日本の北朝鮮と呼ばれる島
大分県東国東郡姫島村――この美しい離島は、時に「日本の北朝鮮」とも呼ばれる、特異な歴史と文化を持つ場所です。瀬戸内海の西端に浮かぶこの島には、神話の時代から続く不思議な伝承と、現代にまで影響を与える村の独自の政治体制、そして今なお語り継がれる衝撃的な事件が存在します。
姫島村の基本情報:小さな島の実態
姫島村は瀬戸内海の西端、大分県国東半島の北端に位置し、人口は約1,695人(令和7年3月末時点)の小さな離島です。面積は6.99平方キロメートルで、東西約7キロメートル、南北約4キロメートルの細長い形をしています。
この島は大分県唯一の一島一村の離島で、沿岸漁業と車えび養殖が主な産業となっています。国東市からフェリーで約20分という好アクセスながら、独自の文化と閉鎖的なコミュニティが形成されてきました。
教育施設と日常生活
姫島村には保育所1か所、幼稚園1園、小学校1校、中学校1校があり、高等学校はありません。高校進学を希望する生徒は島外に通学するか、寮生活を送ることになります。この小規模な教育環境は、島の子どもたちが密接な人間関係の中で育つという特徴を生み出しています。
医療面では診療所1施設(内科、外科、小児科、眼科、歯科、歯科口腔外科、一般病床8床)が島民の健康を支えています。
姫島七不思議:神秘に包まれた伝説の地
姫島は、『古事記』等に記された「国産み」神話で、伊邪那岐と伊邪那美の2神が産んだとされる6つの島のうち、4番目に産んだ女島であるとされています。この神話的背景が、島に伝わる「姫島七不思議」の基盤となっています。
江戸時代後期の文政・天保の頃には既に成立していたとされる姫島七不思議は、お姫様にまつわる伝承を中心とした7つの不思議な場所と物語です。
七不思議の内容
千人堂(せんにんどう) 大晦日の夜、債鬼(借金取り)に追われた島民千人を匿うことができたという言い伝えがあります。
浮洲(うきす) 姫島の沖合にある小さな洲で、漁業の神として島の漁師の信仰を集める高倍様が祀られており、高潮や大時化に遭っても海水に浸かることがないとされています。
逆柳(さかさやなぎ) お姫様が使った柳の楊枝を逆さに挿したところから芽が出たという伝説です。
かねつけ石(おはぐろ石) お姫様がおはぐろをつけた時、石の上に置いた猪口と筆の跡と言われる不思議な跡が残っています。
拍子水(ひょうしみず) お姫様がおはぐろをつけた後、口をゆすごうとしたが水がなく、手拍子を打って祈ったところ水が湧き出したという言い伝えがあります。
浮田(うきた) 大昔、池に大蛇が棲んでおり、誤ってこの大蛇を埋めてしまったため、大蛇の怒りで田が揺れると言われています。
阿弥陀牡蠣(あみだがき) 灯台の下の海蝕洞窟内の海面から上2米位の所に牡蠣が群棲し海水につかることがなく、食べると腹痛を起こすと言われ、その牡蠣が阿弥陀三尊の形に似ているのでこの名があります。
「日本の北朝鮮」と呼ばれる理由:独特の政治体制
姫島村が「住みよい北朝鮮」と呼ばれる背景には、特異な政治体制が存在します。
親子二代で56年間の村長独占
村長選は1955年に投票が行われたのを最後に、1957年から2012年まで16回連続して無投票当選となっていました。これは市区町村はもとより都道府県も含めた自治体の首長選としては全国で最多です。
16回のうち、最初の1回を除く15回は前村長の藤本熊雄と現村長の藤本昭夫によるもので、藤本昭夫は藤本熊雄の長男であることから、親子で50年以上村長職を独占して担っている状態でした。
島の民は健康で文化的な最低限度の生活を営むために、選挙による民主主義よりも選挙を行わない寡頭支配を選び、無投票による「独裁」、つまり藤本親子による世襲体制を受け入れたとされています。
独自の慣習:成人式の着物禁止
姫島村には、全国的にも珍しい独自のルールが存在します。村では1969年から成人式で着物を着ることを認めていません。その理由は経済的な理由で着物を用意できない家庭への配慮とされ、平等性を重視する村の姿勢の表れと言えます。
2003年には、成人式で代表を務める予定だった女性が振袖を着ようとしたところ、教育長から厳しく叱責され、結果として成人式を欠席する事態となりました。この出来事は全国的に報道され、村の公式掲示板は大きな議論を呼びました。
姫島村リンチ殺人事件:島の闇を示す衝撃的事件
1962年3月30日、東国東郡姫島村の青年団員7人が警察署に兄弟2人を殺害したと出頭しました。
殺された兄弟は6年前に帰島し、映画館やパチンコ店などを経営していましたが、以前住んでいた別府市にいる暴力団関係者との関係がある上、些細なことから因縁をつけて暴行するなどヤクザまがいの犯罪行為をしていました。被害者は島民100人以上にもおよび、被害届けを警察や役場に出したが、兄弟の親戚に村議会の議長と議員が居たことから握りつぶされていました。
この事件は、閉鎖的な島社会における権力構造と、集団心理が引き起こした悲劇として、今なお語り継がれています。小さなコミュニティにおける正義と暴力、そして公的権力の機能不全という問題を浮き彫りにした事件でした。
現在の姫島村:変化の兆し
2016年、ついに61年ぶりに村長選挙が行われました。藤本昭夫村長に対して、元NHKプロデューサーでUターン組の藤本敏和氏が挑戦したのです。結果は藤本昭夫氏の勝利となりましたが、この選挙は長年続いた無投票体制に一石を投じる出来事となりました。
姫島村の魅力:観光地としての顔
闇の部分ばかりが注目されがちな姫島村ですが、実は豊かな自然と独自の文化を持つ魅力的な観光地でもあります。
- 姫島盆踊り:夏の風物詩として全国的にも有名な伝統行事
- 車えび:姫島の特産品として知られる高品質な養殖車えび
- 黒曜石:姫島産の黒曜石で作られた石器が、中国地方や四国地方の縄文時代遺跡から発見されており、古代からの交易の証
- 美しい海岸線:瀬戸内海国立公園に指定された自然景観
光と影が交錯する島
姫島村は、神話の時代から続く神秘的な伝承、独特の政治体制、そして衝撃的な事件という、多面的な顔を持つ離島です。「日本の北朝鮮」という呼び方は、その独特の閉鎖性と独裁的な政治体制を揶揄したものですが、一方で島民の生活の安定と平等を守るための選択でもありました。
現代において、このような特異な自治体の存在は、民主主義と地域コミュニティのあり方について考える貴重な事例となっています。姫島七不思議が示す神秘的な魅力と、現実の社会構造が持つ問題点。この二つの側面が交錯する姫島村は、日本の離島文化と地方自治の複雑さを象徴する場所と言えるでしょう。
人口1,600人余りの小さな島に刻まれた歴史と伝説は、現代日本の縮図として、私たちに多くの問いを投げかけ続けています。


コメント