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【ブレイキングダウン】歌舞伎町最強ホスト・舞杞維沙耶の全貌|ホストから格闘家への軌跡とファイトスタイル徹底解説

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ブレイキングダウン
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はじめに

ブレイキングダウンのリングで異彩を放つ存在、それが舞杞維沙耶(まきいざや)である。「歌舞伎町最強ホスト」という異名を持ち、身長183cm・体重100kgという恵まれた体格で圧倒的なパフォーマンスを見せる彼は、一体どのようにして現在の地位を築いたのか。

舞杞維沙耶のホストとしての出発点から格闘技への目覚め、そして彼独自のファイトスタイルまでを徹底的に掘り下げる。

ホストになったエピソード|18歳の決断と歌舞伎町デビュー

舞杞維沙耶がホストの世界に足を踏み入れたのは、わずか18歳の時だった。彼がホストになったきっかけについて、インタビューで驚くほど率直に語っている。

「逮捕されないで儲かる仕事が、ホストぐらいしかなかったんじゃないですかね」

この発言からは、当時の彼が抱えていた事情が垣間見える。高校時代は柔道で県大会優勝を果たすほどの実力者だったが、18歳頃は「路上で暴れていた」と自身のSNSで振り返っている。荒れた日々を送っていた彼にとって、歌舞伎町のホストクラブ「ANARCHY」との出会いは、人生の転機となった。

伝説のホスト・鳳帝(おおとりみかど)がプロデュースするこの店で働き始めた舞杞だったが、最初は店に馴染めず、勤務後も「ヤンチャ」を続けていたという。そんな彼を見かねた先輩ホストが、一つの提案をする。それが、彼の人生を大きく変える「格闘技」への扉だった。

格闘技を始めたエピソード|先輩の一言が伝説の始まり

舞杞維沙耶が格闘技の道に進んだきっかけは、ホストクラブの先輩からの後押しだった。18歳でホストになった彼は、店に馴染めず勤務後もヤンチャを続けていた。

そんな状況を心配した先輩が、ホストの格闘技イベント「宴」への出場を勧めたのである。

「宴」は、ホストやキャバクラなど夜職の人間のみが出場できる格闘技イベントだ。先輩は、舞杞の持て余したエネルギーを格闘技という形で発散させようと考えたのだろう。

もともと高校時代に柔道で県大会優勝の実績を持ち、183cm・100kg前後という恵まれた体格を持っていた舞杞にとって、格闘技は天職とも言える舞台だった。18歳でMMAルールデビューを果たした彼は、初戦から相手の腕を極めて一本勝ちするなど、センス溢れるパフォーマンスを披露した。

そこから彼の快進撃が始まる。地下格闘技の世界で連戦連勝を重ね、なんと10年間無敗という驚異的な記録を樹立。総合戦績は35戦33勝2敗(2023年時点)という圧倒的な数字を残している。

舞杞自身、格闘技に出場する理由について深い思いを明かしている。生まれてすぐに両親に捨てられ、祖父に育てられた彼は、その祖父が肺がんステージ4と診断されたことを明かした。

祖父が試合を見るのを楽しみにしているため、恩返しとして格闘技を続けているという。「歌舞伎町最強ホスト」という異名の裏には、家族への深い愛情があったのだ。

ブレイキングダウンへの挑戦|5回の落選を経て掴んだチャンス

ブレイキングダウンへの参戦は、舞杞にとって簡単な道のりではなかった。実は、彼は第1回大会から全てのオーディションに応募し続け、5回も書類選考で落選している。

喘息持ちで肺が悪い舞杞にとって、1分間という試合時間は理想的だった。「スタミナがあまりない自分にとって、試合時間が1分は適正」と判断し、執念の応募を続けた結果、ブレイキングダウン6でついに念願のオーディション通過を果たす。

初戦の相手は、体重130kg超の元力士チャン・エドモンド。格闘技人生で初めてという大幅な体重差での戦いだったが、舞杞は軽快なフットワークとパンチ、膝蹴りの連打で主導権を握り、判定5-0の完勝を飾った。

