退職代行ブームの裏で生まれた新サービス
退職代行サービス「モームリ」が社会現象となる中、2025年8月、まったく新しいコンセプトのサービスが登場しました。その名も『イテクレヤ』――関西弁のような響きを持つこのサービスは、広告会社の株式会社おくりバント(本社:東京都新宿区、代表取締役社長:西久保剛)が提供する退職引き止めサービスです。
『イテクレヤ』の由来は、三木道山の代表曲『Lifetime Respect』の有名なフレーズからヒントを得たそうです。楽曲の歌詞「一生一緒にいてくれや」を連想させるネーミングとして、SNSで大きな話題となりました。しかし、このサービスは単なるネーミングの面白さだけではありません。退職者が続出する企業に対して、組織の根本的な課題解決を支援する画期的なアプローチとして、多くのメディアで注目を集めています。
退職引き止めサービスのニーズはあるのか?
退職代行利用の急増が物語る企業の課題
まず、退職引き止めサービスのニーズを理解するには、退職代行の普及状況を見る必要があります。マイナビの調査によれば、2024年上半期に退職代行サービスを利用して退職した人がいた企業は23.2%に達しています。これは約4社に1社という高い割合です。
さらに、退職代行市場は急速に拡大しており、2025年には60億円規模に達すると予測されています。特に20代の認知度は83%と非常に高く、若年層を中心に「退職を伝えられない」というニーズが確実に存在することがわかります。
企業が直面する深刻な問題
退職代行の普及は、企業側にとって新たな課題を生み出しました。東京商工リサーチの調査では、大企業の15.7%、中小企業の8.3%が退職代行業者からの連絡を経験しています。
企業が抱える問題は以下の通りです:
- 突然の人材流出による業務への影響
- 表面的な退職理由しかわからず、根本原因が不明
- 離職の連鎖が起こり、組織の士気が低下
- 採用・育成コストが無駄になる
こうした背景から、「なぜ社員が辞めたいのか」「どうすれば職場環境を改善できるのか」というニーズが企業側に生まれています。イテクレヤは、まさにこのギャップを埋めるサービスとして誕生しました。
『イテクレヤ』の仕組みと特徴
6段階のサービスフロー
イテクレヤのサービスは、以下の6つのステップで提供されます:
1. 経営層ヒアリング 経営者や人事責任者との初回面談で、現在の組織状況や離職の傾向を聞き取ります。
2. 社員匿名ヒアリング 退職希望者を含む複数の社員に対し、匿名でインタビューを実施。職場環境、人間関係、業務内容への不満を丁寧に聞き出します。匿名性を担保することで、社員の率直な本音を引き出すことができます。
3. 経営層へのフィードバック 収集した社員の声を整理し、プライバシーに配慮した形で経営層へ報告します。
4. 改善策の提案 ヒアリング結果をもとに、退職要因を解消するための制度設計や仕組みづくりの改善案を提示。必要に応じて「イテクレヤ・ホットライン」という匿名相談窓口の設置も支援します。
5. 改善策の実施支援 提示した改善策の運用設計まで支援し、改善策が形骸化しないようフォローします。
6. 社員へのフィードバック 経営者から社員へヒアリング内容への理解と感謝、改善策を説明する場を設けます。イテクレヤの担当者も同席し、双方にとって前向きな対話をサポートします。
「引き止め」ではなく「課題解決」
重要なのは、イテクレヤが¥「退職希望者を無理に引き止めることを目的としていない」と明言している点です。
あくまで組織課題の発見と改善支援にフォーカスしたポジティブな退職対策サービスとして位置づけられています。
法律で認められた「退職の自由」とどう両立するのか?
