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サップ西成の真実:「大阪最強の半グレ」と呼ばれた男の再起への道

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ブレイキングダウン
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はじめに

大阪の格闘技界で伝説的な存在として語られる「サップ西成」。その名前は地下格闘技からブレイキングダウンまで、波乱に満ちた人生を物語っている。

2024年3月の逮捕容疑が「お前がサップ西成だから」という衝撃的なものだったことで再び注目を集めました。

サップ西成の高校時代から現在に至るまでの激動の半生を詳しく解説します。

柔道エリートから転落:井上康生との運命的な出会い

中学時代の才能開花

サップ西成(本名:金城旭)は1977年6月、大阪府西成区に生まれました。貧困に苦しむ幼少期を過ごした彼が格闘技の道に進むきっかけは、高校無償入学という現実的な理由でした。

中学1年の後半から柔道を始めると、すぐに府大会で最上位の成績を収めるほどの才能を発揮します。

井上康生との決定的な出会い

その才能が認められ、柔道の名門である宮崎県の鵬翔高校に推薦で進学しました。しかし高校1年生のとき、彼の人生を大きく変える出来事が起こります。

宮崎県下の柔道トップ選手が集まる合同練習で、一学年下の井上康生選手と練習する機会を得たのです。当時の井上康生は後にシドニーオリンピック金メダリストとなる逸材。その圧倒的な才能の差を見せつけられ、サップ西成は柔道を辞めてしまいます。

この挫折が、彼を格闘技の地下世界へと導く最初の転機となりました。柔道を辞めた後も道場には通い続け、先輩からの誘いでシュートボクシングへ転向。そこから本格的な格闘技の道を歩み始めることになります。

地下格闘技の世界へ:山根道場と「強者」

地下格闘技デビュー

10代後半からアマチュア修斗を始めたサップ西成は、すぐに頭角を現しますが、ケガにより一度目の引退を余儀なくされます。29歳で大阪地下格闘技大会『喧王』に参戦し、階級別王者に輝きました。

山根道場での修行

サップ西成は大阪の格闘技ジム「山根道場」に所属していました。この道場は地下格闘技界で知られる存在で、後に半グレ集団「アウトセブン」を結成する拳月(相良正幸)も同じ道場に所属していました。

拳月は道場に殴り込みのような形で押しかけ、サップ西成と戦って負けたことから、真面目に格闘技の道を歩み始めたといいます。

「強者」の運営と全国最大の地下格闘技大会

2007年に設立された地下格闘技団体「強者(つわもの)」は、ストリートファイトに明け暮れている不良の若者たちを起用し、「さらに強い相手と戦いたいという選手や引退又は挫折した選手に戦いの場を提供し、プロへの登竜門としたい」というコンセプトで運営されていました。

二度の網膜剥離を経て選手を引退したサップ西成は、自身で大阪での地下格闘技大会の運営、プロモートを始め、全国最大の大会に成長させました。出場選手は約50〜60人、会場のキャパは約2000人という日本一の規模を誇る地下格闘技イベントでした。

「半グレ」認定の真相:警察との攻防

解散への道

しかし、この巨大な成功が皮肉にも転落の引き金となります。2012年より一部の関係者がイベントのチケット購入を迫ったり、暴力団の指令により組合費と称して金銭を要求したりして、断られると暴れるといったことを繰り返し、彼らが「半グレ」として認知されるようになりました。

大阪・ミナミで暴れ周っており、サップ西成さんらが「関西連合」をつくるのではと思われていたという状況の中、警察が勝手に”団体”と括って、反社会勢力の認定をするとの噂もありました。

団体解散の決断

半グレの中には『強者』の大会Tシャツを購入して、「所属や」とイキる若者が増えてきたため、2013年3月に格闘技大会『強者』を解散しました。サップ西成本人は不良ではなく、むしろ「正義の番長」で、「不良嫌い、薬物嫌い、シンナー嫌い、暴力団嫌い」だったと証言されています。

しかし、警察からは半グレグループの幹部と目され、「大阪最強の半グレ」というレッテルが貼られることになります。

前田日明襲撃事件:格闘技界を揺るがした衝撃

事件の発端

2013年9月8日、大阪市中央体育館で開催された「THE OUTSIDER 第27戦」。朝倉海や金太郎など、後にブレイキングダウンで活躍する選手たちが出場したこの大会で、事件は起こりました。

事前に大阪で「強者」を運営していたサップ西成に対し、「THE OUTSIDER」の大阪開催の際に前田日明から挨拶がなかったことが発端とされています。しかし実際には、西成があるパーティーで前田に名刺を渡して挨拶した際に門前払いを食らい、そこですでに揉め事になっていたという背景がありました。

襲撃の実態

9試合目が終わった直後、会場の入り口付近にいた男たちが雪崩れ込み、リング上にいた前田明に対して「前田来い、コラァ」と詰め寄ったのです。「同じたこ焼き屋が隣に来たら、腹立つわな」「東はアウトサイダー、西は強者でやっとんねん」と詰め寄ったとされています。

