高齢化する元暴力団員と生活保護の現状
近年、暴力団を離脱した高齢者の生活保護受給が増加している。警察庁のデータによれば、暴力団構成員の高齢化は年々進んでおり、60歳以上の割合は増加傾向にある。組織を離れた後、年金や貯蓄がなく、身寄りもない彼らの多くが最後のセーフティネットとして生活保護に頼らざるを得ない状況に直面している。
この現象に対して「反社会的組織に属していた者が税金で養われるのはおかしい」「自業自得なのになぜ支援するのか」という批判の声が上がっている。
確かに感情的には理解できる反応だが、この問題を単純な善悪の二元論で片付けてよいのだろうか。
「自業自得」論の感情的理解と制度的矛盾
元ヤクザへの生活保護支給に反対する人々の主張には、一定の論理性がある。暴力団は市民社会に恐怖と損害を与えてきた存在であり、その構成員として生きてきた選択は本人が行ったものだ。
若い頃に反社会的な道を選び、真っ当に働いて納税してこなかった人間が、高齢になって困窮したからといって税金による支援を求めるのは虫が良すぎるという感覚は、納税者として自然な反応かもしれない。
しかし、ここで考えなければならないのは、生活保護制度の根本的な目的である。日本国憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めている。この権利は過去の行いによって剥奪されるものではない。どのような経歴を持つ人間であっても、人間としての最低限の尊厳を保障するのが福祉制度の本質になる。
排除がもたらす社会的コスト
元ヤクザへの生活保護を否定した場合、何が起こるだろうか。生活の糧を失った高齢者は、再び犯罪に手を染める可能性がある。特殊詐欺の受け子や出し子として利用されたり、違法な仕事に関与したりするリスクが高まる。つまり、「自業自得だから支援しない」という選択は、かえって社会の治安を悪化させ、より大きな社会的コストを生む可能性がある。
また、生活保護を受けられない人々が路上生活者となれば、医療費の未払い、公共スペースの占拠、衛生問題など、別の形で社会的負担が発生する。感情的には受け入れがたくとも、最低限の生活保障を提供することが、長期的には社会全体の利益につながるという冷静な分析が必要。
更生と社会復帰という視点
暴力団離脱者の支援は、単なる福祉政策ではなく、組織犯罪対策の一環でもある。警察や自治体は「暴力団離脱支援」プログラムを推進しており、組織から抜けたい者に対して就労支援や生活支援を行っている。これは現役の暴力団員を減らし、新たな加入を防ぐための戦略的取り組み。
もし離脱後の生活に希望がなければ、誰も組織から抜けようとしない。「一度ヤクザになったら最後、死ぬまで社会から排除される」という状況は、かえって暴力団組織を強固にし、若者の新規加入を促進してしまう。
更生の機会を提供することは、未来の犯罪を減らすための投資でもあるのだ。
生活保護制度の公平性をどう考えるか
「真面目に働いてきた人が生活保護を受けられないのに、元ヤクザが受給するのは不公平だ」という指摘もある。しかし、これは問題の構造を誤解している。真面目に働いてきた人が生活保護を受けられないとすれば、それは別の問題であり、元ヤクザへの支給を止めることでは解決しない。
日本の生活保護捕捉率(受給資格がある人のうち実際に受給している人の割合)は推定で2割程度と言われており、先進国の中でも極めて低い。本来受給できるはずの人々が制度を利用していない現状こそが問題なのであり、元ヤクザへの支給を制限することで真面目な人々の状況が改善するわけではない。
道徳的判断と制度設計の分離
福祉制度において重要なのは、道徳的判断と制度設計を分離して考えることが必要。個人的に「この人は支援に値しない」と感じることと、制度として支援を提供することは別次元の問題である。
もし過去の行いによって福祉を受ける権利を制限するとなれば、どこまで遡るのか、どの程度の罪で権利を失うのか、誰が判断するのかという難しい問題が生じる。犯罪歴のある人は?借金を踏み倒した人は?家族を捨てた人は?
このような選別を始めれば、制度は複雑化し、恣意的な運用のリスクが高まる。
普遍的な人権保障という原則に立つからこそ、制度は公平に機能する。元ヤクザであろうとなかろうと、困窮している人間を最低限支援するという明確な基準があるからこそ、制度の濫用や差別を防げるのだ。
福祉は権利である
元ヤクザの生活保護受給問題は、感情的には受け入れがたい面もあるが、制度の本質と社会的効果を冷静に分析すれば、支援の必要性が見えてくる。
福祉は単なる善意ではなく、社会の安定と治安維持のための戦略的投資でもある。
「自業自得」という道徳的判断と、「最低限の生活保障」という制度的要請の間で、私たちは成熟した社会としてバランスを取る必要がある。すべての人間に最低限の尊厳を保障することが、結果的に社会全体の利益につながるという認識を共有することが、この問題の本質的な解決につながるだろう。


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