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角田裕毅 レッドブルF1シート喪失の真相と2026年の去就―日本人ドライバーの栄光と挫折

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はじめに:衝撃の発表

2025年12月2日、F1界に衝撃が走った。レッドブル・レーシングが2026年のドライバーラインナップを正式発表し、角田裕毅の名前がレギュラードライバーのリストから外れたのだ。5年間守り抜いたF1グリッドから退くことが決定した瞬間である。

角田は2026年、レッドブルとレーシングブルズのテスト兼リザーブドライバーとして組織に残留することが明らかになった。2025年の日本GPからレッドブル・レーシングに昇格し、夢の舞台でフェルスタッペンと共に戦ってきた25歳の日本人ドライバーにとって、これは大きなキャリアの転換点となる。

角田裕毅という逸材―4歳から始まった夢への道

角田裕毅は2000年、神奈川県相模原市に生まれた。父親がジムカーナ競技をしていた影響で、わずか4歳の時に初めてカートに乗る。そこから始まった彼のモータースポーツ人生は、まさに「天才」の名にふさわしいものだった。

2016年にホンダの育成プログラムに参加し、F4にスポット参戦するといきなり2位表彰台を獲得。この走りがホンダ、そしてレッドブルの目に留まることになる。2019年にはレッドブル・ジュニアプログラムに加入し、欧州FIA F3に参戦してすぐに優勝を経験。わずか1年でF3を卒業し、2020年にはF2で優勝3回、シリーズ3位という好成績を残してスーパーライセンスを取得した。

どのカテゴリーでもいきなり速さを見せつけてきた角田は、F1のすぐ下のカテゴリーをわずか2年でクリアするという驚異的なスピードでF1への道を切り開いた。2021年、わずか20歳でアルファタウリ・ホンダ(現ビザ・キャッシュアップ・レーシングブルズ)からF1デビューを果たす。日本人として最年少でのF1参戦である。

2025年―夢の舞台へ、そして試練の始まり

2025年シーズン、角田のキャリアに大きな転機が訪れる。シーズン序盤、レッドブル・レーシングのセカンドドライバーを務めていたリアム・ローソンが結果を残せず、日本GPの前にドライバー交代が決定。角田は念願のレッドブル・レーシングに昇格し、フェルスタッペンとコンビを組むことになった。

母国日本GPでのトップチームデビュー。これ以上ない舞台で、角田は自身の力を証明する機会を得た。ホンダの技術支援を受け、国際舞台で戦う姿は、単なるモータースポーツ以上に日本発のドラマとして大きな注目を集めた。

しかし、現実は厳しかった。フェルスタッペンが7勝を挙げ396ポイントを獲得する一方、角田は最高位6位、33ポイントに留まった。予選でのミスや不運、旧スペックのパーツを使わされるなどの不利な状況もあったが、シーズンを通じた一貫性の不足は否めなかった。

レッドブルのシートを失った理由

角田がレッドブルのレギュラーシートを失った理由は、複数の要因が絡み合っている。

1. ハジャーの躍進

最大の要因は、21歳のアイザック・ハジャーの目覚ましい成長だった。レーシングブルズで迎えたルーキーシーズン、開幕戦オーストラリアGPのフォーメーションラップでスピンアウトという最悪のスタートを切ったハジャーだが、そこから驚異的な挽回を見せた。

オランダGPでの3位表彰台を含め51ポイントを獲得。チームメイトのローソンに対し、予選で22勝5敗、平均0.186秒の差をつける圧倒的なパフォーマンスを披露した。レッドブルのローラン・メキーズ代表は「純粋な速さを示した」と評価し、この決定打がハジャーの昇格を決定づけた。

2. フェルスタッペンとのパフォーマンス差

4度のF1王者マックス・フェルスタッペンとの比較は避けられない。フェルスタッペンが示す圧倒的なスピードと安定性に対し、角田は5位以内のフィニッシュを一度も達成できなかった。

カタールGPのスプリント予選では、予選形式として初めてフェルスタッペンを上回る速さを見せたものの、それも一瞬の輝きに過ぎなかった。チーム側のミスや不利な状況を考慮しても、トップチームに求められる絶対的な速さと安定性を示すことができなかった。

3. ローソンとの競争

角田と入れ替わる形で開幕2戦を経て降格したローソンは、シーズンを通じて角田より5ポイント多く獲得。カタールGPでも9位入賞を果たすなど、安定したパフォーマンスを見せ続けた。

