「電波はあなたの財産です」——そんなフレーズを耳にしたことがあるだろうか。電波は国民共有の公共財であるにもかかわらず、日本ではテレビ局や携帯キャリアに半ば「お任せ」状態で割り当てられてきた。その既得権益構造に正面から切り込もうとしているのが、高市早苗首相が掲げる「電波オークション」制度の導入だ。欧米では常識となっているこの仕組みが、なぜ日本でこれほど遅れてきたのか。そして実現すれば、国民の暮らしはどう変わるのか。
電波オークションとは何か?現行制度との決定的な違い
日本の電波割り当て制度のいびつな現実
現在の日本では「比較審査方式」と呼ばれる方法で電波が割り当てられている。総務省が審査の末に「最もふさわしい」と判断した企業に、電波を実質無償で交付する仕組みだ。地上デジタル放送(地デジ)の場合、NHKや民放各局は広大な周波数帯域を長年にわたって独占的に使用している。
その対価として支払われている電波利用料は年間で数千万円程度にすぎず、その経済的価値と照らすと「破格の安値」という批判が絶えない。これは不動産に例えるならば、都心の一等地を維持費だけで何十年も使い続けているようなものだ。
総務省の試算によれば、電波の市場価値は通信・放送合計で数十兆円規模とも言われる。現行の電波利用料はその数千分の一にも満たない。
電波オークションの仕組みとは
電波オークションとは、電波の使用権を競争入札にかけ、最も高い額を提示した事業者に権利を与える制度だ。1990年代にアメリカが導入して以来、イギリス・ドイツ・フランス・韓国など多くの先進国が採用してきた。5G時代に突入し電波の経済的価値が爆発的に高まった今日、電波オークションは「資源の最適配分」を実現する国際標準の手段として広く認知されている。
高市首相が電波オークション改革を推進する4つの理由
高市首相は以前から電波行政の改革に強い関心を持ち続けてきた政治家だ。今回の推進には複数の政策的な意図が絡み合っている。
第一に財政収入の確保。アメリカでは5G向け電波オークションだけで数十兆円規模の国庫収入を得た実績がある。日本でも適切に設計すれば数兆円規模の財源が生まれるとの試算があり、財政再建を急ぐ政府にとって無視できない数字だ。第二に電波の有効活用。現行制度では一度割り当てられた電波を長期間「塩漬け」にすることも可能で、非効率な利用が温存されやすい。高い対価を払った事業者ほど活用に真剣になるという市場原理が機能する。
第三に放送業界の構造改革。高市首相はNHKの受信料制度や民放再編にも以前から言及してきた。電波オークションはその一環として、既得権益に守られてきた放送業界に「市場の洗礼」を与える手段に位置づけられる。第四にデジタル政策との整合性。ネット配信が猛烈に拡大する中で、地上波放送が占有する広大な周波数帯域の再編は避けられない。高市政権のデジタル・経済安全保障戦略と電波オークションは、深いところで一本の線でつながっている。
電波オークション実現で国民が得る3つの恩恵
税負担の軽減と社会サービスへの直接還元
電波オークションで得た財政収入は、社会保障費の補填、消費税引き下げ財源、教育・医療への投資など、さまざまな形で国民生活の改善に充てることができる。「タダ同然」で電波を使い続けてきた既存放送局が正当な対価を払うことで、その利益が広く社会全体に分配される。これは「公共財の公正な利用」という観点からも、極めて理にかなった話だ。数兆円規模の財政収入が現実になれば、国民一人ひとりへの恩恵は決して小さくない。
通信サービスの品質向上と料金競争
電波の有効活用が進むことで、通信・放送サービスそのものの質が高まる可能性がある。日本の5G整備は世界的に見て決して最先端ではない。電波の再配分が合理的に行われれば、より多くの事業者が革新的なサービスを展開するための「土台」が整う。競争が生まれれば通信費の引き下げや新サービスの登場につながり、スマートフォンを日常的に使う国民すべてがその恩恵を受ける。快適に・安く・どこでもつながれることは、もはや生活の質に直結する問題だ。
放送コンテンツの多様化と質的向上
逆説的に聞こえるかもしれないが、電波に正当な市場価格がつくことで、コンテンツの質が上がる可能性がある。現在の民放は「電波という特権」に守られ、視聴率競争という一元的な評価軸に縛られている。高い対価を払って電波を確保した事業者は、それを回収するためにより魅力的なコンテンツに投資するか、独自の差別化戦略をとらざるを得ない。さらに規制整備が進めば新規参入が促進され、既存地上波にはない多様な視点や新しいコンテンツが市場に生まれることも期待できる。
課題と反論:電波オークションが抱えるリスク
公平な議論のために、懸念点にも正直に向き合っておきたい。電波オークションは決して万能薬ではなく、「どう設計するか」がすべてを左右する。
- 地方放送局の経営悪化リスク大都市の放送局と地方局では資金力に雲泥の差がある。入札競争になれば、資本力のある大手だけが生き残り、地域情報・災害報道を担う地方局が淘汰されかねないという懸念は根強く、慎重な制度設計が不可欠だ。
- 公共放送の役割との矛盾放送は単なるビジネスではなく、政治・災害・文化報道において「公共性」を担う特殊な産業だ。市場原理一辺倒で電波を配分することへの慎重論には、無視できない重みがある。
- 複雑な制度設計の難しさ上限価格の設定・分野ごとの扱い方・既存局への移行措置など、詳細な制度設計を誤ると意図しない弊害が生じる。「オークション」という言葉の裏に隠れた複雑さを、政策立案者と国民が共に理解する必要がある。
電波は誰のものか、という根本的な問い
電波オークション論争の本質は、「電波は誰のものか」という根本的な問いに行き着く。電波は国民全体の公共財だ。特定の既存勢力が長年にわたって低コストで独占してきたこの現実を変えることは、「公正な社会」の実現という意味でも重要な一歩といえる。
高市首相が推進する電波オークションが実現すれば、財政収入の増加・通信サービスの向上・コンテンツ多様化という三方向から国民にリターンが還元される可能性は十分にある。一方で、地方放送の保護や公共性の担保など、市場原理だけに委ねてはならない価値もある。その両立こそが、この改革における最大の難問だ。
日本社会の「見えないインフラ」たる電波制度をどう再設計するか——その答えは、政治家だけでなく国民一人ひとりが当事者として考え続けるべき問いである。



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