「制止のため」では絶対に正当化できない
口を、テープで封じる。
たった一文で書けてしまうその行為が、どれほど異常なことか。相手は言葉で訴えることもできない、重度の障害を持つ女子生徒だ。
兵庫県教育委員会は3月24日、阪神地区にある県立特別支援学校に勤務する男性臨時講師(28)を、重度の障害がある女子生徒の口を養生テープで覆う体罰をしたとして、減給10分の1(3カ月)の懲戒処分にしたと発表した。
ネット上ではすでに「これは虐待では?」「あり得ない」「教育じゃなく暴力だ」という声が相次いでいる。しかしこの事件、単純に”一人の教師の暴走”で片付けてしまっていいのだろうか。
何が起きたのか――事実を整理する
感情を抜いて、起きたことを順番に並べてみる。
この講師は2月10日、授業中に自分の手をなめる行動を繰り返す中学部の女子生徒に、やめるよう複数回注意した。しかし今度は、隣にいた男子生徒の袖を繰り返しなめようとしたため、右手で強く頰をつかんだ。
その後、女子生徒を教室の後ろの方に移動させて布マスクをつけようとしたが、見当たらなかった。さらに女子生徒が講師をなめようとしたため、口を10~15分間にわたって養生テープで覆った。授業が終わりテープは外したが、女子生徒は右頰に皮下出血を負った。
淡々と書けば書くほど、異常さが際立つ。重度の障害を持つ生徒の口に、養生テープ。10分から15分。皮下出血。
これは事実だ。
教師はこう言った――「止めなければならなかった」
講師側の言い分も記録されている。
講師は「行動を急いで制止しないといけないと思った」と説明しているという。
この発言だけを切り取れば、「現場で追い詰められた人間の瞬間判断」という側面も見えてくる。マスクを探したが見当たらなかった、という経緯もある。パニックに近い状態で、あの行為に至ったのかもしれない。
特別支援学校の現場がいかに過酷か、経験者なら知っている。自傷行為、他害行為、予測不能な行動への対処を、多くの場合少人数のスタッフでこなしている。
しかし、それでも。
それでも許されない、その理由
「制止の必要があった」という主張は、手段の正当化にはならない。
体罰は学校教育法第11条によって明確に禁止された違法行為であり、奈良県教育委員会は体罰を「重大な人権侵害であり、絶対に許されない行為」と明示している。
口を物理的に塞ぐ行為は、呼吸・発声・身体の自由を一方的に奪う行為だ。皮下出血というけがが生じた事実がそれを証明している。身体拘束は、医療・福祉分野においても緊急時のやむを得ない手段として厳格な条件が定められているが、今回のようなケースで養生テープを使用することが、その条件を満たすとは到底言えない。
「危険を止める」という目的があったとしても、それを達成するための手段が人権侵害であれば、目的は手段を正当化しない。これは教育の基本であり、社会の常識だ。
なぜ「暴走」は起きたのか――個人の問題で終わらせるな
ここで少し視点を変える必要がある。
今回の加害者は、28歳の臨時講師だ。正規の教員ではなく、特別支援教育の専門的研修を十分に受けていたかどうか、現時点では明らかではない。
特別支援教育には専門性が求められる。自閉症、知的障害、肢体不自由……障害の特性を理解し、行動の背景を読み、適切な支援策を選ぶには、相当な経験と知識が必要だ。「なめる」という行動一つとっても、感覚刺激を求めるものなのか、不安の表れなのかによって対応はまったく異なる。それを知らずに「注意しても止まらない」という状況に陥れば、現場は混乱する。
特別支援学級は担任一人に対して定数が最大8人と規定されており、担任の負担が高いとして、兵庫県教育委員会も定数を減らすよう国に働きかけているという。
人手不足、研修不足、経験不足。個人の「暴走」の背景には、制度的な綻びが透けて見える。
実はこれだけではない――同日発表された”闇”
さらに問題なのは、この事件が今回の処分発表の「一件」に過ぎないという事実だ。
県教委は他にも、播磨西地区にある県立高校の男性非常勤講師(67)と阪神地区にある県立特別支援学校の50代の女性校長を減給1カ月(10分の1)の懲戒処分とした。非常勤講師は1月、授業中に行動が遅かった男子生徒の左腕を拳でたたいた。特別な支援を要する生徒だったのに、情報を確認していなかった。校長は昨年11月、悩みを相談した事務職員に「神様に預けてみよう」「お祈りしようか?」などと自身の宗教的価値観に基づいた発言をして、宗教的行為をさせるパワーハラスメントをしたという。
テープで口を封じた臨時講師、支援が必要な生徒を拳で殴った非常勤講師、職員に宗教的発言を強いた校長――三者が同じ日に処分される。
これはもはや「個人の問題」ではない。何かが、組織として腐食している。
ネットの反応が示すもの
SNS上の声は大きく二つに割れている。
一方には「これは虐待だ」「障害者差別だ」「なぜ免職にならないのか」という強い怒り。もう一方には「特別支援の現場がどれだけ大変か知っているのか」「やり方は間違っていたが、追い詰められた結果では」という声もある。
この「分断」こそ、この問題の核心を照らしている。行為は断じて許されない。しかし現場の疲弊も無視できない。その両方が真実であるとき、「個人を処分して終わり」という解決では何も変わらない。
問われているのは、誰が子どもを守るかという根本
特別支援学校に通う子どもたちは、社会の中でもっとも守られなければならない存在の一人だ。言葉で訴えることが難しく、自分の身に何が起きたかを外に伝えにくい。だからこそ、彼らを取り巻く環境の質が問われる。
特別支援学校の問題に詳しい専門家は「今回明るみになった問題は氷山の一角であり、本問題で処分するのみでは問題は解決しない。再発防止のためには特別支援学級を取り巻く構造を変えていかなければならない」と指摘している。
一線を越えた行為であることは間違いない。しかし「減給3カ月」の処分だけで終わらせるなら、また同じことが起きる。研修体制は、人員配置は、専門職としての養成制度は、どう変えるのか。
子どもの口にテープを貼る前に、何かが変わっていなければならなかった。
そして今、変わらなければならないのは、一人の教師ではなく、制度そのものではないか。

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