28歳で最年少上場、30歳で負債400億円─衝撃の転落劇
株式会社シーラテクノロジーズ(旧シーラホールディングス)の代表取締役会長・杉本宏之氏は、日本の起業家の中でも特異な経歴を持つ人物です。24歳でエスグラントコーポレーションを創業し、わずか4年で不動産業界史上最年少・最短となる28歳での上場を達成しました。
しかし、栄光は長くは続きませんでした。2007年のサブプライムローン問題、そして2008年のリーマンショックが杉本氏の会社を直撃します。それまで銀行から借りられるだけ借りて不動産を買い、転売を繰り返す手法で急成長してきた同社は、不動産価格の下落と銀行の融資停止により、あっという間に債務超過に陥りました。
2009年3月、杉本氏は民事再生法の申請を余儀なくされ、負債額は最大400億円にまで膨れ上がりました。30歳という若さで、すべてを失ったのです。自己破産し、500名近くいた社員もたった4名に減りました。
壮絶な幼少期が作り上げた不屈の精神
実は杉本氏の苦難は、起業のはるか前から始まっていました。
4歳の頃、父親が経営する不動産会社が倒産し、豪邸から6畳一間のアパートへ引っ越しました。小学校時代は給食費も払えないほどの貧困生活を経験し、8歳で交通事故に遭って半年間入院、左足の指の神経は現在も動きません。
最大の悲劇は13歳のときでした。唯一の稼ぎ頭だった母親を癌で亡くし、残された父子は生活保護で命をつないだのです。高校時代にはアルバイトを掛け持ちしながら通学する日々を送りましたが、定職に就かない父親との金銭トラブルから口論となり、父親が杉本氏を刺すという痛ましい事件まで起きました。
こうした壮絶な経験が、後に400億円の負債を背負ってもなお再起できる強靭な精神力の源となったのです。
再起のきっかけ─「元々ゼロだった。またゼロから始めましょう」
どん底で絶望していた杉本氏を救ったのは、部下だった湯藤善行氏(現シーラホールディングス代表取締役社長)の言葉でした。
民事再生の終結が見えてきた頃、湯藤氏は杉本氏に「独立します」と告げました。がっかりしていた杉本氏に、湯藤氏は続けてこう言いました。
「ただし、杉本宏之がもう一度立ち上がるというなら別です。元々ゼロでした。またゼロから始めましょう」
この言葉が杉本氏の中でスイッチを切り替えました。「よし、もう一度やってやろう」と。
さらに、リーマンショック時に杉本氏の姿勢に感銘を受けた経営者たちが支援に名乗りを上げました。ある有名経営者は、杉本氏から資金援助を頼まれた際、すぐに3億円近くを貸してくれたといいます。サイバーエージェント代表の藤田晋氏や堀江貴文氏など、多くの起業家仲間が手を差し伸べました。
こうして2010年、32歳の杉本氏は再び不動産ビジネスに挑戦するため、シーラホールディングスを創業したのです。
失敗から学んだ「原理原則」─二度と倒れない経営哲学
2社目の起業にあたって、杉本氏には明確なビジョンがありました。それが「原理原則」という経営哲学です。
財務の安定性を最重要視
エスグラントコーポレーション時代の最大の失敗は、借金に依存した経営でした。シーラでは、社員の給料を家賃収入と管理収入だけで賄えるようにし、財務基盤を徹底的に安定させました。
需要のある商品に特化
リーマンショック時、狭くて安い単身者向けコンパクトマンションが最も需要があることを学びました。そこでシーラでは東京都心部の単身者向けマンションと小型ビルに特化し、稼働率99.6%という驚異的な数字を実現しています。
社員を家族として大切に
エスグラントコーポレーション倒産時、社員に真実を話せず誤魔化し続けたことを最も後悔していました。表彰式で社員が表彰状を床に叩きつけた光景は、今でも忘れられないといいます。この経験から「会社は家であり、社員は家族である」という基本理念を掲げました。
杉本氏が二度と失敗しないために設けた18の行動指針には、「リーマンショックを忘れるな。実力以上の借金が身を滅ぼす」「収入を生まない物は資産ではなく無駄な荷物」「成功者にとって謙虚さと感謝が最も大事な想い」などが並びます。
