2026年2月20日、衆院選をめぐり一つのニュースが日本中を駆け巡った。東京7区(港区・渋谷区)に国民民主党公認で立候補し落選していた元東京都議・入江伸子容疑者(63)が、公職選挙法違反(買収)の疑いで警視庁に逮捕されたのだ。
フジテレビ社員から都議、そして衆院議員を目指した63歳。その人生は波瀾万丈という言葉がふさわしく、だからこそ今回の逮捕劇はより多くの人の目を引きつけた。
逮捕の概要|何が問題だったのか
警視庁捜査2課は2026年2月20日、入江伸子容疑者(63)ら女性3人を公職選挙法違反(買収)の疑いで逮捕した。
同課の発表によると、入江容疑者は1月下旬から2月上旬にかけて、10〜20代の女子大学生5人に対し、ビラ配りなどの選挙運動の報酬として現金計27万円を渡した疑いがある。さらに捜査関係者の調べでは、運動員10人以上に対し、少なくとも現金計約45万円を支払ったとみられている。
他に逮捕されたのは、SNS運用会社社長の菅原京香容疑者(25)と、陣営の会計担当だった佐藤芳子容疑者(63)の2人。3人とも認否は明らかにされていない。
犯行の構図はこうだ。入江容疑者は1月ごろ、知人の菅原容疑者に運動員を集めるよう依頼。菅原容疑者が経営する会社のインターン生である大学生を中心に、日当1万円を支払う条件でビラ配りスタッフを集めていた。報酬は菅原容疑者の会社口座を経由して支払われていたことも新たに判明している。
注目すべき点は、陣営のSNS上では「ボランティア募集」と呼びかけながら、実態は有償で運動員を集めていたとされる点だ。公職選挙法は、選挙運動の報酬として運動員に金銭を支払うことを禁じており、今回の逮捕はその根幹に触れる疑いとなった。
なお、警視庁が国政選挙で候補者や支援者らを買収容疑で摘発するのは、これで3年連続となる。
入江伸子とは何者か|フジテレビ時代の知られざる素顔
入江伸子容疑者を語るうえで欠かせないのが、その半生の重さだ。
東京都新宿区生まれ。幼稚園から大学まで成城学園で一貫教育を受け、成城大学文芸学部英文学科を卒業。大学在学中には「フジテレビFNNスピーク」でお天気キャスターを務めた経験を持つ。
卒業後はフジテレビ報道記者の入江敏彦氏と結婚。夫がカイロ支局長に就任したことで、家族でエジプト・カイロへ移住。イスラエルのエルサレムで次男を出産した。 Go2Senkyo
しかし、その後に想像を絶する悲劇が訪れる。
1994年12月、ルワンダ難民を取材するためにチャーターした小型飛行機がケニアのナイロビで墜落。夫・入江敏彦カイロ支局長が32歳で死亡した。当時、長男は6歳、次男は生後わずか11カ月だった。
深い悲しみの中、入江容疑者は2人の幼子を連れて帰国。しかし「息子たちが世に出るまで、リリーフ投手としてがんばろう」と心に誓い、生き抜いていく。
帰国後しばらくしてフジテレビの契約社員として職を得、1997年には同社に中途採用される形で正式入社。バラエティ制作や「フジテレビキッズ」などに所属し、子育てや子どもに関するコンテンツの企画・プロデュースを担当。編成制作局では部長職としてマネジメントも担い、女性管理職として活躍した。2017年7月に退職するまで、約20年間フジテレビに勤務した。 Go2Senkyo
ひとり親として働きながら息子2人を育て上げ、その両者が東京大学を現役で卒業したことも大きな話題を呼んだ。2020年には著書『自ら学ぶ子どもに育てる〜息子2人が東大に現役合格した、ワーキングマザーの子育て術〜』を出版し、子育てアドバイザーとしても注目を集めた。
政治家・入江伸子の誕生|小池百合子との運命的な出会い
フジテレビを退職した2017年、入江容疑者は突如として政界へ転身する。そのきっかけとして本人が語っているのが、小池百合子東京都知事の存在だ。
息子たちを育て上げ、フジテレビでも地道に働き、「人生の目標はいちおう達成した」と感じていた時期に、都知事選での小池百合子知事のパワーとオーラに魅せられた。小池知事が「希望の塾」を開催すると知り、学んでみたいとひっそりと応募・通塾。東京大改革のための具体的な政策を学ぶ中で「ぜひお役に立ちたい」と出馬を決意した。