前田は控室に籠城し、話し合いの場では机を蹴り上げながら対応を迫ったサップ西成。最終的には引き上げましたが、前田が警察に被害届を出したことで、2014年1月に威力業務妨害容疑などでサップ西成を含む5人が逮捕されました。

事件の影響

この事件により、サップ西成の名前は格闘技界を超えて全国に知れ渡ることになります。彼自身は後に事件への反省を語り、「あの時は若くて、勢い任せだった」「もし機会があれば前田氏に直接謝罪したい」と述べています。

逮捕と沈黙の10年間

どん底の生活

前田日明襲撃事件での逮捕後、サップ西成は表舞台から姿を消します。「サップ西成」の名前は、自分でもコントロールできないほど、巨大になっていた。イベントや百貨店の催事に出店して生計を立てたが、ゆく先々で「名前」が邪魔をしたのです。

「商売したらサップ西成やからダメとか、半グレやからあかんとか」という現実に直面し、年末に出店したB級グルメが大コケ。さらに入金されるはずの売り上げ約600万をスタッフに持ち逃げされ、高利貸しから金を借り、なんとか食いつなぐ日々を送りました。

飲食店経営への転身

2018年に大阪府住之江区に居酒屋「左福」を開業。店名の由来は得意技の左フックから。2022年には大阪の超一等地、北新地で「福」をオープンします。サップ西成の名前を隠しながら、飲食業で生計を立てる日々が続きました。

ブレイキングダウン参戦:再起への転機

復帰を決意した理由

約10年の格闘技から離れた生活の後、転機が訪れます。ある大会を観戦した時、自分と同年代で怪我を乗り越えて戦っている選手をみて、自分もまだやれると思ったことが復帰の理由でした。

2023年2月には格闘技大会「BLUESTAR」に出場し、判定勝ち。そして、盟友のアンディ南野氏が現代社会のビジネスで「発信力」が非常に大きなパワーを持っていること、YouTubeで得た発信力を背景に格闘家から起業家に転身した人がいることなどを熱心に説明したことで、YouTubeチャンネル開設とブレイキングダウン参戦を決意します。

ブレイキングダウンでの活躍

「昔、前田日明襲撃とかいろいろ事件を起こしてやっと今、表舞台に出られたっていう感じなんですね。もう46なんですけど」という年齢ながら、2023年8月のブレイキングダウン9で復帰を果たします。

初戦は北九州最強の松井健との対戦。オーディション時にSATORUとの大乱闘で右手を骨折するというアクシデントがありましたが、5-0の判定勝ちで見事勝利。その後もブレイキングダウン10、11、14、15、16と出場を重ね、大阪軍団の総大将として活躍しています。

2024年の再逮捕

しかし2024年3月、他のブレイキングダウン選手らとともに恐喝容疑で逮捕されます。逮捕容疑は「お前がサップ西成だから」という衝撃的なものでした。「居合わせただけ」と主張し、その後不起訴釈放となり、慈善活動などに従事して地道にやり直し、再びブレイキングダウンに帰還を果たしています。

「サップ西成」という名前との別離

過去との向き合い方

ブレイキングダウンに参戦したことが、転機になった。露出が格段に増えたことで、北新地のお店の集客力は確実にアップしたという好影響もありました。

「BREAKING DOWN」出演をきっかけに、私の過去が改めて掘り起こされることになった。特に襲撃事件の衝撃力は現在でも通用するようで、「サップ西成」の伝説がSNS上で独り歩きするようになってしまったのです。

新たな戦いの始まり

このままでは私は過去に潰されてしまう。人権さえ認められない私は、沈黙を破ってすべてを明らかにすることにしたと決意し、自伝『サップ西成自伝 奪還 「大阪最強の半グレ」と呼ばれた男』を出版。自らの過去と向き合い、真実を語る道を選びました。

まとめ:伝説から再起へ

サップ西成の人生は、貧困からの脱出、柔道エリートとしての挫折、地下格闘技での成功、「半グレ」のレッテル、前田日明襲撃事件での逮捕、そしてブレイキングダウンでの再起という、まさに波乱万丈の人生です。

オリンピック金メダリスト井上康生との出会いが人生の転機となり、山根道場での修行を経て、地下格闘技「強者」を全国最大規模に育て上げた手腕。しかし一部関係者の不祥事により「半グレ」認定を受け、前田日明襲撃事件で逮捕されるという転落を経験しました。

10年間の沈黙の後、46歳でブレイキングダウンに参戦し、再び格闘技の世界に戻ってきた彼の姿は、多くの人々に勇気を与えています。過去の過ちを認め、真実を語り、新たな人生を歩もうとする「サップ西成」の挑戦は、これからも続いていきます。

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