ナスダック上場という快挙─時価総額243億円の評価
シーラホールディングスは着実に成長を続けました。2017年には売上高100億円、2023年12月には200億円を突破し、グループ7社を擁する企業へと発展しました。
2022年、社名を「シーラテクノロジーズ」に変更し、プロップテック企業としての方向性を明確にしました。そして2023年3月、不動産業界初となる米国ナスダック市場への上場を果たし、時価総額243億円という評価を受けたのです。
ニューヨーク・タイムズスクエアのナスダック電光掲示板に「シーラテクノロジーズ」の名前が表示された瞬間、杉本氏は「ようやく止まっていた時計の針を再び動かすことができた」と語りました。奇しくも上場した3月は、14年前にエスグラントコーポレーションが民事再生を申請した月でもありました。
杉本宏之の現在─不動産投資の民主化を目指す挑戦
現在、シーラテクノロジーズの中核事業は不動産クラウドファンディング「利回りくん」です。2021年6月にサービスを開始し、2022年10月には会員数国内No.1を達成、2023年3月時点で会員数25.8万人、2024年3月には賃貸仲介事業「イエッティ」の会員数も30万人を突破し、世界第3位の規模にまで成長しました。
「利回りくん」のコンセプトは「社会貢献、地域創生、誰かの夢に応援投資」。一口1万円から手軽に始められ、保護犬・猫共生型グループホームや障がい者グループホームなど、社会課題解決型のファンドも積極的に展開しています。杉本氏は「世界中の不動産投資を民主化する」というビジョンのもと、世界シェア1位を目指しています。
また、グループ企業には太陽光発電事業のシーラソーラー、AIシステム開発のシーラブレイン、オンライン賃貸仲介のシーラリアルティなど多彩な事業会社があり、2024年上半期には前年同期比13%増収を達成しました。
人間関係を大切にする経営者の素顔
杉本氏は「立場や肩書きで相手を区別せず、誰に対しても平等に接し、悪口を言わない」ことを美学としています。「相手に尽くし、愛した分が結果として返ってくる」という信念のもと、困っている人ほど手を差し伸べることを大切にしています。
ZOZOTOWN創業者の前澤友作氏、幻冬舎の見城徹氏とも親交が深く、経営者としてだけでなく、人としての信頼関係を大切にしています。民事再生時に堀江貴文氏が最初に声をかけてくれたことは、今でも感謝しているといいます。
また、杉本氏は自身の経験を広く共有することにも積極的です。『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』などの著書を通じて、失敗から学んだ教訓を次世代の起業家たちに伝え続けています。
まとめ─失敗を糧に、何度でも立ち上がる力
杉本宏之氏の人生は、まさに波乱万丈の連続でした。幼少期の貧困、母の死、高校時代の刃傷沙汰、28歳での栄光、30歳での転落、そして再起。400億円という想像を絶する負債を抱えながらも、彼は再び立ち上がりました。
その原動力となったのは、仲間からの信頼、過去の失敗から学んだ教訓、そして「もう一度やってやる」という不屈の精神でした。シーラホールディングス創業から約14年で売上高200億円超、ナスダック上場という偉業を成し遂げた杉本氏の物語は、挫折を経験したすべての人々に希望を与えています。
2024年現在も、不動産クラウドファンディングの世界シェア1位を目指して挑戦を続ける杉本宏之氏。その姿は、失敗を恐れずに挑戦し続けることの大切さを私たちに教えてくれています。
杉本氏は語ります。「自分の不遇を否定されることは、成功を否定されることよりも受け入れがたい」。しかし、すべてを甘受し、失敗を糧に変えた時、人は真に強くなれるのです。どん底から這い上がった男の物語は、これからも続いていきます。


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