大阪府吹田市を拠点に、レクサスやアルファードなど国産高級車210台を盗み続けた男女2人が逮捕・起訴された。被害総額はなんと約10億円。2020年から2025年にかけて2府9県を股にかけた組織的犯行の全貌に迫る。
事件の概要|6年間で210台・356件・10億円の被害
大阪府警は2026年2月17日、住居不定・無職の江碕亮被告(41歳)と内縁の妻である江碕美千子容疑者(27歳)を窃盗などの罪で逮捕・送検し、捜査を終結したと発表した。
2人は氏名不詳の共犯者らと共謀し、2020年5月から2025年5月にかけて、大阪・愛知・静岡など2府9県でレクサスやアルファードをはじめとする国産高級車計210台を盗んだ疑いが持たれている。
警察が立件した件数は自動車盗を含む356件、被害総額は約10億円にのぼる。これだけの規模の自動車窃盗事件が日本国内で明るみに出たケースは非常に稀であり、その手口の巧妙さと組織性が多くの注目を集めている。
驚くべき犯行手口|「故障診断機」でキーを複製する”ハイテク窃盗”
現代の車泥棒はどうやってドアを開けるのか
かつての自動車窃盗といえば、窓ガラスを割ったり、古典的な「配線直結」でエンジンをかけるイメージが強かった。しかし今回の事件が示すのは、テクノロジーの進化とともに犯行手口も高度化しているという現実だ。
江碕被告らが使用したのは、「故障診断機(OBD診断機)」と呼ばれるツールだ。本来はカーディーラーや整備士がエンジン警告灯の原因を調べたり、車のコンピューターにアクセスするために使う業務用機器である。
犯行の流れはおおむね以下の通りとされている。
ステップ1:開錠器具でドアを解錠 まず、電波を利用した特殊な開錠器具でドアのロックを解除する。スマートキーシステムを搭載した現代の高級車は、キーが近くにあれば自動でロックが解除される仕組みを逆手に取った手口だ。
ステップ2:故障診断機を車内コンピューターに接続 ドアを開けた後、車内にあるOBDポートに故障診断機を接続。車のコンピューターにアクセスし、新たなスマートキーを「正規のキー」として登録・複製する。
ステップ3:複製キーで堂々と走り去る 複製されたキーを使えば、エンジンスタートからそのまま走行まで普通の運転と何ら変わらない状態で車を持ち去ることができる。防犯アラームも作動しない。
この手口は「OBDポートアタック」とも呼ばれ、近年日本でも被害が急増している。特にトヨタのレクサスやアルファードは世界的な需要が高いため、窃盗グループに標的にされやすい状況が続いている。
内縁の妻は「見張り役」として関与
江碕美千子容疑者(27歳)は、犯行現場周辺での見張り役を担っていたとみられている。犯罪における「役割分担」の明確さが、6年間にわたって発覚を免れた一因とも言える。警察や通行人の接近をいち早く察知し、仲間に知らせる役目は、組織的犯行において非常に重要なポジションだ。
盗んだ210台の車はどこへ?|保管・転売の実態
高級車の”行方”に迫る
210台もの車を盗んでいながら、それをどこに保管し、どうやって現金化していたのか。これは多くの人が疑問に思う点だ。
今回の事件で警察が公式に発表した販売ルートの詳細は限られているが、日本国内で頻発している高級車窃盗の一般的な手口と照らし合わせると、以下のような流れが考えられる。
■ 偽造ナンバーの使用 関連報道によれば、偽造ナンバープレートが使用されていた疑いも浮上している。盗難直後に別の車のナンバープレートに付け替えることで、追跡を困難にするのは自動車窃盗グループの常套手段だ。
■ 短期間での転売・解体 盗まれた高級車の多くは、数日以内に転売されるか、部品として解体・売却されるとされる。レクサスやアルファードのパーツは海外でも高値がつくため、海外輸出ルートに乗せられることも多い。コンテナに積まれ、主に東南アジアや中東方面へ輸出されるケースが国内外の捜査機関によって確認されている。
■ 名義変更・偽書類による国内転売 国内での売却においては、偽造した車検証や譲渡証明書を用いて名義変更し、中古車市場に流すケースも確認されている。
今回の江碕被告らは「氏名不詳の共犯者ら」と共謀していたとされており、こうした転売・処理ネットワークの存在が背後にあった可能性が高い。
なぜ逮捕されたのか|犯行に幕を下ろした捜査の経緯
最初の逮捕のきっかけ
2人が最初に逮捕されたのは2025年2月、大阪府吹田市内の駐車場での車1台(ゴルフシューズなどが積まれた国産高級車、約167万円相当)の窃盗がきっかけだった。
この1件の逮捕から、警察が2人の過去の犯行を芋づる式に解明していった。捜査を通じて2020年以降の犯行が次々と裏付けられ、最終的には356件、被害総額10億円規模の大型事件として立件されるに至った。
自動車窃盗捜査の進化
近年、警察は自動車窃盗の捜査に力を入れており、防犯カメラ映像の解析技術の向上や、ナンバープレート自動読取システム(Nシステム)の活用により、盗難車の追跡精度が大幅に高まっている。
また、OBDポートアタックの被害が社会問題化したことで、自動車メーカーとの情報共有や、整備工具の流通規制を求める声も高まっており、捜査機関と業界が連携した対策が進められている。
自分の車を守るために|今日からできる盗難対策
高級車オーナーであれば、この事件は決して他人事ではない。OBDポートアタックを含む最新の窃盗手口に対抗するために、以下の対策が有効とされている。
① ハンドルロック・タイヤロックの設置 アナログな物理的ロックは、時間のかかる犯行を嫌う窃盗犯への大きな抑止力になる。
② OBDポートのロックカバー装着 市販されているOBDポート専用のロックカバーを取り付けることで、診断機を接続されるリスクを大幅に低減できる。
③ GPSトラッカーの設置 車内に小型GPSを設置しておくことで、盗難後の追跡・発見率が高まる。
④ ガレージや施錠された駐車場の利用 屋外の開放駐車場よりも、物理的にアクセスが困難な環境に駐車することが最も基本的な防衛策だ。
⑤ セキュリティシステムのアップグレード 純正セキュリティだけに頼らず、社外品の警報システムやイモビライザーを追加することも効果的だ。
まとめ|「テクノロジー犯罪」に個人と社会はどう向き合うか
今回の事件が浮き彫りにしたのは、高度化する窃盗手口と、それに対する社会的対応の遅れだ。故障診断機というあくまで「業務用ツール」が犯罪に悪用されるという盲点は、自動車業界全体が真剣に向き合うべき課題である。
6年間・2府9県・210台・10億円という数字は、単なる犯罪統計ではなく、被害者それぞれの日常が奪われた現実の重みを持っている。江碕被告らは容疑を認めており、今後の裁判の行方も注目される。
自動車の「スマート化」が進む一方で、セキュリティの脆弱性も同時に拡大している。オーナー自身の意識と対策が、愛車を守る最後の砦となることを、この事件は改めて私たちに教えてくれている。


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