異質なものを融合させた天才エンジニア
日本の電子工学界に「ロケット・ササキ」という伝説の人物がいる。シャープ元副社長の佐々木正氏は、1915年から2018年まで102年の生涯を全うし、日本の電子産業の礎を築いた技術者だ。彼の名前は一般には広く知られていないかもしれないが、孫正義やスティーブ・ジョブズといった世界的な起業家たちが「恩人」と呼んだ人物である。
高校生が生み出した「アップルマンゴー」の誕生秘話
佐々木氏の人生哲学を象徴するエピソードが、学生時代にある。台北高等学校の卒業研究として、マンゴーとリンゴを接ぎ木してマンゴーの品種改良に取り組んだのだ。
熱帯の果物であるマンゴーと北方のリンゴを掛け合わせるのは至難の業だったが、研究の結果、見事に成功させ、リンゴのような形をしたマンゴーを生み出した。アップルマンゴーは「この研究がきっかけでできた」と佐々木氏は説明している。
この経験から佐々木氏が得たもの。それは「異質なものが融合すれば、必ず新たな価値が生まれる」という信念であり、その確信は「共創」という言葉で後々語られるようになった。この「共創」の精神こそが、彼の生涯を貫く哲学となり、数多くの革新的な技術開発と人材育成の原動力となった。
孫正義との運命的な出会い|2000万円と人生を賭けた決断
佐々木氏のもっとも感動的なエピソードは、若き日の孫正義氏との出会いだろう。
1977年、カリフォルニア大学バークレー校在学中の孫正義氏が、共同開発した「音声機能付き電子翻訳機」の試作機を携え、奈良県のシャープ中央研究所にいた佐々木氏の元を訪ねた。それまで様々な企業にプレゼンテーションに行ったものの、どこも相手にしてくれなかった。
ところが、佐々木氏はその目の輝きが違う若者のプレゼンを受け入れ、2000万円を出すことを即決した。佐々木氏は開発研究費として最大1億6000万円拠出し、米国でソフトウェア開発会社を設立させ、それがのちにソフトバンク創業資金となったという。
さらに驚くべきは、孫氏が日本で起業した後のことだ。帰国して日本ソフトバンクを起業した孫氏が、運転資金枯渇の際、1億円の融資を第一勧業銀行に申し込んだが断わられた。
その際、佐々木氏は退職金と自宅を担保に差し出して保証人になることを銀行の役員に申し出た。結局、「佐々木さんがそこまで信頼を寄せるのであれば」ということで融資が通り、運転資金を確保した。
まだ何の実績もない、見ず知らずの若者のために、なぜそこまでできたのか。佐々木氏は「僕はね、彼のことが、かわいいんですよ。僕が死んでも彼を生かすほうが人類のためだと思ったの。人類が長い間生き残っていくためには、誰かにバトンタッチしていかないといけない。僕は彼にバトンタッチしたいんです」と語っている。
孫氏は「私にとって佐々木先生は大恩人。佐々木先生との出会いがなければ今日のソフトバンクグループも私もなかった」と弔辞で述べた。
スティーブ・ジョブズが憧れた日本人
佐々木氏とスティーブ・ジョブズの出会いも、日本の技術史に残る貴重なエピソードだ。
1985年ごろ、シャープの東京支社長をしていた佐々木氏のもとに、秘書が「ヒッピーの格好をした外国人が訪ねてきた」と報告に来た。それがジョブズだった。佐々木氏は「よう知ってるよ。すぐ通して」と言い、秘書を変な顔をさせたという。
当時、アップルを追放されていたジョブズは「次の事業のアイデアを求めてあなたに会いに来た」と相談を持ちかけた。その身なりはボサボサの長髪でTシャツにジーンズ、足元はサンダル、しかもソファに座るなりあぐらをかいていた。
その日、ジョブズが話してくれたのは、後で思えばiPodの原型ともいえるアイデアだった。「何が今いちばんはやっているか」と聞くので、ソニーのウォークマンを紹介した。佐々木氏はジョブズに、ウォークマンの例を挙げて携帯型の小型端末のヒントになるような話やネットワーク基盤の携帯型IT機器の時代が来るとの進言をした。その時のアドバイスが、後のiPhoneの開発などにつながったという。
「ロケット・ササキ」の異名が生まれた理由
なぜ佐々木氏は「ロケット・ササキ」と呼ばれたのか。この異名は、次から次へとスピーディに湧き出る着想力に、当時小型電卓用LSIを共同開発していた米国人エンジニアが「戦闘機のスピードでは追いつけない」としてつけたものだ。
1960年代から70年代、電卓の小型軽量化、高性能化は日本メーカーの独壇場であり、中でもシャープとカシオの2社がしのぎを削っていた。佐々木氏はトランジスタ電卓の開発を日本で初めて成功させ、電卓を机の上からポケットに入るサイズにまで小型化した。
彼の技術革新は電卓にとどまらず、MOS-LSI、液晶、太陽電池といった新技術の開発を次々と手がけ、日本の電子立国の基礎を築いた。
人を育て、未来を創った生涯
佐々木正という人物の真の偉大さは、技術開発そのものだけでなく、人を見抜く目と人を育てる情熱にあった。孫正義、スティーブ・ジョブズ、そして数多くの技術者たちが彼から学び、彼の支援を受けて世界を変えるイノベーションを起こしていった。
アポロ宇宙船の半導体開発にも関わり、米研究者から「ロケットササキ」と親しまれた彼は、常に人類の進歩のために技術を活かすことを考えていた。
佐々木氏の人生は、技術と人間性の両方において最高峰に達した稀有な存在であり、日本が世界に誇るべき偉大な先駆者だった。今日、私たちが手にしているスマートフォンやコンピューター、そしてそれらを支える技術の多くに、佐々木正の精神が息づいている。


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