PR
スポンサーリンク

いしだ壱成の波乱万丈人生|全盛期の年収から生活保護、俳優復帰まで

スポンサーリンク
エンタメ
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

平成のスターから人生のどん底、そして復活へ

「フェミ男」ブームの火付け役として、1990年代に一世を風靡したいしだ壱成。中性的なルックスと抜群の演技力で、若者のカリスマとして頂点を極めた彼が、なぜ生活保護を受給するまでに転落し、そして再び俳優として立ち上がることができたのか。

その壮絶な人生を振り返ります。

若き日の栄光:桁違いの収入を得ていた全盛期

デビューから大ブレイクまで

1992年、わずか18歳でドラマ『悲しいほどお天気』でデビューしたいしだ壱成。その翌年、フジテレビ系列の人気ドラマ『ひとつ屋根の下』に出演し、最高視聴率37.8%という驚異的な数字を記録。この作品が彼のターニングポイントとなりました。

1995年には『未成年』で主演男優賞を受賞。1998年には社会派ドラマ『聖者の行進』で知的障害者の青年役を演じ、その演技力の高さを証明しました。武田真治とともに「フェミ男」として若者文化を牽引し、俳優だけでなく歌手としても活動。

アルバムはゴールドディスクを獲得するなど、マルチな才能を発揮していました。

驚きの年収と華やかな生活

当時のドラマ主演俳優のギャラは1話あたり100万円から200万円程度。1クール12話とすると、一つのドラマだけで1200万円から2400万円もの収入になります。複数のドラマや映画、CM、音楽活動を並行していたいしだ壱成の年収は、推定で数千万円に達していたと考えられます。

90年代後半は休む暇もないほどの人気で、テレビドラマ、映画、舞台と出演ラッシュが続きました。まさに「時代の寵児」として、華やかなスポットライトを浴びていた時期でした。

転落の始まり:スキャンダルと薬物事件

2001年、人生の分岐点

しかし2001年、大阪松竹座での舞台『大江戸ロケット』の公演中に大麻所持で逮捕されるという事件が起こります。執行猶予判決となったものの、芸能界を干される形となり、仕事は激減。それまでの華やかな生活から一転、厳しい現実に直面することになりました。

離婚も重なり、経済的にも精神的にも追い詰められていきます。過去の金銭感覚が抜けず、収入に見合わない生活を続けたことも困窮に拍車をかけました。

うつ病との闘い:電話にも出られない日々

SNSバッシングが引き金に

2018年、当時19歳だった元女優の飯村貴子さんと3度目の結婚を発表。24歳の年の差と、前妻との離婚前からの関係が報じられたことで、SNSには誹謗中傷が殺到しました。殺害予告まで届く状況に、いしだ壱成さんの心は限界を迎えます。

2019年から2020年にかけて、彼はうつ病を発症。特に2019年5月から2020年3月頃までは症状が深刻化し、電話に出ることさえできないほどの状態でした。仕事どころではなく、日常生活を送ることすら困難な日々が続きました。

バイト面接も落ちる現実

うつ病から回復した2020年3月、仕事を探そうと動き始めたいしだ壱成。しかし現実は厳しいものでした。面接に行っても「芸能人として見られる部分がすごく大きくて」「芸能界に未練があるんじゃないですか?」と言われ、なかなか雇ってもらえない状況が続きます。

一般企業への就職だけでなく、アルバイトの面接すら通らない。かつて何千万円も稼いでいた俳優が、時給1000円の仕事すら得られないという現実に直面したのです。

生活保護受給の決断:月13万円での家族3人の生活

貯金が底をつき、友人の助言で

2020年3月、貯金は完全に底をつきました。妻の飯村貴子さんはラーメン店やスーパーでアルバイトをしていましたが、幼い娘を抱えての収入には限界があります。家賃5万円の石川県の一軒家で暮らしていましたが、家賃を滞納し、友人から借金をする状況にまで追い込まれました。

そんな時、ラーメン店のオーナーや友人たちが「恥ずかしいことじゃないから、いったん生活保護を受けて、その間になるべく自活できるように頑張ろう」と励ましてくれました。

当初は芸能活動に不利になるのではないかという不安や、世間のバッシングへの恐怖から葛藤がありました。2012年に話題になった芸能人親族の生活保護問題が脳裏をよぎり、同じように批判されるのではないかと悩んだといいます。

2020年5月から8月まで受給

2020年5月、ついに生活保護の受給を決断。家族3人で月約13万円の生活保護費で暮らし始めました。仕事や収入は福祉事務所にきちんと報告し、不正は一切ありませんでした。

本人は後に「精神状態が不安定であったため、生活保護を受けることがベストな選択だった」「働けるのに働いていないという自分を責めるようなことは、うつ状態では1番やってはいけないこと」と振り返っています。

しかし週刊誌がこの事実を報道し、「不正受給疑惑」として騒がれることに。YouTubeの広告収入やテレビ出演料を隠しているのではないかと報じられましたが、いしだ壱成は「すべて福祉事務所に報告していた」と否定しました。

