「一度すべてを失いかけた男が、なぜ何兆円もの資産を再び手にできたのか」——孫正義という人物の人生は、そのまま一本の映画になりうるほどドラマチックだ。
ソフトバンクグループ創業者・孫正義の総資産は、2025年9月時点でブルームバーグ・ビリオネア指数によると約387億ドル(約5兆7600億円)。2024年フォーブス日本長者番付では270億ドル(約4兆2000億円)で国内2位にランクインしている。AIブームの追い風を受け、2025年だけで資産は144%増という驚異的な伸びを見せている。
しかし、この輝かしい数字の裏には、誰もが「終わった」と思った破滅寸前の時代があった。
破産寸前の危機|ITバブル崩壊が生んだ「世界一の損失」
2000年前後、インターネットへの熱狂が世界を席巻した。孫正義も時代の波に乗り、次々とIT企業へ投資を拡大。ソフトバンクの時価総額はピーク時に約20兆円にまで膨らみ、孫個人の資産も一時は約7兆円に達したとされる。
しかしITバブルが崩壊した2001年以降、その景色は一変する。
ソフトバンクの株価はわずか1年で約98%暴落。保有する投資先企業の株価も軒並み崩壊し、孫の個人資産は推定で約7000億円以上が消滅したとされる。これは当時のギネス世界記録に「史上最大の個人資産消滅」として記録されたほどだ。
借入金は巨額に膨らみ、一部メディアはソフトバンクの経営危機を報道。「孫正義、終わった」という論調がビジネス誌を賑わせ、社内では幹部の離脱も相次いだ。当時の社会的評価はどん底——それが2001年の孫正義の現実だった。
失敗投資の詳細|「1000社以上に投資」したツケの代償
孫がITバブル期に投じた資金はソフトバンクだけで数千億円規模に上る。代表的な失敗事例を整理しよう。
ジオシティーズ・ジャパン / ナスダック・ジャパン 当時、ポータルサイトやオンライン証券などへの投資を矢継ぎ早に実行。しかしバブル崩壊とともに多くの事業が縮小・撤退を余儀なくされた。投資判断の根拠は「インターネットが世界を変える」というビジョンへの確信だったが、タイミングとバリュエーションが致命的にずれていた。
eコマース・ポータル系への過剰投資 ヤフー・ジャパンなど一部は生き残ったものの、参入した300社以上のIT企業への投資の多くが紙屑同然になった。総損失は数千億円単位と推計されている。
当時、批判はすさまじかった。「夢だけで経営をしている」「財務規律がない」「もはや投機家だ」——そうした声がメディアを埋め尽くし、孫は株主からも厳しい視線を浴びた。ソフトバンクの社債は格下げが相次ぎ、資金調達環境も悪化の一途をたどった。
復活のキッカケ|「6分間の商談」が歴史を変えた
絶体絶命の状況から孫正義を救ったのは、たった一つの投資判断だった。
アリババグループへの投資(2000年)
孫は2000年、中国の若き起業家ジャック・マーと会い、わずか6分間の話し合いだけでアリババへの出資を決断したとされる。投資額は約20億円。当時は誰もが「また無謀な賭けだ」と冷ややかに見ていた。
しかし結果は歴史に残るものとなる。アリババは中国最大のEC企業へと成長し、2014年のニューヨーク証券取引所上場時にはソフトバンクが保有する株式の価値が約7兆円を超えた。投資額に対するリターンは実に1000倍以上——これはベンチャー投資史上に残る最大の成功例のひとつだ。
この一件がソフトバンクの財務基盤を劇的に安定させ、会社の命運を救った。その後、孫はスプリント(米国)、ARM(英国の半導体設計会社)の買収など積極的なM&Aを再開。ARMは2023年に再上場し、50億ドル以上の調達に成功している。
2025年現在は、OpenAIへの総額300億ドル規模の出資を約束し、「AIに全賭け」と宣言。Stargateプロジェクトの議長に就任するなど、次のビッグウェーブに挑んでいる。
人物分析・性格|なぜ孫正義は破産寸前から復活できたのか
孫正義という人物を理解するには、3つのキーワードが欠かせない。
①異常なリスク耐性
ITバブル崩壊後、数千億円の損失を抱えながらも孫は倒産申請をしなかった。むしろ静かに事業を再構築し続けた。これは並の経営者にはできない胆力だ。彼は病床に臥した20代の頃、大量のビジネス書を読みながら「孫氏の兵法」に傾倒したという。「負けるとわかった戦いはしない、しかし戦うと決めたら全力を尽くす」——その哲学が逆境で機能した。
②超長期の視点(300年計画)
孫は「ソフトバンク300年計画」を語ることで有名だ。多くの経営者が3〜5年を見るなか、孫は30年・100年単位で産業の未来を描く。アリババへの投資も、インターネットの爆発的普及を2000年代初頭に確信していたからこそ実行できた。短期の株価暴落は彼の「設計図」には織り込み済みだったのかもしれない。
③代表的な名言から読み解く思考法
「一番高い山を目指せ。そうすれば自ずと前向きになれる」——孫がかつて語ったこの言葉は、彼の行動原理を端的に表している。失敗を恐れてリスクを取らないよりも、大きな目標を持ち続けることで逆境でも前進できる、という信念だ。また「志を高く持て。そこに戦略がついてくる」という言葉も、「先にビジョンあり、後に戦術あり」という彼の経営スタイルを物語っている。
心理的分析:なぜ彼だけが蘇れたのか
心理学的に見ると、孫正義は「損失に対する感情的フリーズ」が起きにくいタイプと考えられる。多くの人間は大きな損失を前にして思考が停止し、悪い状況を維持し続ける「損失回避バイアス」に陥る。しかし孫は損失を「情報」として処理し、次の行動に変換する能力が突出していた。加えて、幼少期から在日韓国人として差別と逆境を経験してきたことが、精神的なタフネスを育てたとも言われる。
教訓|孫正義の逆転劇から私たちが学べること
孫正義の人生は、成功と失敗を繰り返す「振り子」のようなものだ。その振れ幅は普通の人間の何百倍も大きい。では、私たちが彼の物語から学べることは何か。
失敗のポイント:熱狂に流された分散投資の限界 バブル期に300社以上へ無差別に投資したことは、ビジョンへの過信と規律の欠如でもあった。強い信念はときに判断を歪める。
成功のポイント:たった一つの「本物」を見抜く眼力 一方で、アリババという「本物」に早期にコミットできたことが復活を可能にした。量より質——投資において普遍的な真理だ。
読者へのメッセージ 人生において「終わった」と思える瞬間は、案外「始まり」の前夜であることがある。孫正義の逆転劇が教えるのは、失敗を経験値に変換し、次の一手を淡々と打ち続けることの強さだ。
未来の展望 現在の孫は「AI革命」を次の30年の柱と据え、OpenAIやStargate構想に社運を賭けている。AIによる「知性の爆発」が人間社会を変えると確信する孫が、今度はどんな歴史をつくるのか——その答えはまだ誰にもわからない。ただ一つ言えるのは、孫正義という男は「終わらない」ということだ。





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