国会質問の当日、自宅前で刺殺された政治家
2002年10月25日午前10時35分、衆議院議員・石井紘基氏は東京都世田谷区の自宅駐車場で刺殺された。享年61歳。国会に向かうため車に乗り込もうとしたその瞬間、右翼団体代表を名乗る男に柳刃包丁で左胸を刺され、命を落とした。
事件当日、石井氏は国会で重大な質問を行う予定だった。事件前、周囲に対して「日本がひっくり返るくらい重大なことを暴く」と語っていたという。しかし、その質問が行われることはなかった。日本国憲法下で他殺された現職国会議員は4人目であり、戦後日本を震撼させる衝撃的な事件となった。
「国会の爆弾発言男」が追及した官僚国家の闇
石井紘基氏は、政界では「国会の爆弾発言男」として知られていた。1993年、日本新党からトップ当選を果たして国会議員となり、その後、自由連合、新党さきがけ、民主党と所属政党を変えながらも、一貫して税金の無駄遣いと不正の追及に情熱を注いだ。
彼が最も力を入れていたのが、特殊法人の問題だった。1994年、総務政務次官に就任すると、住宅・都市整備公団による子会社への不正な工事発注操作の疑惑を追及。それまで聖域とされていた特殊法人に、石井氏は初めて本格的なメスを入れた人物として記憶されている。
中小企業経営者から「公団の入札で圧力がかかり、仕事が取れない」という相談を受けたことがきっかけだったという。石井氏の調査により、公団の子会社が工事を寡占している実態が明るみに出た。この国会質問を受けて、総務庁(現・総務省)は行政監察を実施せざるを得なくなった。
犯罪被害者救済とカルト問題にも取り組んだ正義の政治家
石井氏の活動は特殊法人の追及だけにとどまらなかった。1995年、阪神・淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生すると、弁護士の紀藤正樹氏と連携して「オウム真理教問題を考える国会議員の会」を発足させた。また、1996年には統一教会の世田谷進出に反対する住民運動にも参加している。
元秘書で元明石市長の泉房穂氏は、石井氏について「弱者救済の政治をする人であり、不正を許さない政治をする人だった」と振り返る。税金が不正に使われることを絶対に許さず、権力の中枢にこそメスを入れる──それが石井氏の信念だった。
事件の真相は今も闇の中
事件翌日、右翼団体「守皇塾」代表の伊藤白水(本名:伊藤泉)が警視庁に出頭し、殺人容疑で逮捕された。伊藤は公判で起訴事実を認め、無期懲役が確定した。しかし、事件の真相は未だに解明されていない。
捜査では、伊藤が1992年頃から石井氏の事務所に出入りしており、金銭トラブルが動機だったとされた。だが、不可解な点が多い。犯行時、石井氏の財布には手をつけていない。そして何より、事件現場から持ち去られた石井氏の手帳と大量の資料は、今も見つかっていない。
判決文には「動機の解明は困難」と記された。さらに伊藤は無期懲役確定後、「殺害を頼まれた」と告白しているという情報もある。63箱もの段ボールに収められた石井氏の遺した資料を、当時の民主党代表だった鳩山由紀夫氏が後に入手したが、事件の背景を突き止めるには至らなかった。
犯行時、伊藤は抵抗された場合を想定して手製の手裏剣を所持し、石井氏の自宅に放火するためにガソリン入りのポリタンクまで準備していた。これは金銭トラブルという単純な動機で説明できる犯行準備だろうか。
石井氏が暴こうとしていた「重大なこと」とは
では、石井氏が国会で暴露しようとしていた「日本がひっくり返るくらい重大なこと」とは何だったのか。
石井氏は日本の実態を「官僚国家」と看破していた。特権層が利権を寡占し、国民の税金が不透明な形で流れていく構造。特殊法人とその子会社、天下り官僚、政治家をつなぐ巨大な利権システム。石井氏はその全貌を解明しようとしていたのではないか。
元秘書の泉房穂氏は「石井さんとは事件の少し前に電話で話したばかり。でも、心のどこかで、石井さんはいつか殺されるかもしれないという予感があった」と述懐している。それほどまでに、石井氏が迫っていた真実は危険なものだったのだろう。
残された問いと現代への警鐘
石井氏の長女・石井ターニャ氏は長く沈黙を守ってきたが、2024年に出版された『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』(泉房穂著、集英社新書)の対談で、初めて事件前後の状況や20年来秘めてきた思いを明かした。
経済学者の安冨歩氏は石井氏を「卓越した財政学者」と評価している。石井氏が指摘した官僚国家の構造は、形を変えながら今も日本社会に深く根を張っている。
事件から20年以上が経過した今も、真相は闇の中だ。警察も検察も十分に捜査を尽くしたとは言えない。犯人は逮捕されたが、背後関係は解明されていない。
石井紘基氏が命をかけて追及しようとした「日本がひっくり返る秘密」。その答えは、今も63箱の段ボール箱の中に眠っているのかもしれない。あるいは、事件現場から持ち去られた手帳と資料の中に記されていたのかもしれない。
政治の闇は深い。しかし石井氏が投げかけた問いは、現在進行形で私たちに突き刺さっている。不正を許さず、権力に立ち向かう勇気。それこそが、石井紘基氏が私たちに遺した最大の遺産なのかもしれない。


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