しかし、その後の道のりは平坦ではなかった。ブレイキングダウン7では、Rizinでも活躍するエドポロキングに敗北。

赤パンニキやヨーロッパのプロキックボクサーとの試合でも苦杯を舐めるなど、連敗も経験している。

それでも舞杞は諦めなかった。ブレイキングダウン11では、過去に地下格闘技で対戦した佐藤崚汰との再戦で、一度はダウンを奪われながらも、渾身の左フックで逆転KO勝利。「最後まで諦めなかった俺の勝ちやな」と満足げに語った姿は、多くのファンの心を打った。

2025年12月のブレイキングダウン18では、長谷川拓也を相手に3ラウンドTKO勝利を収めるなど、現在もリングで戦い続けている。

舞杞維沙耶のファイトスタイル|柔道×MMA×創造性の融合

舞杞維沙耶のファイトスタイルは、一言で表すなら「パワーとテクニックの融合」である。183cm・100kgという恵まれた体格から繰り出される打撃は、パンチングマシンでプロのハードパンチャー並みの300~400を記録するほどの威力を持つ。

柔道仕込みのグラップリング技術

高校時代に県大会優勝を果たした柔道の技術は、彼の格闘技スタイルの基盤となっている。テイクダウンから絞め技、関節技まで多彩な技を持ち、打撃だけでなく寝技でも相手を圧倒できる器用さを持っている。実際、18歳のMMAデビュー戦では腕を極めて一本勝ちするなど、組み技の実力は折り紙付きだ。

ヘビー級離れしたスピードとフットワーク

100kgの体重を感じさせない軽快なフットワークが舞杞の武器である。チャン・エドモンド戦では、体重差を物ともせず、スピーディーな動きで相手を翻弄。パンチと膝蹴りの連打で体力を削り、判定勝利を収めた。この機動力こそが、彼を「歌舞伎町最強ホスト」たらしめる要素の一つだ。

近距離での打撃戦

舞杞の真骨頂は、近距離での左右フックの打ち合いである。ブレイキングダウン18の長谷川戦では、近距離で左右フックを振り回し、2ラウンドで相手の顔面を腫れ上がらせた。そして3ラウンド開始早々の右ストレートでダウンを奪い、TKO勝利。このパワーとスピードを兼ね備えた打撃スタイルは、観客を魅了し続けている。

冒険心溢れる実験的アプローチ

興味深いのは、舞杞が試合中に「やってみたかったテコンドーの技を実践で試してみる」など、実験的なアプローチを取ることだ。勝利だけでなく、試合を楽しみ、視聴者を楽しませようとする姿勢は、エンターテイメント性を重視するブレイキングダウンにおいて高く評価されている。

スタミナ管理の課題と戦略

喘息持ちで肺が悪いという持病を抱える舞杞にとって、スタミナ管理は大きな課題である。そのため、彼は「練習はしない。たかが2分、3分のために1、2カ月割くのはバカバカしい」と語るなど、独自のトレーニング哲学を持っている。ブレイキングダウンの1分3ラウンド制は、まさに彼のためにあるようなルールなのだ。

ひな壇ファイターとしての存在感

現在、舞杞維沙耶はブレイキングダウンのひな壇ファイターとして、試合だけでなくイベント全体を盛り上げる役割も担っている。彼の存在感と発言は、大会の見どころの一つとなっており、格闘技界における独自のポジションを確立している。

ホストと格闘家、二つの顔を持つ男

舞杞維沙耶という男は、歌舞伎町のホストとして華やかな世界に生きながら、リングでは命を削る戦いを続けている。18歳で始めたホスト業、先輩の勧めで始めた格闘技、そして祖父への恩返しという思い。これらすべてが絡み合い、「歌舞伎町最強ホスト」という唯一無二のキャラクターを形成している。

柔道仕込みの技術、ヘビー級離れしたスピード、そして近距離での爆発的な打撃力。これらを武器に、舞杞は今日もリングで戦い続ける。

現在は大阪でBAR VANDALISMを経営しながら、格闘技界での活躍も継続中だ。

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