はじめに:地方自治体が動き出した介護人材確保の新たな試み
北海道東川町をはじめとする32の自治体が、介護人材不足という喫緊の課題に対し、インドネシア人留学生への年間370万円という大規模な経済支援を開始しました。この支援金は私たちの税金から拠出されるものであり、介護現場の人手不足解消への期待と同時に、多くの疑問や議論を呼んでいます。
年間370万円支援の内訳と背景
支援制度の具体的な内容
32自治体が実施するこの制度では、インドネシアから介護福祉士を目指す留学生に対し、学費、生活費、住居費などを含めた総額で年間約370万円の支援を行います。この金額は、日本人学生への一般的な奨学金と比較しても相当に手厚い内容です。
支援の主な目的は次の3点です:
1. 深刻化する介護人材不足の即戦力確保 ー 2025年には全国で約32万人の介護職員が不足すると推計されており、地方自治体では特に人材確保が困難な状況が続いています。
2. 地域経済の活性化 ー 若い外国人材の受け入れにより、過疎化が進む地域に新たな活力をもたらすことが期待されています。
3. 国際交流の促進 ー 多文化共生社会の実現に向けた取り組みとしての側面もあります。
なぜインドネシアなのか
インドネシアを対象国とした理由には、いくつかの合理的な背景があります。インドネシアは世界第4位の人口を持つ国であり、若年層が多く、日本への留学や就労に高い関心を示す人材が豊富です。また、EPA(経済連携協定)による受け入れ実績もあり、文化的な適応力の高さも評価されています。
さらに、インドネシアの介護教育機関との連携体制が既に構築されていることも、この国を選択した大きな要因となっています。
税金投入への賛否:国民の声と専門家の見解
賛成派の主張
支援制度を評価する声は、主に介護現場の切迫した状況を理解する立場から上がっています。
介護施設の運営者からは「日本人の応募がほとんどない現状で、外国人材への投資は必要不可欠」という意見が聞かれます。実際、地方の介護施設では求人を出しても応募者がゼロという状況も珍しくありません。年間370万円の投資によって、資格を持った介護職員が地域に定着すれば、長期的には地域医療・福祉体制の維持につながると考えられます。
また、経済的な観点からは、インドネシア人留学生が地域で消費活動を行うことで、地域経済への波及効果も期待できます。
反対派・懸念の声
一方で、税金の使途として適切なのかという疑問の声も少なくありません。
最も多く聞かれるのが「日本人の若者や既存の介護職員への支援が先ではないか」という指摘です。日本人の介護職希望者にも経済的な支援を拡充すべきではないか、あるいは既に働いている介護職員の待遇改善に税金を使うべきではないかという意見は、一定の説得力を持っています。
また、留学生が卒業後に他の地域や国へ流出してしまうリスクや、言語や文化の違いによるコミュニケーション上の課題を懸念する声もあります。
「外国人頼み」の介護人材確保は持続可能か
根本的な問題:なぜ日本人が介護職を選ばないのか
外国人材への依存を深める前に、なぜ日本人が介護職を選択しないのかという根本的な問題に目を向ける必要があります。
介護職が敬遠される主な理由として、以下の点が挙げられます:
給与水準の低さ ー 他産業と比較して平均給与が低く、重労働に見合った報酬が得られないという認識が広まっています。厚生労働省の調査によれば、介護職員の平均月給は全産業平均を大きく下回っています。
労働環境の厳しさ ー 夜勤や休日出勤が多く、身体的・精神的負担が大きいことが知られています。また、人手不足により一人当たりの業務負担が増加しているという悪循環も生じています。
社会的評価の低さ ー 専門職としての社会的評価が十分でなく、キャリアとしての魅力が感じられないという声もあります。
これらの構造的な問題を放置したまま外国人材に頼る戦略は、本質的な解決にはなりません。
外国人材依存のリスクと限界
外国人材への過度な依存には、いくつかのリスクが潜んでいます。
まず、国際情勢の変化によって人材供給が不安定になる可能性があります。送り出し国の経済発展や他国との人材獲得競争により、日本への流入が減少することも考えられます。
また、言語や文化の違いは、高齢者とのコミュニケーションにおいて障壁となる場合があります。特に認知症ケアなど、繊細なコミュニケーションが求められる場面では、母語でない言語での対応に限界があることも事実です。
さらに、外国人材が定着せず、育成投資が無駄になってしまうリスクも無視できません。
真の解決策:多角的なアプローチの必要性
日本人介護職員の待遇改善を最優先に
持続可能な介護人材確保のためには、まず日本人が介護職を魅力的なキャリアとして選択できる環境を整備することが不可欠です。
具体的には、処遇改善加算のさらなる拡充、キャリアパスの明確化、労働環境の改善(ICT導入による業務効率化、適切な人員配置)などが求められます。年間370万円を外国人留学生に支給する財源があるならば、同額を日本人の介護職希望者への奨学金や、現職者の給与アップに充てることも検討すべきでしょう。
外国人材受け入れと国内人材育成のバランス
外国人材の受け入れ自体を否定するのではなく、それを国内人材育成と並行して進めるバランスの取れたアプローチが重要です。
外国人介護職員は、多様性をもたらし、介護現場に新たな視点や活力を提供してくれる貴重な存在です。問題は、外国人材への「過度な依存」と「国内の構造的問題の放置」です。
地域コミュニティ全体での支え合いの仕組み
さらに、介護を専門職だけに任せるのではなく、地域コミュニティ全体で支え合う仕組みづくりも重要です。ボランティアや地域住民の参加を促進し、専門職の負担を軽減する取り組みも並行して進めるべきでしょう。
持続可能な介護人材確保に向けて
東川町など32自治体のインドネシア人留学生支援策は、深刻な介護人材不足に対する一つの現実的な対応として理解できます。しかし、年間370万円という税金を投じる以上、その効果と持続可能性については慎重な検証が必要です。
「外国人頼み」の人材確保戦略は、短期的な解決策としては有効かもしれませんが、長期的には日本の介護制度の脆弱性を露呈させる結果になりかねません。
真に求められているのは、日本人介護職員の待遇改善、外国人材との共生、地域コミュニティの力の活用という三つの柱を統合した、総合的かつ持続可能な介護人材確保戦略です。
私たち一人ひとりが、介護を「誰か他の人の問題」ではなく、「社会全体で支えるべき課題」として捉え直すことが、この問題解決の第一歩となるのではないでしょうか。



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