8月に受給を返上

芸能活動やプロデューサー業、演技指導などの仕事が徐々に入るようになり、2020年8月には生活保護を自ら返上。わずか3カ月間の受給期間でしたが、この時期は彼にとって人生を立て直すための重要な支えとなりました。

福祉事務所に返上を申し出た際には「生活は大丈夫?」と心配されたといいます。

再起への道:植毛、個人事務所設立、そして俳優復帰

2022年、植毛手術で自信を取り戻す

2022年、いしだ壱成はトルコで植毛手術を受けました。薄毛に強いコンプレックスを感じ、「どうせ俺なんか」と卑屈になっていた時期もあったといいます。

植毛によって髪のボリュームが回復すると、外見だけでなく内面にも大きな変化が。表情に自信と活力がみなぎるようになり、「昔のかっこよさが戻ってきた」とファンからも驚きの声が寄せられました。この経験が、俳優として再び活動する大きな原動力となったのです。

2023年、父・石田純一との初共演

2023年公開の映画『散歩屋ケンちゃん』で、父である石田純一さんと初めて親子共演を果たしました。「父と息子の再生」というテーマは、まさに彼ら親子の人生とも重なります。

過去には金銭トラブルなど確執もありましたが、現在では良好な関係を築いています。「父がいなければ、今の自分はない」といしだ壱成は語っており、父の存在が再起の支えになったことがうかがえます。

2024年、個人事務所「ぷりますてら」設立

2024年5月、いしだ壱成は個人事務所「株式会社ぷりますてら」を設立したことを発表。「一生、俳優。死ぬまで役者。」という力強い決意を表明しました。

「もっともっと芝居をして、芝居を通して皆様に恩返しがしたい」と語り、俳優業への強い意欲を示しています。所属事務所に頼らず、自らの力で仕事を切り開いていく覚悟を決めたのです。

現在の活動:舞台、ドラマ、そして指導者として

2024年から2025年にかけて、いしだ壱成は精力的に活動しています。

2024年から始まった任侠ドラマシリーズ「CONNECT 覇者への道」第10弾に出演。U-NEXTなどで配信されており、山本裕典さん、北代高士さん、高岡蒼佑さんといった実力派俳優たちと共演しています。物語の鍵を握る重要なキャラクターを演じ、その独特の緊張感と深みのある演技が注目されました。

2025年8月には、愛知県芸術劇場小ホールで上演された舞台「モデルドリームズ 2025」に敏腕プロデューサー・宮野博丸役で出演。さわやかな笑顔と自信に満ちた表情で、「劇場でお待ちしております!」とファンに呼びかけました。

また、若手俳優への演技指導にも力を入れています。演技テクニックだけでなく、「照明やカメラマンなどスタッフの方と仲良くなること」といった、数多くの現場を経て学んだ「現場力」も伝えているといいます。

さらに、2024年5月からは鳥越アズーリFMで「いしだ壱成 ラジオスターの喜劇」という番組も担当。インターネットTV型ラジオで毎月第2日曜日に放送され、新たなファン層にもアプローチしています。

現在の暮らし:石川県から東京へ

2018年から2021年まで石川県に移住していたいしだ壱成ですが、2021年12月に3度目の離婚を発表。その後は活動拠点を東京に戻し、俳優業に専念しています。

現在は新たなパートナーとの交際も報じられており、人生の新しい章を歩み始めているようです。50歳を迎えた今、パワーストーンの販売事業「らばらば鉱石販売所」も立ち上げるなど、俳優業以外の活動にも挑戦しています。

いしだ壱成の人生が教えてくれること

生活保護は「恥」ではない

いしだ壱成の経験は、生活保護への偏見を考え直すきっかけを与えてくれます。「あくまで一時的なものであれば、全然恥だとは思わない」という彼の言葉は、本当に困っている人が制度を利用することの大切さを示しています。

何度でもやり直せる

薬物事件、離婚、うつ病、生活保護受給――数々の困難を経験しながらも、いしだ壱成は50歳を前に俳優として復活を遂げました。

人生に「手遅れ」はないということを、彼の姿が証明しています。

外見の変化が内面を変える

植毛手術という外見の変化が、自信の回復につながり、それが俳優復帰への原動力になったという事実。外見コンプレックスに悩む多くの人に勇気を与えるエピソードです。

「一生、俳優。死ぬまで役者。」の覚悟

若き日に何千万円もの年収を得て、時代の寵児として輝いていたいしだ壱成。その後、薬物事件、うつ病、生活保護受給という人生のどん底を経験しながらも、2024年に個人事務所を設立し、俳優として本格的に復帰しました。

「一生、俳優。死ぬまで役者。」という彼の言葉には、どんな困難があっても芝居を続けていくという強い決意が込められています。

現在50歳。人生100年時代と言われる今、まだまだこれからです。平成のスターとして一世を風靡した彼が、令和の時代にどのような演技を見せてくれるのか。いしだ壱成のこれからの活躍から目が離せません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました