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赤井英和の伝説エピソード、亀田家との因縁、トミーズ雅との出会いまでをシラベテミタ!

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赤井英和の知られざる青春時代

1959年、大阪市西成区に生まれた赤井英和は、後に「浪速のロッキー」として全国に名を轟かせるボクサーとなり、現在は俳優・タレントとして活躍している。しかし、そのキャリアの原点には、大阪の街を駆け抜けた血気盛んな青春時代があった。中学・高校時代の赤井英和の武勇伝は、地元西成では有名だった。

浪速高校時代の南海電車での風紀取り締まり伝説

赤井英和は大阪市立今宮中学校から浪速高等学校へと進学した。この浪速高校時代に数々の伝説が生まれている。

通学電車の座席でふんぞり返るヤンキーを見かけると「風紀が乱れとるなぁ」と足を蹴って回ったという、まことしやかな噂。これに関しては浪速高校のボクシング部の後輩だった元吉本の芸人・和泉修が当時のエピソードを語っている。

赤井英和は、電車の中で態度の悪い不良を見つけては声をかけ、時には実力行使に出ることもあったという。

亀田三兄弟の父親の兄弟との因縁の対決

赤井英和の伝説の中でも特に語り継がれているのが、亀田三兄弟の父親である亀田史郎の兄との対決エピソードだ。

当時不良であった亀田三兄弟(現代の亀田三兄弟の父親である、亀田史郎を含む三兄弟)が「高校に進学したら赤井を倒す」と吹聴しているのを聞きつけ、「学校をサボって亀田長兄の通う中学に乗り込み、どつきに行った。史郎君(亀田三兄弟の父親)はまだ小学生だった」と本人が回想している。

このエピソードは赤井英和の性格をよく表している。自分の悪評を聞きつけると、学校をサボってまで相手の学校に乗り込むという大胆さが分かる。

高校受験でトミーズ雅との遭遇

赤井英和の人生を語る上で欠かせないのが、トミーズ雅との関係。二人の最初の出会いは、まさに劇的なものだった。

最初の出会いは高校の受験会場で、お互いに血気盛んだった2人は、高校の受験会場で互いにガンを飛ばし合い、危うく一触即発の場面もあったという。

トミーズ雅は中学時代は学校の番長になれなかった。進学校の住吉高校であれば、番長になれると思っていたが、まさか受験会場に赤井英和がいたとは。

合格発表の時にトミーズ雅は「赤井英和が落ちていますように」と、祈っていたみたいです。

結局、赤井英和は浪速高校に、トミーズ雅は住吉高校に進学することになるが、この出会いが後の二人の深い友情の始まりとなった。

スパーリングでの圧倒的実力差――トミーズ雅を打ちのめした赤井英和

高校卒業後、二人とも同じ道を選ぶことになる。それがボクシングだった。赤井英和は浪速高校入学と同時にボクシング部で活躍し、3年生時にはライトウェルター級でインターハイに出場。アジアジュニアアマチュアボクシング選手権を優勝した実績を引っさげて、近畿大学に進学した。

一方、トミーズ雅も進光ボクシングジム所属のプロボクサーとなり、1979年西日本ミル級新人王、最高ランクは日本スーパーウェルター級1位まで昇り詰めた。

トミーズ雅と赤井英和は、ボクサー時代に試合をしたことはありませんが、スパーリングをしたことがあります。

そして、このスパーリングで両者の実力差が明確になったのである。

体重は赤井英和のほうが軽いのですが、トミーズ雅は、彼のジャブを「棍棒で鼻を突かれているような衝撃」と表現しています。体重差がありながら、赤井英和のジャブはトミーズ雅を圧倒した。ジャブ――ボクシングの基本中の基本のパンチでありながら、その威力は「棍棒」に例えられるほどだった。

スパーリング中、トミーズ雅は赤井英和の強打をもらい、文字通り「ボコボコ」にされたという。赤井英和は、後にプロボクシングで当時の記録である12試合連続ノックアウトの日本記録を作り、「浪速のロッキー」として全国にその名を轟かせることになるが、その片鱗はすでにこの頃から見えていた。

喧嘩からボクシング、そして芸能界へ

赤井英和はただの「強い不良」では終わらなかった。浪速高校でボクシングと出会い、その才能を開花させた彼は、プロボクサーとして大成功を収める。そして、25歳で現役を引退した後は俳優に転身し、映画やドラマで多くの作品に出演している。

一方のトミーズ雅も、プロボクサーを引退後、吉本総合芸能学院の1期生となり、相方の健(トミーズ健)とコンビを組んで漫才師の道へ。二人は2001年から2016年まで放送されたABCテレビ『ごきげん!ブランニュ』で共演し、かつてのライバルから盟友へと関係を深めていった。

赤井英和という生き様

赤井英和の青春時代は、まさに伝説に満ちている。南海電車での風紀取り締まり、亀田家との因縁、トミーズ雅との出会いとスパーリングでの圧勝。

これらのエピソードは、単なる武勇伝を超えて、一人の男の生き様を物語っている。

喧嘩に明け暮れた少年時代、ボクシングで「浪速のロッキー」として輝いた青年時代、そして俳優・タレントとして多くの人々に愛される現在。

浪速のロッキー・赤井英和――ボクシングを引退して40年以上経過するが、その名は、これからも語り継がれていく。

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