17歳の一目惚れから始まった運命の恋
元WBC世界3階級制覇王者・長谷川穂積。リング上で数々の伝説を築いた彼の人生を語る上で欠かせない存在が、妻の泰子さんである。二人の出会いは、長谷川が17歳の高校生だった頃に遡る。
当時、兵庫県立多可高等学校に通っていた長谷川は、神戸に住む1歳年上の泰子さんと知り合い、瞬く間に恋に落ちた。遠距離という困難な状況でも、若き日の長谷川は泰子さんに夢中になり、猛烈なアタックの末に交際がスタートする。
しかし、恋愛に没頭するあまり学業がおろそかになり、高校2年で中退という事態に。本人の告白によれば、泰子さんと同棲したいがために「わざと赤点を取った」という驚きの行動だった。
父親が課した厳しい条件とボクサーへの道
高校を中退し同棲を望む息子に対し、長谷川の父親は二つの条件を突きつけた。「高校を卒業すること」「ボクシングジムに入ること」。実は父親は元プロボクサーで、息子にボクシングの道を歩ませたいという思いがあった。
長谷川は約束を守るため、兵庫県立西脇北高等学校の定時制に編入。19歳で卒業を果たすと、千里馬神戸ジムに入門し、泰子さんとの同棲生活をスタートさせた。当初は「彼女と暮らすための口実」に過ぎなかったボクシングが、やがて彼の人生を決定づけることになる。
アルバイトで家計を支えた下積み時代
プロボクサーとしてスタートを切った長谷川だが、初期の生活は決して楽ではなかった。世界王者になる前から神戸市内の時計店でアルバイトをしていたという事実は、多くのファンには知られていないエピソードだ。
プロボクサーの収入は不安定で、特にキャリア初期の4回戦ボクサー時代は試合のファイトマネーだけでは生活が成り立たない。長谷川は練習と試合の合間を縫って時計店で働き、泰子さんと二人の生活費を稼いでいた。
興味深いのは、世界王者になった後もアルバイトを続けていたという事実だ。これは長谷川の誠実な人柄と、地に足のついた生活感覚を物語っている。結局、時計店が入っていたダイエーの閉鎖に伴い、店も閉店となって辞めざるを得なくなったという。
泰子夫人の献身的なサポートと「恐妻」の真実
プロデビューから3年後の2002年、21歳で結婚した二人。泰子さんは長谷川がまだ無名の新人ボクサー時代から支え続けてきた。
彼女のサポートは並大抵のものではなかった。試合前には妻も一緒に減量してくれたという長谷川の証言がある。「ダイエットできるわ」と冗談めかしながらも、夫の苦しみを共有しようとする姿勢は、まさに「一緒に闘う」覚悟の表れだった。
栄養管理士の資格を取得し、カロリー計算された食事を毎日作り続けた泰子さん。減量中の長谷川のために、低カロリーでも栄養があり、見た目にも豪華に感じられる料理を工夫して提供していた。
一方で、ボクシング界では「恐妻」として知られる泰子さん。そのエピソードは数知れない。
試合で手数が少なかった時には「全然面白くなかった」と一刀両断。アメリカでの試合を前に弱気になった長谷川に対しては「アメリカで試合したいって言ってた人が何言ってんの?」と叱咤。
そして極めつけは、顎の骨を折る怪我をして弱音を吐いた夫に対して放った「顎の次は心折ったろか?」という伝説的な言葉だ。
しかし、これらは厳しさではない。誰よりも夫の実力を知り、誰よりも勝利を信じているからこその愛のムチだった。
「もういい」— リングサイドからの魂の叫び
2011年のIBF世界スーパーバンタム級タイトルマッチで、長谷川は二度のダウンを喫し、フラフラの状態でもファイティングポーズを取り続けた。
リングサイドで見守る泰子さんは、それまで一度も「頑張れ」と声を出したことがなかったが、この時初めて声を振り絞って応援した。
しかし健闘むなしく、レフェリーストップによるTKO負け。どう見ても戦える状態ではない夫を見て、「もういい、もういいよ!」と絞り出すように呟いたこの言葉は、多くのファンの涙を誘った。
誰よりも夫の頑張りを見てきた妻だからこそ発せられた、これ以上傷つかないでほしいという切実な願い。この瞬間、長谷川夫妻の絆の深さが全国に伝わった。
そしてこの敗戦後も長谷川は現役を続行し、見事に3階級制覇という偉業を達成する。その背景には、間違いなく泰子さんの存在があった。
苦楽を共にした夫婦の絆
17歳からいっしょだった長谷川の妻・泰子さんは、「何物でもない」時代を知っているからこそ、王座陥落の時も引退後も、お互い変わらず自然体でいられる。
世界王者としてチヤホヤされる時代も、敗戦で批判を浴びる時代も、すべてを共に歩んできた二人。泰子さんは負けた後でも変わらず、「あなたがあなたのままでいてくれればいい」と言い続けたという。
長谷川穂積の輝かしい戦績の裏には、アルバイトで生計を立てた苦しい新人時代から、世界の頂点に立つまでの長い道のりを支え続けた泰子さんの姿があった。
真のチャンピオンを育てた愛の力
長谷川穂積と泰子夫人の物語は、単なるアスリートとその妻という関係を超えている。17歳の一目惚れから始まり、高校中退、アルバイト生活、そしてプロボクサーとしての苦闘を共に乗り越えてきた二人の絆は、何よりも強固だ。
時計店でのアルバイトという地道な日々、減量の苦しみを共有する献身、的確な叱咤激励、そしてリングサイドからの魂の叫び。すべてが長谷川穂積を世界3階級制覇王者へと押し上げた原動力となった。
今もなお、二人は仲睦まじく過ごしており、長谷川はフィットネスジムやタイ料理店の経営など新たなチャレンジを続けている。リングを降りた今、長谷川が「現役時代より充実している」と語れるのも、変わらぬ泰子さんの支えがあってこそだろう。
長谷川穂積と泰子夫人の物語は、愛と努力、そして絆の強さが人生を切り開く力になることを、私たちに教えてくれる。


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