プロ野球史に残る3連敗からの大逆転
1989年10月、日本プロ野球界に語り継がれる伝説が生まれました。近鉄バファローズとの日本シリーズで3連敗を喫した読売ジャイアンツが、そこから驚異の4連勝で日本一に輝いたのです。この歴史的逆転劇の引き金となったのが、近鉄・加藤哲郎投手による「巨人はロッテより弱い」という報道でした。
この発言をきっかけに、巨人選手たちがどのように奮起し、プロ野球史上3例目となる「3連敗4連勝」という快挙を成し遂げたのか。本記事では、当時の選手たちの心境と活躍を振り返ります。
加藤哲郎発言の真相と報道の経緯
第3戦で近鉄が巨人に3連勝し、日本一に王手をかけました。この試合で勝利投手となった加藤哲郎は、ヒーローインタビューでこう語りました。
「別に、とりあえずフォアボールだけ出さなかったらね、まぁ、打たれそうな気ぃしなかったんで。ええ、たいしたことなかったですね。シーズンの方がよっぽどしんどかったですからね、相手も強いし」
この発言が、翌日のメディアで「巨人はロッテより弱い」という見出しで報じられました。当時パ・リーグ最下位だったロッテよりも弱いという意味に受け取られ、大きな波紋を呼んだのです。
加藤本人は後に、記者から「ロッテより弱いんちゃうの?」と誘導質問を受け、巨人の投手陣を評価しつつも「打線はアカンなぁ」と答えたところ、言葉が切り取られて報道されたと主張しています。しかし、チームメイトの阿波野秀幸は「そういうようなことは言ってますよ」と証言しており、加藤の普段からの強気な発言傾向が災いした側面もあるようです。
奮起した巨人選手たち│第4戦からの反撃
第4戦:香田勲男の完封で流れを変える
加藤発言の報道を受けて、巨人ベンチは一変しました。第4戦では香田勲男が先発し、近鉄打線を完全に封じ込める完封勝利。この試合がターニングポイントとなり、巨人は反撃の狼煙を上げました。
シーズン7勝と決して多くない勝ち星だった香田でしたが、この日本シリーズでは2勝を挙げ、チームの逆転優勝の立役者となったのです。
第5戦:原辰徳の満塁ホームランが流れを決定づける
第5戦は、この日本シリーズ最大のハイライトシーンが生まれました。開幕から18打席連続ノーヒットと絶不調だった原辰徳が、6回に吉井理人からシリーズ初ヒットとなる満塁ホームランを放ったのです。
この一発は単なる得点以上の意味を持ちました。チームの中心打者が復活を遂げたことで、巨人打線全体に勢いが戻り、近鉄側には動揺が走りました。原のグランドスラムは、シリーズの流れを完全に巨人に引き寄せる決定打となったのです。
近鉄ベンチは、この場面で不調の原との勝負を選択し、好調だったクロマティを敬遠するという策に出ましたが、これが裏目に出る形となりました。
運命の第7戦│駒田徳広の「バーカ!」
3勝3敗で迎えた第7戦、先発マウンドに立ったのは、あの問題発言をした加藤哲郎でした。因縁の対決となったこの試合で、巨人選手たちの怒りと執念が爆発します。
駒田徳広の歴史的なリベンジホームラン
2回裏、五番の駒田徳広が加藤から先制のソロホームランを放ちます。打った瞬間にバンザイをし、ダイヤモンドを回りながらマウンドの加藤に向かって「バーカ!」と叫んだのです。
このシーンは日本シリーズ史上最も有名な場面の一つとなりました。駒田はこの試合だけでなく、シリーズ全体で打率.522(23打数12安打)という驚異的な成績を残し、シリーズMVPに輝きました。第4戦から第6戦まで10打数7安打と絶好調を維持し、まさに巨人の逆転劇を牽引する活躍を見せたのです。
伝説を彩った選手たち
第7戦では駒田に続き、原辰徳も2ランホームランを放ち、近鉄を突き放しました。さらに、この年で現役引退を決めていた人気者・中畑清が代打で登場。両軍のファンから惜別の声援を受けながら、中畑も貴重なソロホームランを放ったのです。
中畑は後にこの打席について「頭が空っぽで、とにかく真っ白だった」と振り返っていますが、飛び跳ねながらダイヤモンドを回る姿は、この日本シリーズの感動的なシーンとして記憶に残りました。現役最後の日本シリーズで、現役最後のホームランを打つという完璧な引退花道となったのです。
さらにクロマティもソロホームランを放ち、巨人は合計4本の本塁打で8-5と勝利。史上稀に見る大逆転で日本一に輝きました。
