「働かせて、戻す——それだけで金が増える」
そんな”異常な仕組み”が、福祉の現場で成立していた。
大阪市が認定した不正受給額は、約150億円。 問題の中心にいるのは、絆ホールディングスとその関連事業所だ。
だが、本当にヤバいのは、この会社”だけ”の話ではない。
この事件は、日本の障害者福祉制度そのものが抱える「構造的な欠陥」を、白日のもとに晒した。
① まず何が起きたのか|事実を整理する
まずは事実の確認から。
- 対象:絆ホールディングス関連の4つの事業所
- 受給期間:2024〜2025年度
- 不正受給額:約150億円
- 返還請求額:約110億円
- 処分内容:指定取り消し(2026年5月1日から)
数字だけ見れば「よくある不正受給事件」に見える。 しかし、その手口の中身を知ると、話は根本的に変わってくる。
② 「回すだけ」の錬金術|手口の核心
これが今回の問題の核心だ。
ステップ①:利用者を一度「雇用」する
障害者福祉の就労支援事業所では、利用者を就労に向けて支援する。この際、一定の条件を満たすと**国からの「加算」**が上乗せされる仕組みになっている。
ステップ②:その後また「利用者」に戻す
雇用した障害者を、再び”利用者”として事業所に戻す。
結果:加算条件をクリアしたことになる
書類上は「就労実績あり」。加算要件を満たしたとして、給付金が自動的に増える。
実態として継続的な就労が伴っていなくても——帳票上の処理だけで、毎月の収入が膨らんでいく。
支援の”質”は関係ない。「回した」という記録さえあれば、金が増える。
これが今回の”錬金術”の正体だ。
③ なぜ150億円まで膨らんだのか
一つの事業所でこの構造が機能したとして、なぜここまで巨額になったのか。
理由は3つある。
理由①:福祉給付は”毎月課金モデル” 福祉給付金は、毎月継続して入ってくる構造だ。不正が続く限り、金は積み上がり続ける。
理由②:加算が複合的に積み上がる 就労移行支援、就労継続支援A型・B型など、事業の種別ごとに異なる加算がある。条件を操作すればするほど、複数の加算が重なる。
理由③:複数事業所で”横展開” 同じスキームを4事業所に展開すれば、単純に金額は4倍になる。
これは「1回の不正」ではない。仕組みとして回し続けた結果が、150億円という数字だ。
④ なぜバレにくかったのか|制度の構造的弱点
「なぜもっと早く発覚しなかったのか」
そう思う人も多いだろう。
その答えも、制度の構造にある。
● 書類上は”合法に見える” 雇用契約書、就労記録、面談記録——これらが形式上そろっていれば、行政の窓口では通過してしまう。
● 制度が複雑すぎる 就労支援の加算体系は、専門家でも把握しきれないほど複雑だ。複雑さは、グレーゾーンを生む。
● 現場の監査が追いつかない 行政の監査は「後追い」が基本。全国に無数ある福祉事業所を、リアルタイムでチェックする体制は存在しない。
違法と合法の”境界線”を巧みに突いた可能性——それが「法令順守」という企業側の主張とも重なる構図だ。
⑤ 本当に怖いのはここ|問題の本質
数字の話を超えて、この事件が示している「本質」を直視しなければならない。
福祉が”ビジネス化”した瞬間
本来、障害者福祉の利用者は「支援を必要とする人」だ。 しかし今回の構図では、利用者は——
“売上を生む装置”として機能している。
これは比喩ではない。利用者を「回す」ことで金が増えるなら、支援の質は二次的な問題になる。むしろ「いかに効率よく加算を取るか」が経営の中心になる。
目的と手段の完全な逆転
- 本来の順序:支援の質が高い → 結果として加算がつく
- 歪んだ現実:加算を取るために → 支援の”形”を作る
この逆転が常態化したとき、福祉はもはや「支援の場」ではなくなる。
⑥ 最大の被害者は誰か
この事件で最も傷つくのは、誰か。
障害のある利用者たちだ。
形式だけの支援を受け続けた利用者は、本来得られるはずだったスキルや就労機会を失っている。事業所が指定取り消しになれば、突然の環境変化に直面するのも彼らだ。
そしてもう一つの被害者——真面目に制度を運営している事業所だ。
不正事業者は、架空の加算で単価を下げ、条件を操作して実績を作る。制度を守っている側は、競争で不利に立たされる。正直者が損をする構造がここにある。
⑦ 「氷山の一角」説|全国に広がる可能性
ここが最も重要な視点だ。
- 就労支援の加算制度は全国共通の仕組みだ
- 類似のスキームは、理論上どこでも”可能”
- 監査は基本的に後追いで、予防的な機能を持ちにくい
大阪市という限定された地域で150億円が動いていたなら——全国規模で同様の構造が存在する可能性は、否定できない。
「他にもあるのでは?」
この疑念は、根拠のない不安ではない。制度設計そのものが、再現性を持ったリスクを内包している。
⑧ 企業の反論と”ズレ”
絆ホールディングス側は「法令順守」を主張している。
この主張が示唆するのは、「違法ではなく、解釈の問題だ」という立場だ。
もしそれが事実なら、問題はさらに深刻になる。違法な行為を取り締まるのは簡単だ。しかし「制度の穴を合法的に突く」行為を防ぐには、制度設計そのものを変えるしかない。
違法ラインの曖昧さが問題を生んでいるなら、法改正なしに再発は防げない。
⑨ 今後どうなるのか
この事件は、まだ終わっていない。
返還請求の行方:約110億円の返還が求められているが、全額回収できるかは不透明だ。
刑事責任の有無:行政処分と刑事責任は別軸の問題。捜査当局がどう判断するかが注目される。
国による制度見直し:厚生労働省レベルでの加算制度の見直しが迫られる可能性がある。見直しが入れば、全国の事業所の経営モデルに影響が出る。
この問題は、一企業の不祥事として幕を引いて終わる話ではない。
まとめ|150億円は”異常”ではない
最後に、刺さる現実を書く。
150億円という数字は、異常ではない。
この制度の設計のまま運用し続ければ、「起こるべくして起きた事件」だ。
加算を取るための”形式”を整えれば金が増える。監査は後追い。複数事業所で横展開すれば金額は倍増する。利用者は回転する。
これは絆ホールディングスの”特別な悪意”によって生まれたのではなく、制度の構造が引き寄せた必然である可能性が高い。
真に問われるべきは、「なぜこの会社は不正をしたのか」ではなく
「なぜこの制度は、不正を引き寄せる構造になっているのか」
その問いから目を背けたとき、第二・第三の”絆問題”は必ず生まれる。





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