20年間隠蔽され続けた金融機関の暗部
2025年10月31日、金融庁はいわき信用組合に対し、異例とも言える業務停止命令を含む厳しい行政処分を発表しました。その理由は、総額約280億円に上る不正融資と、反社会的勢力への約10億円もの資金提供という、金融機関としてあるまじき行為でした。
1990年代から30年以上にわたって組織ぐるみで続けられた、日本の地域金融が抱える構造的な病巣が露呈した事案なのです。
不正融資の全体像―279億円が闇に消えた手口
特別調査委員会の報告書によれば、いわき信用組合が実行した不正融資の総額は約279億8400万円。このうち約254億円は組合に還流したものの、残りの約26億円が外部に流出しました。
不正の手口は主に3つに分類されます。
無断借名融資(約256億円) 最も悪質な手法がこれでした。顧客や職員の名義を無断で使い、架空の融資契約書を作成。本人が全く知らない間に数千万円から数億円の「借金」が発生していたのです。ある顧客は、信用組合から突然督促状が届いて初めて、自分名義で5億円もの融資が実行されていたことを知りました。
迂回融資(約22億円) 事業実態のないペーパーカンパニーを介して、特定の大口融資先に資金を流す手法です。通常の審査では融資できない相手に対し、形式上は別企業への融資として書類を整えていました。
水増し融資(約1.8億円) 本来の融資額に上乗せして融資を実行し、水増し分を役員が現金で受け取る手口です。この現金が反社会的勢力への支払いや、無断借名融資の利払いに充てられていました。
なぜ不正融資は始まったのか―恐怖が生んだ負の連鎖
不正の原点は1990年代初頭に遡ります。当時、いわき信用組合は右翼団体による街宣活動の標的となっていました。経営陣は街宣活動を止めるため、「解決料」名目で反社会的勢力に便宜を図ることを選択したのです。
これが致命的な判断ミスとなりました。
一度関係を持ってしまうと、反社会的勢力は次々と新たな要求を突きつけてきます。「過去の関係を暴露する」「メディアに公表する」といった脅しに屈した経営陣は、要求に応じ続けるしかありませんでした。
情報誌関係者からは「不正を暴く」と脅され、約1億5000万円を支払った事実も明らかになっています。弱みを握られた組織は、さらなる不正で問題を糊塗するという負の連鎖に陥っていったのです。
反社会的勢力への10億円―30年続いた闇の関係
特別調査委員会の調査により、使途不明とされていた約10億円のうち約9億5000万円が、反社会的勢力への支払いに充てられていたことが判明しました。
支払いは1992年頃から断続的に続き、2016年頃まで約20年間にわたって継続。前理事長の江尻次郎氏は、自身が理事長在任中に「合計10億円前後」を反社会的勢力に支払ったことを認めています。
さらに驚くべきことに、調査報告書からは役員が反社会的勢力と連れ立って海外旅行に行くなど、異常なほど親密な関係が築かれていたことも明らかになりました。
金融庁は「反社会的勢力からの度重なる不当な要求に対し、金融機関として毅然とした態度で関係を遮断するという社会的責任を果たすこともなく、更には不適切な関係を不正行為によって糊塗し隠蔽した」と厳しく指摘しています。
組織的隠蔽の実態―崩壊したガバナンス体制
今回の不正が30年も続いた背景には、組織全体のガバナンスの完全な崩壊がありました。
トップダウンの犯罪システム 不正の主導者は理事長や専務理事といった経営トップでした。「理事長の指示だから」「本部案件だから」という言葉で、あらゆる疑問や異論が封殺される組織風土が形成されていました。
現場では、江尻氏(理事長・会長)から全体方針が示され、専務理事クラスが具体的な差配を行い、実務担当者が書類を作成し、支店が形式的に融資を実行するという役割分担が確立していました。
機能不全の監視体制 本来、経営を監視すべき立場にある理事や監事も、その役割を全く果たしませんでした。それどころか、一部の役員は不正行為に加担したり黙認したりしていたのです。
証拠隠滅工作 無断借名融資の詳細データは、ネットワークに接続されていない「管理用PC」で厳重に管理されていました。第三者委員会の調査では、このPCがハンマーで破壊されたとの証言もあり、組織的な証拠隠滅が行われた可能性が指摘されています。
地域金融機関の使命を放棄した代償
いわき信用組合の営業エリアは福島県いわき市を中心とした地域です。地域金融機関の本来の使命は、地元の中小企業や個人事業主を支援し、地域経済の発展に貢献することにあります。
しかし、この組織は顧客の信頼を裏切り、その名義を無断で使用して不正融資を実行しました。審査を省略し、担保もないまま億単位の融資を実行するケースもありました。
ある事例では、営業エリア外である茨城県水戸市の不動産取得に3億円の融資を実行。購入対象物件の担保評価額はわずか約5400万円で、融資実行からわずか1年2ヶ月後には返済が滞る事態となっています。
金融庁の厳しい処分と今後の課題
金融庁は今回、新規顧客への融資業務を1ヶ月間停止するという異例の処分を下しました。さらに、役職員の虚偽答弁によって全容解明が妨げられている点を重く見て、刑事告発の検討を進めていると明らかにしています。
処分内容には以下が含まれます。
- 経営責任の明確化と責任追及
- 反社会的勢力との取引の即時遮断
- 全役職員への通常業務から離れた研修の実施
- 実効性のある管理態勢の確立
現理事長の金成茂氏は記者会見で「深くおわび申し上げます」と謝罪しましたが、信頼回復への道のりは険しいと言わざるを得ません。
他山の石とすべき教訓―組織の健全性を守るために
いわき信用組合の事件は、金融機関特有の問題に見えますが、実はあらゆる組織に共通する普遍的なリスクを内包しています。
権力集中の危険性 特定の個人に権力が集中し、その判断が「聖域」化することの危険性を示しています。どんな組織でも、トップの暴走を止める仕組みが必要です。
組織防衛の罠 短期的な評判リスクを恐れて問題を隠蔽することが、長期的にはより深刻な信頼失墜を招きます。早期の情報開示と問題解決こそが、組織を守る最善の方法なのです。
反社会的勢力との断絶 一度でも関係を持てば、永続的に搾取される構造が待っています。どんな状況でも、毅然とした態度で関係を遮断することが唯一の解決策です。
内部通報制度の重要性 今回の事件では、内部からの告発がきっかけとなって全容が明らかになりました。組織には、不正を発見した職員が安全に通報できる仕組みが不可欠です。
失われた信頼を取り戻せるか
いわき信用組合の不正融資問題は、金融機関としての社会的責任の放棄であり、地域社会への重大な裏切り行為です。約280億円という巨額の不正と、反社会的勢力への10億円の資金提供は、30年にわたる組織的な犯罪システムの結果でした。
この事件から学ぶべきことは、不正は必ず発覚するということ、そして一度失った信頼を取り戻すことがいかに困難かということです。
いわき信用組合が真に再生を果たすためには、経営陣の刷新、徹底した組織風土の改革、そして地域社会に対する誠実な対応が求められます。それは容易な道ではありませんが、地域金融の使命を取り戻すための必須の過程なのです。
この事件は、すべての組織に対する警鐘でもあります。健全な企業文化を作り上げ、実効性のあるガバナンス体制の構築、そして何よりも「正しいことを正しく行う」という基本原則の徹底。それらが欠けたとき、組織は容易に腐敗への道を歩み始めるのです。


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