組織内での評価において、ローソンの存在も角田のシート喪失に影響を与えたと考えられる。

4. レッドブルの「育成至上主義」

レッドブルのアドバイザーであるヘルムート・マルコは、意欲的な若手を積極的に起用する傾向がある。デビューわずか1シーズンでトップチームへ昇格させるという決断は、この育成至上主義の表れと言える。

角田はすでに5シーズンをF1で過ごしており、組織としては「十分に育成期間を与えた」という判断が働いた可能性がある。

印象的なエピソード―角田裕毅の人間性

角田裕毅の魅力は、スピードだけではない。彼の率直な性格と情熱的な姿勢は、多くのファンを魅了してきた。

カタールGPでのスプリント予選後、角田は5位という好結果を手にしながらも「残りのセッションは、チームとマックスにとってすごく重要です」と語り、自身のシートが危機的状況にあっても、チームの目標であるフェルスタッペンの5連覇達成を最優先に考える姿勢を見せた。

また、ラスベガスGPでは予選でのチームミスによりピットレーンスタートを余儀なくされたが、レース後のメキーズ代表は「我々は昨日すべてを失った。予選でミスをしたのはチーム側だ。今日のレース結果だけで彼を評価することはしない」と角田を擁護。状況の厳しさを理解しながらも、角田の速さと可能性を信じ続けた。

キャリアが懸かる局面にあっても、角田が個人的な希望や主張を声高に叫ぶことはなかった。「僕の頭の中にあるのは、ポイントを取ることです。モチベーションは高いですし、全力で努力するつもりです」という言葉からは、プロフェッショナルとしての矜持が感じられる。

2026年以降の去就―新たな挑戦の始まり

角田裕毅は2026年、レッドブル・レーシングとレーシングブルズの両チームのテスト兼リザーブドライバーとして残留することが決定した。

メキーズ代表は「これまでの5シーズンで完璧なレーサーへと成長し、土曜日には速さを見せ、日曜日には卓越したスタートと優れたレースクラフトを発揮してきた」と評価。「彼の魅力的な性格は人を惹きつけ、レッドブルファミリーの特別な一員になっている。2026年プロジェクトにおいて彼が提供する支援はかけがえのないものになる」と、角田の組織内での価値を強調した。

リザーブドライバーという立場は、レギュラーシートを失った失望感を伴うものの、完全に道が閉ざされたわけではない。レッドブルの契約構造上、角田は4名のドライバーのいずれかが週末に出走できない事態となった場合、代役を務めることになる。

また、角田を長年支援してきたホンダとの関係も完全に途切れるわけではない。ホンダは2026年からアストンマーチンにパワーユニットを独占供給するが、レッドブルは旧車を使用したTPC(Testing of Previous Cars)プログラムを運用するにあたり、来季以降もホンダの人員と技術支援を必要としている。この技術的なつながりが、角田の将来に新たな可能性を広げる余地を残している。

角田本人は以前、F1シート喪失なら「リザーブは考えていない」と語っていたが、最終的にはレッドブルファミリーに残留する道を選んだ。この決断は、いつか再びレギュラーシートを取り戻すという夢を諦めていないことの表れかもしれない。

日本人ドライバーの未来

角田裕毅のレッドブルF1レギュラーシート喪失は、日本のモータースポーツ界にとって大きな痛手である。しかし、彼の物語はここで終わるわけではない。

2019年にレッドブル・ジュニアプログラムに加入して以来7年間、100戦以上のF1レースに出走してきた角田。2025年には日本GPでレッドブル・レーシングのレースドライバーとしてデビューを果たし、レッドブルのトップチームで走った10人目のジュニア出身ドライバーとなった。

彼の挑戦は、F1のスリルと日本文化の国際的発信、そしてエンタメとしての物語性を同時に提供する、注目の存在であり続ける。母国GPやチーム昇格など、そのキャリアには映画やドラマのような起伏があり、F1を知らない人でも「挑戦と成長の物語」として魅力を感じられる。

2026年、レッドブルのテスト兼リザーブドライバーとして新たなスタートを切る角田裕毅。彼の次なる挑戦が、どのような未来につながるのか。日本中のファンが、その行方を見守っている。

【2026年F1レッドブル・グループ ドライバーラインナップ】

  • レッドブル・レーシング: マックス・フェルスタッペン / アイザック・ハジャー
  • レーシングブルズ: リアム・ローソン / アービッド・リンドブラッド
  • テスト兼リザーブドライバー: 角田裕毅

角田裕毅の物語は、まだ終わっていない。

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