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亀田和毅がメキシコで掴んだ世界王者への道|15歳の単身武者修行と壮絶エピソード

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なぜ中学校に通わなかったのか?ボクシング漬けの日々

亀田三兄弟の三男として知られる亀田和毅選手。彼の中学時代は、一般的な学生生活とはかけ離れたものでした。

中学2年生の時に長兄の興毅が東京の協栄ジムに移籍したことで、一家は東京の葛飾区に移住しましたが、和毅は大阪市の天下茶屋中学校に籍を置いたまま転校せず、大阪の中学校近くにマンションを借りて通っていることになっていました。

しかし実態は全く異なっていました。同級生の証言によれば、学校で見かけるのは月に2、3回程度で、授業にもほとんど出席していませんでした。修学旅行には参加したものの、テストなどもほぼ受けていなかったといいます。

和毅選手は8歳からボクシングを始め、父・史郎トレーナーの厳しい指導のもと、日々トレーニングに明け暮れていました。義務教育としては問題があったものの、彼の目標は明確でした。それは、兄たちとは違う道で世界チャンピオンになることでした。

15歳でメキシコへ|父からの突然の指令

2006年8月に長男・興毅が世界チャンピオンになった翌年、15歳の和毅は父から「メキシコに行け」という指令を受け、単身で武者修行へ旅立ちました。中学校を卒業した2007年7月にメキシコに渡ります。

しかし、メキシコ行きは本人が望んだものではなく、父親に「メキシコで1人で暮らすように」と告げられたという側面もありました。言葉も通じない異国の地への単身赴任。当時15歳の少年にとって、それは想像を絶する試練の始まりでした。

言葉も通じないメキシコでの壮絶な日々

メキシコに到着した和毅選手を待っていたのは、過酷な現実でした。

言葉の壁と孤独との戦い

「困ったことは、言葉、食事、環境……全部ですよ。特に言葉と食事はキツかった。アレルギーもあって食べられないものも多かったし、スペイン語で何を言われてるかわからないし、言いたいことも伝わらない」と和毅選手は当時を振り返ります。

当初は毎日泣いて長男に「帰りたい」とメールを飛ばすほど、とても苦労したといいます。現地のトレーナーや選手たちとどうにか意思疎通ができるようになるまでに2カ月かかりました。

人生で最も勉強した時期

「間違いなく、人生で一番、勉強した時期ですね。辞書で単語を調べてノートに書いて覚える。練習以外の時間はずっとそうしていました。そのときのノートが家にあるけど、積み上げたら50センチくらいになるはず」

中学時代はほとんど勉強しなかった和毅選手が、生き抜くためにスペイン語の習得に必死で取り組みました。ジムで聞いたことを全部メモし、家で辞書をめくり続けたといいます。この努力は、後に彼をメキシコで「エル・メヒカニート(メキシコの少年)」と呼ばれるまでに成長させることになります。

食事の苦しみと適応

食事にも苦しめられました。「はじめの1カ月で5キロ痩せたんですよ。でも、ちゃんと食べないと練習ができない。だから、嫌いなものでも鼻をつまんで口に入れました。そのうち、何でも食べられるようになって、アレルギーも大丈夫になりました」

アレルギーを持っていた和毅選手が、生き抜くために食べられなかったものを食べられるようになった。この適応力こそが、後の世界チャンピオンへの道を切り開く原動力となりました。

アマチュア大会での洗礼

2007年8月10日、メキシコのパンチョロサレスジムにて、WBCミニマム級25位のホブ・ソラーノとスパーリングしたが苦戦しリングを降りました。プロボクサーとのスパーリングは、15歳の和毅選手にとって厳しい洗礼でした。

メキシコでのアマチュアデビュー戦は完全にアウェーでした。試合会場で配布された対戦プログラムには和毅の名前さえなく、控室は選手以外の立ち入りが禁止されており、言葉が分からない和毅はひとり、自分の出番を信じて待つしかありませんでした。

それでも和毅選手は諦めませんでした。アマチュアの試合では当初ブーイング一色でしたが、「結果を出せば認めてもらえる国。頑張ろうと思えた」と語っています。

運命的な出会い|妻シルセとの絆

メキシコでの苦しい生活の中で、和毅選手に転機が訪れます。デビュー戦を観戦していたのが、後の和毅の夫人となるシルセさんでした。ボクシングファンで自身もボクシングをやっていたシルセさんと和毅はすぐに打ち解け、家族ぐるみの付き合いが始まりました。

和毅選手はアマチュアボクシング大会で知り合った3歳年上のボクサーであるシルセ・クエバスさんと出会い一目ぼれし、通訳を介して電話番号を交換したことから親密な関係になっていきました。

毎日3語づつスペイン語を教えてもらい、結果現在のようなネイティブ並みの語学力になりました。約9年間の交際を経て二人は結婚し、シルセさんは和毅選手の人生を支える最大の支援者となりました。

メキシコから世界へ|2階級制覇の達成

2008年11月、和毅選手はメキシコでプロデビューを果たします。アレハンドロ・モレノと対戦し、2回2分8秒KO勝ちを収めました。

その後、メキシコと日本を行き来しながら戦績を重ね、2013年にWBO世界バンタム級王座を獲得し、22歳で世界チャンピオンになりました。さらに2018年にはWBC世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦で判定勝ちし世界2階級制覇を達成。3兄弟そろっての世界2階級制覇は史上初の快挙となりました。

和毅が語る成功の秘訣

和毅選手は講演で「失敗を恐れず、一歩踏み出す勇気を持とう」と呼びかけています。また「人生プランをしっかり立てることでモチベーションが上がり、つらいことも乗り越えられる」と語り、夢を持つことの大切さを説いています。

和毅選手は妻への感謝の気持ちをこう表現しています。「メキシコで一人、ボクシングで成長できたのも、世界チャンピオンになれたのも実は彼女の大きい支えがあったから」

逆境を力に変えた男の物語

中学校にほとんど通わず、15歳で単身メキシコへ渡った亀田和毅選手。言葉も通じず、食事もできず、毎日泣いていた少年が、努力と適応力、そして運命的な出会いによって世界チャンピオンへと成長しました。

積み上げれば50センチになるという語学ノート。鼻をつまんで食べた苦手な食事。兄に送った「帰りたい」というメール。これらすべての経験が、今の和毅選手を形作っています。

現在も現役として戦い続ける亀田和毅選手のメキシコでの壮絶な経験は、彼にとって試練ではなく、世界王者になるための必要不可欠なステップだったのです。

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