巨人選手たちを突き動かした原動力
「巨人」というブランドの重み
第7戦で駒田と対戦した際、駒田はベースボール・マガジン社の取材でこう語っています。
「巨人でプレーしていると、チームの影響力の大きさを実感することは案外と少ないんですが、この第7戦はそれを強く感じました。我々が加藤君の発言に怒る前に、世の中のファンが近鉄を萎縮させてしまった。言ってみれば、巨人というチームの影響力が彼らを萎縮させたんです」
巨人の先輩・岡崎郁の言葉も印象的です。「巨人が3つ負けたのは、自分たちの力がなかったからだ。巨人が3連勝したのは、自分たちが頑張ったからだ。そして最後の1つは、胸のGIANTSの6文字が勝たせてくれた」
プロフェッショナルとしての誇り
加藤発言の報道後、巨人ベンチには異様な雰囲気が漂っていたと言います。第7戦の試合前、加藤自身が「巨人ベンチの僕を見る目が異様でした」と語っているように、巨人選手たちの目には強い決意が宿っていました。
単に挑発されたから怒ったという単純な話ではなく、プロフェッショナルとしての誇りを傷つけられた巨人選手たちが、実力でそれを証明しようとした結果が、この歴史的逆転劇を生んだのです。
「一選手の発言」が変えた歴史か?
近鉄球団は後に、球団50周年記念誌で「一選手の発言がシリーズを左右すると判断してはおかしい。それで勝負が決まるほど単純なものではないだろう」という見解を示しています。
確かに、加藤の発言だけがこの結果を招いたわけではありません。近鉄の若手投手陣にやや慢心があったこと、巨人の総合力が一枚上だったこと、そして逆転を期待する世間の雰囲気が近鉄選手陣を委縮させたことなど、複合的な要因が重なった結果でしょう。
しかし、この「巨人はロッテより弱い」という言葉が、巨人選手たちに火をつけたことは間違いありません。藤田元司監督は著書で「たった一瞬の緩みが致命傷となる、まさに野球のもつ”魔性”」と振り返っています。
平成最初の日本一を飾った巨人
この日本シリーズは、昭和から平成に変わった1989年に行われました。平成最初の日本一を、劇的な逆転劇で飾った巨人。80年代に西武や広島に苦しめられ続けた巨人が、その80年代のフィナーレを歓喜で締めくくった瞬間でもありました。
一方、近鉄バファローズはこの後、2004年の球団消滅まで一度も日本一になることができませんでした。加藤哲郎にとっては、生涯忘れられない苦い記憶となり、「A級戦犯」とまで言われる状況に追い込まれました。
プロ野球史に残る教訓
この1989年日本シリーズは、多くの教訓を残しました。
- 相手を侮る発言の危険性
- 慢心が招く逆転劇
- プロフェッショナルとしての誇りの重要性
- 短期決戦における勢いとメンタルの影響力
そして何より、「3連敗からでも決して諦めない」という不屈の精神の大切さです。巨人選手たちは、加藤発言をきっかけに目を覚まし、持てる力を全て出し切って勝利を掴み取りました。
現代に語り継がれる伝説
加藤哲郎は後年、「引退するまで巨人ファンだった」「背番号30は江川卓への憧れから」という衝撃的な事実を明かしています。憧れていたチームを相手に放った言葉が、皮肉にもそのチームの大逆転を招いてしまったのです。
この物語は、勝負の世界の厳しさ、言葉の持つ力、そしてプロフェッショナルの誇りを象徴する出来事として、今なお多くの野球ファンに語り継がれています。
駒田徳広の「バーカ!」という叫びは、単なる感情的な言葉ではなく、巨人というチームの誇りをかけた戦いの結晶だったのかもしれません。
1989年日本シリーズで巨人が見せた3連敗からの4連勝という歴史的逆転劇は、加藤哲郎の「巨人はロッテより弱い」という報道をきっかけに実現しました。香田勲男の完封、原辰徳の満塁ホームラン、駒田徳広の「バーカ!」ホームラン、中畑清の引退花道ホームランなど、巨人選手たちの執念とプライドが結実した戦いでした。
この出来事は、プロスポーツにおける言葉の重み、チームの誇り、そして決して諦めない精神の大切さを現代に伝える、永遠の教訓となっています。


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