問題の本質:高収益を追求する事業者の実態
厚生労働省は、高齢者住宅入居者への訪問看護報酬について、2026年度診療報酬改定で利用者数や訪問回数に応じた報酬区分を設定し、大人数への頻繁なサービス提供の額を引き下げる方針を示しています。これは、一部事業者が過剰にサービスを提供し高収益を得ているという疑念に対応したものです。
ホスピス住宅における不正請求の深刻化
末期がんや難病患者向けの有料老人ホーム「医心館」など、複数のホームで併設の訪問看護ステーションが実際とは異なる記録を作成し、不正に診療報酬を請求していた疑いが報じられています。具体的には、必要性に関係なく全入居者に1日3回の訪問を行い、複数人での訪問には加算が付くため、訪問時間は原則30分以上と定められているにもかかわらず、実際には5分程度で終わるケースもあったとされています。
アンビスホールディングスの特別調査委員会の報告書では、提供実態のない訪問看護の診療報酬請求が約6,300万円分あったことが明らかになりました。別の事業者では、パーキンソン病専門の有料老人ホームを運営する会社で、約40カ所あるホームのほぼ全てで不正が確認され、その額は少なくとも約28億円に上りました。
利益追求のビジネスモデルの問題点
末期がんや難病という条件がつくと介護保険ではなく医療保険で訪問看護を提供でき、利用量の上限も取り払われるため、必要があれば毎日1日3回まで診療報酬を請求することが可能です。この制度の隙間を利用し、営利を優先する事業者が増加してきました。
高齢者住宅に併設された訪問看護ステーションの中には、多くの入居者に対する頻繁な短時間訪問や早朝・夜間の実施によって報酬が高額になるケースがあり、集合住宅に併設の事業所が効率的に多数の利用者を訪問できることから、収益性が高まる構造的な問題が指摘されています。
厚生労働省の規制強化の動き
指導体制の見直し
厚生労働省は、複数都道府県にわたって広域で運営されている訪問看護ステーションについて、より効果的な指導を実施するため、厚生労働省本省・地方厚生局・都道府県による指導の仕組みを設ける方針です。
さらに、レセプト請求額が高額であるなど、一定の基準に該当する指定訪問看護ステーションに対し、教育的な視点による指導機会(選定基準)を設けることが検討されています。これにより、利用者等からの情報提供を待たずに、行政が能動的に指導等を行うことが可能になります。
訪問看護提供に関する取扱方針の明確化
厚生労働省は2024年10月22日に事務連絡を発出し、訪問看護の日数・回数・実施時間・訪問する人数については、看護師等が訪問時に把握した利用者や家族等の状況に即して、主治医から交付された訪問看護指示書に基づき検討することが求められると明示しました。
特に問題視されているのは、看護師等が利用者の個別の状況を踏まえずに一律に訪問看護の日数等を定めることや、利用者の居宅への訪問に直接携わっていない指定訪問看護事業者の開設者等が訪問看護の日数等を定めることは認められないという点です。
2026年度診療報酬改定の影響予測
報酬体系の見直し内容
2026年度の診療報酬改定では、主治医が指示書に必要性を明記している場合に限り、頻繁な提供を認める方向で、集合住宅での過剰サービス対策を講じる方針が示されています。利用者数や訪問回数に応じた報酬区分を新たに設定することで、大規模・高頻度のサービス提供に対する報酬が引き下げられる見通しです。
業界への影響と今後の展望
訪問看護業界に詳しい専門家の間では、今回の改定によって報酬が大幅に削減される可能性が指摘されています。過去に訪問診療で同様の問題が発生した際には、診療報酬が3分の1程度まで削減された経緯があり、訪問看護でも少なくとも2分の1程度の減額が予想されています。
営利目的のみで事業を展開している企業にとって、今回の改定は大きな転換点となるでしょう。適正なサービス提供を行わず、制度の隙間を利用して高収益を追求してきた事業者は、事業の継続が困難になる可能性があります。
訪問看護業界の構造的課題
廃業率の高さと経営の実態
一般社団法人全国訪問看護事業協会の調査によると、訪問看護ステーションの廃業率は医療福祉事業全体の2.24%と比較しても高く、日本全体の中小企業の廃業率3.3%と比較しても決して低くはありません。
一方で、厚生労働省の調査では、令和3年度決算における訪問看護の収支差率は7.6%で、介護事業全体の収支差平均3.0%と比較すると、訪問看護事業は収支差率が高く利益が出やすい事業とされています。この矛盾は、適正に運営される事業所と過剰サービスで高収益を追求する事業所の二極化を示唆しています。
人材確保と適正な運営の重要性
訪問看護ステーションの経営において、人件費が最大の支出項目となっています。訪問1件あたりの売上単価はおよそ8,000円で、比較的高い単価が設定されているため、訪問回数を増やし人件費を抑え効率的にサービスを提供することで高い収益性を確保できる事業です。
しかし、この収益性の高さが過剰サービスを助長する要因にもなっており、本来必要なケアの質を犠牲にして利益を追求する事業者が出現する土壌となってきました。
今後求められる姿勢
訪問看護は、地域包括ケアシステムを支える重要なサービスです。高齢化が進む中、在宅で医療ケアを受けたいというニーズは今後も増加していきます。
しかし、制度の隙間を利用した過剰サービスや不正請求は、本当に必要なケアを必要とする人々への適切なサービス提供を阻害し、限りある医療資源を浪費することになります。
2026年度の診療報酬改定は、訪問看護業界にとって適正化の転機となるでしょう。利益追求だけではなく、利用者本位の質の高いサービスを提供する事業者が評価され、持続可能な事業運営ができる制度設計が求められています。
事業者には、医療・介護の本来の目的である「利用者のQOL向上」を最優先に考え、法令遵守と適正なサービス提供を徹底する姿勢が求められます。同時に、行政には実効性のある監視体制の構築と、悪質な事業者への厳格な対応が期待されています。


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