。
年が明ければ特売が始まる──それを知っている消費者は、さらに買い控えを強めるという悪循環が生まれている。
高騰の背景──複合要因が作り出した完璧な嵐
そもそも、なぜ米価格はここまで上がったのか。
主な原因は、「猛暑による生産量減少」「生産コスト上昇」「国内供給減少」「インバウンド回復による需要増加」の4つだ。2024年から2025年にかけて米価格が前年比62.8%高騰という歴史的な数字の裏には、これらの要因が複雑に絡み合っている。
特に注目すべきは、2024年の作柄への影響だ。2024年から2025年にかけて、コシヒカリなど主要銘柄の5キログラム当たり価格は2024年6月の約2,561円から2025年6月には約5,072円へとほぼ2倍の水準まで上昇した。
集荷競争の過熱──「まるでバブル」の異常事態
価格上昇を加速させたのが、産地での激しい集荷競争だ。商系業者からは「60kg3万5000円台の攻防戦になっている」との声が聞かれ、「まるでバブルだよ」と業界関係者が語るほどの加熱ぶりだった。
栃木県では県外の集荷業者が「60kg当たり2万5000円」の価格を提示し、JA系統の概算金1万6300円を大きく上回った。農家の軽トラが列をなして売りに行く光景が見られた。
この構図が2025年産米でも繰り返され、JA(農協)が発表した2025年産のお米の「概算金」は、これまでで一番高い金額となった。集荷競争が新米価格を押し上げる構造は変わっていない。
損切りに踏み切る業者──3億円の決断
高値で仕入れた米が動かない──この現実に直面した業者の中には、思い切った決断をする者も現れた。
青森の集荷業者フクテイの福島社長は、高値集荷した新米を原価割れ覚悟で販売し「赤字ですが、高値集荷した玄米で売るより損も少なくて済むし消費者も喜んでくれる」と語る。在庫処分による現金化、つまり損失確定という経営判断だ。
米流通の現場では、「上がり続ける」という前提で動いていた資金が、一転して塩漬けになるリスクに直面している。
備蓄米放出の誤算──安さだけでは売れなかった
政府は価格高騰に対応して備蓄米を放出したが、これも想定通りには進まなかった。発売当初こそ人が集まり、安さにひかれて買い物かごに入れる客の姿が目立ったが、熱気は長く続かず、気がつけば店頭に袋が積み残された。
消費者はコメの品質や安全性への志向が戻り、備蓄米の積極的な購入動機はシュリンクしているという分析もある。加えて備蓄米の販売期限は納入から原則1か月以内と定められており、期限を過ぎれば棚から下ろさざるを得ず、百袋単位で売れ残った店舗もある。
消費者心理の変化──「待てば下がる」という期待
高値の長期化は、消費者の購買行動そのものを変えた。農水省の卸業者からの聞き取りでも「10月以降、特売を行っても売れ残りが出るなど売れ行きは鈍っている」との報告がある。
年明けの値下げを見越して買い控える消費者、売れ残りを抱えて値引きできない小売店、高値で仕入れた在庫を処理したい卸業者──三者三様の思惑が絡み合い、市場は膠着状態に陥っている。
今後の見通し──「暴落リスク」という時限爆弾
「総合的にみて需給は緩む方向にあり、依然暴落リスクがある」との見方もくすぶる。主産地の作柄が平年並みだと収量は50万t以上増え、政府備蓄米も合計すると70万t近く市場に出回っていく見込みだ。
日本農産市場のスポット取引では、銘柄米が3万円台前半で取引されており「ズルズルと値を下げており底が見えない状況」だという。
教訓──需給バランスの混乱は続く
2025年の米市場が教えてくれるのは、価格という表面的な数字だけでは見えない構造的な問題の複雑さだ。
昨年の品薄が生んだ過剰発注、長年の取引関係という慣習、価格構造維持への配慮、品質劣化との時間との戦い、消費者心理の変化──これらすべてが絡み合い、「高いのに売れ残る」という矛盾を生んでいる。
米不足から始まった価格のゆがみは、すぐには解消されそうにない。主食をめぐる需給バランスの混乱は、2026年以降も影を落とし続ける可能性が高い。
消費者としてできることは、価格だけでなく生産者や流通業者が直面している現実にも目を向け、冷静な購買判断を心がけることだろう。米は私たちの食卓を支える大切な主食だからこそ、その流通を支える人々の苦悩も理解する必要がある。


コメント