2017年7月の東京都議会議員選挙(港区)に都民ファーストの会から立候補し、35,263票を獲得してトップ当選を果たす。2021年の都議選でも再選し、2期連続で当選。文教委員会委員長、財政委員会理事、総務委員会理事などを歴任した。
2025年6月、「都政だけでは解決できない問題を国政で取り組む」として国民民主党に入党。 そして2026年の衆院選で東京7区から初の国政挑戦に踏み出した。
しかし選挙の結果は厳しかった。東京7区の6人の候補者の中で、入江容疑者は約2万1千票を集めたものの、1割に満たない4番目の得票数で落選。自民党の丸川珠代氏に軍配が上がった。
投開票翌日の2月9日、入江容疑者はSNSに「今回の結果を受け、政治家としての活動に一区切りをつける決断をいたしました」と投稿していた。そのわずか11日後に、冒頭の逮捕という形で再び世間の耳目を集めることになる。
「電撃解散」が生んだ選挙戦の歪み
今回の事件を理解する上で見落とせないのが、選挙の特殊な背景だ。
今衆院選は高市早苗首相の「電撃解散」による異例の短期決戦となり、多くの候補者たちは選挙運動のための人手集めに奔走した。人材の取り合いが生じ、公選法で制限されている報酬を超えた形で運動員を求めた候補者も複数いたとみられる。
選挙期間が極端に短い中、各陣営は即戦力となるボランティアを集める必要に迫られた。入江陣営の場合、SNS運用会社のインターン生というルートが活用されたとみられるが、その過程で公選法の壁を越えてしまった可能性が高い。
「インターン経験を積みながら選挙にも関わる」という構図は現代の若者にとって魅力的に映ったかもしれない。だが法律的には、そのインターン報酬が選挙運動の対価と認定された場合、買収罪が成立しうる。
ネットの反応|賛否入り乱れる世論
逮捕の一報が伝わると、SNS上では様々な反応が広がった。
批判的な声としては「”古い政治の壁を打ち破る”と訴えながら自ら違法行為を行ったのは矛盾では」「ボランティアと称して有償で集めるのは欺瞞だ」といった意見が上がった。元フジテレビ社員という知名度もあり、「テレビ局出身ならメディアリテラシーもあるはず」という皮肉も見受けられた。
一方、「日当1万円が『買収』と言われても釈然としない」「どこの陣営もやっていることでは」「短期決戦で人が集まらない構造的な問題では?」という疑問の声も少なくなかった。特に公選法の運動員報酬規制をめぐっては「時代遅れな規制では」という議論に発展する場面もあった。
国民民主党の玉木雄一郎代表は逮捕を受け、「被疑内容が事実であれば選挙の公平性を揺るがす極めて遺憾な事態」とXに投稿し、「事実関係を確認の上、党としても厳正に対処します。党の代表としてお詫びします」と謝罪の言葉を添えた。
この事件が問いかけるもの
今回の入江伸子容疑者の逮捕は、単なる公選法違反事件にとどまらない構造的な問題を浮き彫りにしている。
一つ目は、現代の選挙活動における「ボランティアと有償労働の境界線」だ。SNS運用、ビラ配り、街頭スタッフ——これらに若い世代をインターンとして関わらせ、そこに報酬を支払うことが違法となるなら、選挙活動のデジタル化・現代化と公選法の整合性をどう取るかは立法上の課題でもある。
二つ目は、突然の解散・短期決戦が選挙の質そのものを歪めるリスクだ。準備期間が短いほど、人手確保の焦りが脱法行為を生みやすくなる。
そして三つ目は、政治家としての倫理の問題だ。「古い政治の壁を打ち破る」と訴えた候補者自身が、旧来型の選挙違反の疑いで逮捕されるという皮肉は重い。
夫の死という逆境を乗り越え、2人の息子を東大に育て上げ、テレビ局員から政治家へとキャリアを築いてきた63年の人生。その最後のページが、今こうした形で記されようとしている。事実関係の解明と、司法の判断が注目される。


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