1970年代、平和な日本で何が起きていたのか
高度経済成長を終え、平和と繁栄を享受していた1970年代の日本。しかしその裏側で、日本国民の誰も想像しなかった国家的犯罪が進行していました。全国各地の海岸や街中で、突如として日本人が姿を消す事件が続発していたのです。
1970年代から1980年代にかけて、多くの日本人が不自然な形で行方不明となりました。当時の日本では、これらの失踪事件が組織的な拉致であるとは考えられておらず、警察も単なる失踪事件として処理していました。
新潟県の海岸で下校途中に消えた13歳の少女、福井県の海岸で恋人と散歩中に姿を消えたカップル、東京の街中で突然連絡が途絶えた若者たち。これらの事件は一見無関係に見えましたが、実は北朝鮮による計画的な拉致工作だったのです。
北朝鮮はなぜ日本人を拉致したのか?その驚くべき目的
北朝鮮が拉致という未曾有の国家的犯罪行為を行った背景には、工作員による日本人への身分の偽装、工作員を日本人に仕立てるための教育係としての利用、北朝鮮に匿われている「よど号」グループによる人材獲得といった理由があったとみられています。
具体的には、次のような目的があったと考えられています。
スパイ活動のための日本語教育係
北朝鮮は韓国への諜報活動を活発化させており、拉致した日本人によって自国の工作員に日本語教育を施したり、日本人になりすまして入国させたりする目的がありました。
1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫元工作員は、東京・新宿区のベビーホテルに2人の子どもを預けたまま失踪した田口八重子さんから日本語の教育を受けたと証言しています。
日本人に成り替わるための身分偽装
北朝鮮工作員が日本人の身分を使って活動するため、実在の日本人を拉致し、その人物の身分情報や生活習慣を学ぶ目的もあったとされています。
特殊技能を持つ人材の獲得
拉致された疑いが濃厚な者が失踪前に従事していた職業を調べた結果、印刷工、医師、看護師、機械技術者といった、北朝鮮が国際的に立ち遅れている分野を担う職業に集中していることが判明しています。
工作員の配偶者として利用
拉致被害者に日本人の配偶者を与え、家族を人質とすることで脱北を防ぎ、長期的に北朝鮮に留めるという目的もあったと指摘されています。
続出した失踪事件の実態
海岸での連続拉致事件
1970年代後半、日本海側の海岸で若いカップルや若者が次々と姿を消す事件が発生しました。昭和53年(1978年)7月から8月にかけて福井、新潟、鹿児島各県の海岸付近で発生した一連のアベック拉致容疑事案及び母娘拉致容疑事案などが発生しています。
犯人たちは北朝鮮から工作船で日本に密入国し、海岸付近にいた日本人を襲って連れ去っていました。領海警備を担当する海上保安庁は、当時、武装工作船への対処能力は持っておらず、また拉致そのものが表面化していなかったため、北朝鮮による隠密領海侵犯はまったくの想定外でした。
未遂に終わった事件
1978年8月、富山県の海岸で拉致が未遂に終わった事件がありました。若い男女が袋に入れられましたが、近くで犬が吠えたため犯人たちが慌てて逃走し、2人は命拾いしました。この事件は、北朝鮮の拉致手口を示す貴重な証言となっています。
ヨーロッパでの拉致
1983年に拉致された有本恵子さんは、ロンドンに留学中、よど号事件の実行犯の妻によってデンマークに誘い出され、北朝鮮に連れていかれました。日本人自身が拉致に加担していたという衝撃的な事実も明らかになっています。
警察が発表している拉致の可能性があるリスト
政府認定の拉致被害者
政府が北朝鮮による拉致被害者として認定したのは17名です。このうち5名は既に帰国を果たしましたが、残りの12名については帰国できていないままです。
2002年9月17日、北朝鮮の金正日国防委員長は小泉純一郎首相との会談で初めて日本人拉致を認め、謝罪しました。しかし、北朝鮮側は残りの被害者について「8人死亡、4人は入境せず」と主張しており、日本政府はこの説明に納得していません。
拉致の可能性を排除できない事案
実際の被害者数はさらに多いと考えられています。警察が発表している北朝鮮による拉致の可能性を排除できない行方不明者は871人に上ります。
民間団体の「特定失踪者問題調査会」は約470人が拉致被害者の可能性があるとしており、国連の調査委員会の報告書では「少なくとも100名の日本人が北朝鮮に拉致された可能性がある」と指摘しています。
日本政府は、認定の有無にかかわらず全ての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現するため、全力で取り組んでいます。
問題が明らかになるまでの長い道のり
拉致問題が公に認識されるようになったのは1990年代後半のことです。1997年、横田めぐみさんの両親が中心となり「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」が結成されました。家族たちの懸命な活動により、国民の関心が高まっていきました。
そして2002年、金正日総書記が日本人拉致を認めたことで、これまで「疑惑」とされていた事件が国家犯罪であることが確定しました。しかし、帰国できたのはわずか5名のみ。残りの被害者については今も真相が明らかにされていません。
今も続く問題と私たちができること
2002年の5名の帰国から20年以上が経過しましたが、拉致問題は解決していません。被害者家族の高齢化が進み、多くの家族が愛する人との再会を果たせないまま亡くなっています。
この問題は決して過去の話ではありません。今もなお、北朝鮮で帰国を待つ被害者がいます。私たち一人ひとりが拉致問題への関心を持ち続け、この問題を風化させないことが重要です。
拉致問題の解決に向けて
日本政府は、北朝鮮側から納得のいく説明や証拠の提示がない以上、安否不明の拉致被害者は全て生存しているとの前提に立ち、全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国のために全力を尽くしています。
拉致問題は日本の主権と国民の生命・安全に関わる重大な問題であり、国際社会と協力しながら解決を目指す必要があります。一刻も早く全ての被害者が帰国できるよう、私たち国民も問題への理解を深め、関心を持ち続けることが求められています。



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