お笑いコンビ「三四郎」のツッコミ担当・小宮浩信さん。鋭いツッコミと独特のキャラクターで人気を集める彼ですが、実は「練馬の大富豪」「総資産10億円の御曹司」という驚きのバックグラウンドを持っています。
この記事では、小宮さんの裕福な生い立ちと、成城学園での留年エピソード、そして恵まれた環境にいながらもお笑い芸人を志した理由について詳しく解説します。
「練馬の大富豪」の真相|小宮家の資産は本当に10億円?
江戸時代から続く名家の出身
小宮さんの実家は東京都練馬区にあり、江戸時代に「名主」と呼ばれた5軒のうちの1つとされています。もともと本家が広大な土地を所有しており、分家が進んで現在も練馬区内には「小宮」姓が多く見られます。
練馬区内を歩くと「小宮駐車場」「コーポ小宮」など、小宮姓を冠した不動産物件が複数存在し、地域の大地主一族であることがわかります。
不動産資産の実態
2020年に週刊誌『FLASH』が報じた内容によると、小宮さんの実家が所有する建物の評価額は約4億円、土地の評価額は約6億2400万円で、合計すると総資産は10億円を超えると推計されています。
小宮さん自身もインタビューで「実家がアパート経営をしている」「いずれ大家さんになる予定」と発言しており、将来的にはこれらの資産を相続する立場にあることを明かしています。
ただし、小宮さん本人はラジオ番組で「そこまでではない」と謙遜しており、報道内容の一部には違和感を感じているようです。それでも実家が相当な資産を持つ裕福な家庭であることは間違いありません。
名門・成城学園での学生生活と留年の真相
セレブ校での中学・高校時代
小宮さんは中学・高校と、東京都内でも有数のお金持ちが集まる成城学園に通っており、相方の相田周二さんとも同校で出会い、コンビを結成しています。
成城学園は田村正和さん、高嶋政伸さん、木村佳乃さんなど、多くの著名人を輩出してきた名門校。小宮さんのクラスメイトには、消費者金融会長の息子、大手ハンバーガーチェーン会長の孫、伝説の女性歌手の子供など、そうそうたる顔ぶれが揃っていたといいます。
中学受験での猛勉強
小宮さんは小学4年生から中学受験のために塾に通い始め、母親から「中学へ行ったら勉強しなくて良い」という言葉を信じて1日12時間も勉強していました。その努力が実を結び、見事に成城学園中学校に合格します。
しかし、入学後に待っていたのは母親の言葉とは裏腹に、やはり勉強が必要な日々でした。受験のストレスから解放された小宮さんは、中学入学以降ほとんど勉強をしなくなります。
高校2年での留年|二つの理由
小宮さんは高校2年生のときに留年を経験しています。この留年には二つの理由がありました。
表向きの理由:ノストラダムスの大予言
小宮さんは「1999年に地球が滅亡するというノストラダムスの大予言を真に受けて、友達3人で『絶対勉強しないよな?滅亡するもんな?』と約束したものの、他の2人は結局勉強して、自分だけ勉強しなかった結果、現代社会で1点を取るなどして留年した」と語っています。
本当の理由:母親の死
しかし、留年の背景にはもっと深刻な理由がありました。小宮さんが高校1年生のとき、母親が亡くなりました。この出来事により「勉強しても人はいつか死ぬんだ」と思うようになり、以後は勉強をまったくしなくなったのです。
母親を失った喪失感と、人生の無常観が、16歳の少年に深い影響を与えたことが想像できます。
金持ちのエリートコースから芸人へ|方向転換の転機
留年から生まれた反骨心
お笑いを始めようと思ったきっかけについて、小宮さんは「高校で留年して『どうせなら正反対の方に行ってやろう』という反骨心からだった」と明かしています。
エリート街道を歩むはずだった自分が留年したことで、むしろ従来のレールから外れて全く違う道を選択しようという気持ちが芽生えたのです。成城学園高校を卒業した年に大学に進学しなかったのは、小宮さんただ一人でした。
文化祭での成功体験
もう一つの大きなきっかけがありました。高校2年生の時の文化祭で漫才を披露した際、普段は何も褒めてくれない体育の先生から「漫才めちゃくちゃ面白い。いつまでも見ていられる」と絶賛され、さらにその先生がお笑いの道を勧めてくれたことが、小宮さんにとって大きな自信になりました。
マイナーな部活の先輩がお笑いで人気者になっている姿を見て、「自分も笑いで注目されたい」という思いが芽生えたのです。
極楽とんぼへの憧れ
小宮さんは芸人になる前から極楽とんぼの大ファンであり、「極楽とんぼのテレビ不適合者」というDVD作品に多大な影響を受け、「ああいうバカバカしいことをやりたくて芸人を目指した」と明かしています。
お笑いに対する純粋な憧れと情熱が、恵まれた経済環境よりも強かったのです。
将来の安定より「笑い」を選んだ決断
高卒でフリーター、そして養成所へ
高校卒業後、小宮さんはしばらくフリーターをしていましたが、21歳のときに成城大学に進学していた相田さんを誘って、人力舎が主催するお笑いタレント養成所「スクールJCA」に入所しました。
養成所時代の成績は常にトップクラスで、周囲からも高く評価されていました。しかし、コンビ結成後は順風満帆とはいかず、一度解散してトリオを結成したり、再び二人に戻ったりと紆余曲折を経ています。
2013年のブレイク
努力は実を結び、2013年に『ゴッドタン』への出演をきっかけにブレイクの兆しをつかみます。小宮さんの生意気なキャラクターが出演者やスタッフに大ハマりし、マセキ芸能社への正式所属も決まりました。
現在では『三四郎のオールナイトニッポン』のパーソナリティとして絶大な人気を誇り、2024年には武道館でのラジオイベントに約9000人が集結するなど、トップ芸人の仲間入りを果たしています。
まとめ|恵まれた環境を捨てて選んだ「笑いの道」
三四郎・小宮浩信さんの人生は、一見すると矛盾に満ちています。
10億円を超える資産を持つ家庭に生まれ、名門・成城学園で学び、将来は安定した大家業を継ぐことができる立場にありながら、彼が選んだのは不確実なお笑いの世界でした。
しかし、その選択の背景には母親の死という大きな喪失、留年という挫折、そして文化祭での成功体験という複数の要因が絡み合っています。恵まれた環境に安住するのではなく、自分が本当にやりたいことに挑戦する勇気を持った小宮さん。
その姿は、経済的な豊かさだけでは人生の充足は得られないことを示しています。「どうせなら正反対の方に行ってやろう」という反骨心が、今の三四郎・小宮浩信を作り上げたのです。
小宮さんは今でも「将来的には大家さんになる」と語っていますが、お笑い芸人としての活躍が続く限り、その日はまだ先のことになりそうです。


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