「またソフトバンクが赤字」「数千億円の損失」
こんなニュースを目にするたびに、こんな疑問を抱く人は少なくないはずだ。
なぜこの会社は倒れないのか?
普通の企業であれば、数年にわたる巨額赤字は即、経営危機を意味する。銀行は融資を絞り、投資家は逃げ出し、最悪の場合は倒産へと転落する。ところがソフトバンクグループは違う。赤字を出しながらも堂々と存続し、気がつけば黒字に転換し、また赤字になり、それでも誰も「潰れる」とは本気で思っていない。
この不思議な構造の正体を、今こそ丁寧に解き明かしていこう。
ソフトバンクは「通信会社」ではなく「投資会社」だった
まず、多くの人が抱く最大の誤解を正しておく必要がある。
「ソフトバンク」と聞くと、スマートフォンの通信会社を思い浮かべる人がほとんどだろう。確かにソフトバンク株式会社(通信子会社)は携帯事業を展開している。しかしここで話題にしているのは、その親会社であるソフトバンクグループ株式会社だ。
この二つは全くの別物である。
ソフトバンクグループは、世界中のテクノロジー企業に投資する持株会社=投資会社だ。創業者の孫正義氏が率い、傘下に通信事業・半導体設計・巨大投資ファンドを抱える、いわば「テクノロジー版コングロマリット」と言える存在である。
通信会社なら、契約者数が減れば売上が落ちる。しかし投資会社の損益は、保有する株式の評価額によって毎四半期ごとに大きく変動する。つまり「巨額赤字」の正体は、投資先企業の株価や評価額が下がったことによる「評価損」であることがほとんどなのだ。
世界最大の投資ファンド「ビジョンファンド」という武器
ソフトバンクグループの中核を成すのが、ソフトバンク・ビジョンファンド(SVF)。
2017年に設立され、当初の運用規模は約1,000億ドル(約15兆円)。これは世界最大級のテクノロジー特化型投資ファンドとして、Uber、WeWork、クーパン、滴滴出行(ディディ)など世界中のスタートアップや成長企業に資金を投じてきた。
このファンドが巨額赤字の「震源地」であると同時に、ソフトバンクグループの強みの源泉でもある。
2024年10〜12月期の決算では、ビジョンファンド事業の投資損益が3,527億円の赤字となり、それがグループ全体の最終赤字(3,691億円)の主因となった。 一方で2024年4〜9月期には、ビジョンファンドが9四半期ぶりに累積黒字に転換し、グループ全体でも1兆53億円の最終黒字を計上した。
このように、ビジョンファンドの損益は激しく振れる。しかしそれは企業が傾いているのではなく、投資先の市況に連動しているにすぎない。株価が下がれば評価損が出るが、株価が戻れば一気に利益に転じる。これが「赤字でも潰れない」構造の第一の理由だ。
負債は巨大、しかし資産はさらに巨大
「借金が多い=危ない」という常識は、ソフトバンクグループには当てはまらない。
確かに有利子負債の規模は膨大だ。しかし同時に保有する資産もまた、世界トップクラスの規模を誇る。投資会社を評価する際に重要な指標が**NAV(純資産価値)であり、2025年6月末時点のNAV合計は約32.4兆円、LTV(借入金比率)は17%という水準にある。
LTV17%とはつまり、保有資産に対して借入金の割合が17%しかないことを意味する。不動産投資であれば50〜70%のLTVも珍しくないことを考えると、財務的な安全性は決して低くない。
NAVの内訳を見ると、半導体設計大手のArm(アーム)が約19.83兆円、ビジョンファンド1が約3.80兆円、ビジョンファンド2が約5.86兆円、通信子会社のソフトバンク株式会社が約3.47兆円などで構成されている。
特筆すべきはArmの存在だ。ソフトバンクグループがArmの株式の約87%を間接保有しており、スマートフォンからAIチップまであらゆる半導体設計の基盤となるこの企業が、グループ資産の約6割を占める「最重要資産」となっている。
孫正義の「ハイリスク・ハイリターン」経営哲学
なぜこれほど激しい赤字と黒字の波を繰り返すのか。それは創業者・孫正義氏の経営スタイルそのものに起因する。
孫氏の戦略は一言で言えば「未来に賭ける」ことだ。現在の利益より10年後・20年後の世界を見据え、そこで支配的な位置を占めると判断したテクノロジーに巨額の資金を一気に投下する。成功すれば何十倍もの利益を生み、失敗すれば莫大な損失を被る。
WeWorkへの巨額投資と失敗、アリババへの初期投資による数兆円規模の利益、そして半導体設計のArm買収と上場成功――これらはすべて同じ哲学から生まれた結果だ。
ビジョンファンドはここ数年で数十億ドル相当の上場株式の売却を進め、かつてのベンチャーキャピタル的な投資スタイルから、半導体やAIへの戦略的投資へとシフトしている。これは単なる戦略修正ではなく、次の大波に乗るための準備と見るべきだろう。
AI時代への「巨大な賭け」が始まっている
そして今、ソフトバンクグループが最も力を入れているのがAI投資だ。
2025年3月期の連結決算では、売上高が前期比約7%増の7兆2,437億円、最終損益は1兆1,533億円の黒字となり、2021年3月期以来4年ぶりの最終黒字を達成した。 その牽引役となったのが、AI需要の拡大を背景に業績が急伸したArmだ。Armの2024年度売上高は約40億ドルと過去最高を更新し、ライセンス収入・ロイヤルティー収入ともに過去最高となった。
AI時代においてArmが重要な理由は明確だ。スマートフォンの95%以上、そしてAI処理に不可欠なデータセンター向けチップにもArmのアーキテクチャが採用されている。AIが発展すればするほど、Armの半導体設計の需要は高まり、その価値は増し続ける。
さらに孫氏はAI関連スタートアップへの投資、AIインフラへの資金配分も積極的に進めており、次の10年を「AI革命の時代」と捉えた大規模な賭けを継続している。
それでもリスクは存在する
公平に言えば、ソフトバンクグループが「絶対に安全」とは言い切れない。
巨額の有利子負債は、金利上昇局面では財務負担を直撃する。投資依存のビジネスモデルは世界経済の動向や市場センチメントに大きく左右される。特定の投資先(現在ではArm)への資産集中は、その企業の業績悪化が直接グループ全体に波及するリスクを孕む。
2022〜2023年の金利上昇・テック株急落の局面では、ビジョンファンドが数兆円規模の損失を計上し、「ソフトバンク危機」が囁かれた。そのリスクは決して絵空事ではない。
まとめ:巨額赤字は「経営危機」ではなく「投資の結果」
ソフトバンクグループが潰れない理由は、突き詰めれば3つに集約される。
①通信会社ではなく、世界規模の投資会社である 赤字の正体は投資先の評価損であり、事業の実態が傾いているわけではない。
②負債を上回る世界トップ級の資産を保有している NAV32兆円超・LTV17%という構造が、財務の安全弁として機能している。
③AI・半導体という次世代産業の中枢に深く食い込んでいる Armを軸に、AI時代の恩恵を最も大きく受けられるポジションを築きつつある。
「巨額赤字」というニュースを聞いても、慌てる必要はない。それは事業の失敗ではなく、未来への投資が市場に評価されていない「一時的な状態」にすぎないことがほとんどだ。
ソフトバンクグループを理解するには、通常の企業の物差しではなく、「巨大な投資ファンドがどれだけ良質な資産を持っているか」という視点で見ることが不可欠だ。そう捉えると、この会社の本当の姿が初めて見えてくる。





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