憲法と労働基準法が保障する退職の権利
日本の法律では、労働者の退職の自由が明確に認められています:
- 憲法第22条:職業選択の自由
- 民法第627条:期間の定めのない雇用契約は、2週間前の通知で退職可能
- 労働基準法:強制労働の禁止
これらの法律により、労働者は基本的にいつでも退職する権利を持っています。では、イテクレヤはどのようにこの「退職の自由」と両立しているのでしょうか。
イテクレヤのアプローチ:強制ではなく「納得」
イテクレヤの手法は、法律的にも倫理的にも問題のないアプローチを採用しています:
1. 退職の自由を侵害しない 退職希望者の意思を尊重し、無理な引き止めは行いません。退職を止めることではなく、退職に至った原因を理解することを目的としています。
2. 第三者としての中立的な立場 企業と社員の間に立ち、双方の本音を引き出す「仲介役」として機能します。PR会社としての経験を活かし、見えづらい組織の問題を可視化します。
3. 組織環境の改善が主目的 個別の退職を止めるのではなく、「今後の離職を防ぐための環境整備」を支援します。これにより、結果的に退職を思いとどまる社員が出る可能性があるという仕組みです。
4. 匿名性の担保 社員が報復を恐れずに本音を話せる環境を作ることで、真の課題が明らかになります。
先行導入した株式会社JAMの社員からは「今まで不明瞭だった昇給ルールが明確になった」「声を真摯に受け止めてくれた」といったポジティブな反応が報告されており、強制的な引き止めではなく、対話を通じた関係修復が行われていることがわかります。
株式会社おくりバントの企業情報
イテクレヤを運営する株式会社おくりバントは、2014年に設立されたPR会社で、アドウェイズグループの一員です。代表取締役は西久保剛氏。
同社は広告企画、広報戦略、映像制作、デザインなど、企業の外向けのブランディングに強みを持つ会社でした。しかし近年、クライアントから「人が定着しない」「職場の雰囲気が悪い」といった組織の内側に関する相談が増え、これが契機となってイテクレヤが誕生しました。
PR会社としての強みは、組織の物語を読み解き、構造化し、適切な形で発信する技術です。この技術を企業の内側に応用することで、職場に潜む沈黙や歪みを言葉として救い上げることができる――これがイテクレヤのユニークな価値提案です。
社員数や具体的な売上高などの詳細な企業情報は公開されていませんが、アドウェイズグループの一員として安定した経営基盤を持つ中堅企業です。
どれくらいの市場規模とニーズがあるのか?
退職代行市場から見る潜在ニーズ
イテクレヤのような退職引き止めサービスは新しいコンセプトのため、明確な市場規模データはまだ存在しません。しかし、退職代行市場の規模から逆算すると、そのニーズの大きさが見えてきます。
退職代行市場は2025年に約60億円規模と予測されており、業界最大手の「モームリ」は市場シェアの約7割を占め、年商約4億円と試算されています。仮に退職代行を利用した企業の10%がイテクレヤのようなサービスに興味を持つとすれば、数億円規模の市場ポテンシャルがあると考えられます。
企業側の切実なニーズ
より重要なのは、企業側の定量的なニーズです:
- 約4社に1社が退職代行経験あり(23.2%)
- 特に金融・保険・コンサルティング業界では31.4%、IT・通信業界では29.8%と高率
- 営業職の退職代行利用率は25.9%と最も高い
これらのデータは、多くの企業が「社員が突然辞める」という問題に直面していることを示しています。採用・育成コストを考えれば、イテクレヤのサービスに数十万円〜数百万円を投資する価値は十分にあると判断する企業も多いでしょう。
イテクレヤの料金体系
イテクレヤの具体的な料金は公開されておらず、「アウトプットの内容や媒体に応じて個別相談」とされています。企業の規模や課題の深刻度によって柔軟に対応する料金体系を採用していると考えられます。
一般的な組織コンサルティングの相場から推測すると、数十万円から数百万円程度のレンジと思われますが、退職による損失(採用コスト、育成コスト、業務の停滞)を考えれば、投資対効果は高いといえます。
今後の展望:退職代行と引き止めの共存
退職代行と退職引き止めサービスは、一見すると対立するように見えますが、実は「働く人と企業のコミュニケーション不足」という同じ課題の表と裏の関係にあります。
退職代行は労働者の権利を守る重要なサービスですが、同時に企業側にとっては「なぜ辞めたのか」がわからないという問題を残します。イテクレヤのようなサービスは、このギャップを埋める存在として、今後ますます重要性を増すでしょう。
重要なのは、どちらのサービスも「人間らしい働き方」を実現するための手段であるという点です。退職代行は劣悪な環境から労働者を解放し、退職引き止めサービスは職場環境の改善を促進する――この両輪が機能することで、より健全な労働市場が形成されるのではないでしょうか。


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