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ケイト・ロータス|尼崎出身の美女格闘家が輝き続ける理由とRIZINへの道

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尼崎
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はじめに ― 美貌と強さを併せ持つ異色の格闘家

「格闘家なのにこんなに綺麗なの?」。ケイト・ロータスという名前を聞いて、多くの人がそう思うだろう。モデルのような美しい容姿とハードなファイトスタイルのギャップ。そんな彼女の背景には、兵庫県尼崎市で育まれた不屈の精神と、人生を変えた数々のターニングポイントがあった。

本名・大山恵音(おおやま けいと)。1998年3月16日生まれの27歳。RIZINアトム級で躍動する彼女の物語を、尼崎での原点から紐解いていく。

尼崎の道場で始まった格闘家への道

「兄を追いかけて空手を始めた」。ケイトが武道に触れたのは、わずか5歳のとき。2歳上の兄の影響で、伝統派空手・糸東流の世界に飛び込んだ。この選択が、のちの格闘家人生の礎となる。

尼崎の道場に通い始めた彼女は、異常なほどストイックな少女時代を送った。学校が終わればすぐに道場へ直行し、金曜から日曜にかけては先生の家に泊まり込んで朝から特訓。週7日間、空手漬けの毎日だった。

その努力は確実に結果となって現れる。小学4年生で西日本大会優勝。小学5年生と6年生では全国大会ベスト8という輝かしい成績を残した。組手ではなく「型」という繊細な技術を極めていたことも、彼女の身体能力の高さを物語っている。

阿部一二三との青春 ― 尼崎の格闘技エリート世代

ケイトの中学時代には、のちにパリ五輪で2連覇を達成する柔道家・阿部一二三がいた。同い年で、中学校も近かったという二人。試合で顔を合わせることもあり、兄が仲良くしていた縁で言葉を交わしたこともあるという。

「もうズバ抜けてましたね。顔もカッコいいのでモテてた。周りはもうキャーキャー言ってた」とケイトは当時を振り返る。尼崎という同じ土地で、それぞれの格闘技に打ち込んでいた10代。まだ将来の栄光を知る由もない青春時代の記憶だ。

ケイト自身も中学入学時には空手から柔道に転向し、わずか2年間で黒帯を取得。空手も柔道も黒帯という、二刀流の実力者となった。しかし、怪我で8ヶ月間休養を余儀なくされるという挫折も経験している。

青春の「反動」― 武道から離れた女子高生時代

中学3年生まで厳しい武道漬けの日々を送ったケイトに、ある変化が訪れる。「人並みに青春を謳歌する権利がある」。そう考えた彼女は、厳格な兄と母親の猛反対を押し切り、武道とは無縁の女子高生活を選んだ。

放課後はカラオケや買い物。恋愛も楽しみ、門限破りも日常茶飯事。それまでのストイックな日々の反動だったのかもしれない。しかし、この「普通の女子高生」としての時間が、のちに彼女の人間性に深みを与えることになる。

母の病が人生を変えた ― ボディビルから格闘技へ

高校卒業後、ケイトは地元神戸のスポーツクラブでインストラクターとして働き始めた。しかし、転機はすぐに訪れる。店舗閉鎖に伴い上京し、新たなスポーツクラブへ転職。そして22歳のとき、最大の転機が訪れた。

母親の病気だった。

「自分は真剣に打ち込むものがないとダメになる」。母の闘病を目の当たりにしたケイトは、遊びばかりの生活を見直そうと決意する。スポーツジムでの筋トレに本気で打ち込み始め、フィジーク、そしてボディビルの世界へ。

ボディビル大会では8位入賞という成績を残すが、そこで総合格闘技という新たな道と出会う。美しく鍛え上げられた肉体に、武道の経験が融合する瞬間だった。

プロデビューからRIZINへ ― 睡蓮が泥水から咲くように

2020年12月19日、DEEP JEWELS 31でプロデビュー。HOOST CUPスーパーライト級王者の熊谷麻理奈を相手に、1回腕ひしぎ十字固めで一本勝ちという鮮烈なスタートを切った。

リングネーム「ケイト・ロータス」は、本名の恵音(けいと)と、母親も好きだという蓮の花(lotus)を組み合わせたもの。左肩には蓮の花のタトゥーを彫っている。

「蓮って仏教では神聖なものとされているんですよ。花言葉は『清らかな心』。泥水の中でも綺麗に花を咲かせるという意味もあって、まさに自分にピッタリかなと」

周りからは甘やかされたお嬢様タイプに見られることもあるという彼女。しかし、本人は「泥臭く、もがき続けるタイプ」と自己分析する。がむしゃらに前へ進んでいくファイトスタイルも、その性格を反映している。

プロデビュー後は勝ったり負けたりを繰り返しながら、確実にスキルを磨いていった。2024年7月、ついにRIZINに初参戦。日本最高峰の舞台で、新たなステージへと駒を進めた。

2025年5月のRIZIN韓国大会ではシン・ユリに完勝してRIZIN初勝利。9月のDEEP JEWELSでは富松恵美に2回TKO勝ちするなど、3連勝と勢いに乗っている。

格闘家なのに綺麗な理由 ― ストイックさと女性らしさの両立

「格闘家なのに綺麗」と言われる理由は、遺伝的な美貌だけではない。ケイトの美しさの秘訣は、徹底したボディメイクと自己管理にある。

ボディビル出身という経歴が、その答えを物語っている。筋肉をつけながらも美しいラインを保つボディビルの技術。栄養管理、トレーニング、休養のバランス。これらを格闘技トレーニングと両立させることで、強さと美しさを同時に手に入れた。

趣味は筋トレ、映画鑑賞、そしてスイーツ巡り。特技は料理。ハードな格闘家でありながら、女性らしい一面も大切にしている。このバランス感覚こそが、彼女の魅力を際立たせている。

端正な顔立ちと「ケイト」という名前から、ハーフと勘違いされることも多いが、両親ともに日本人。純日本人として、国内外で日本の女子格闘家の可能性を示し続けている。

地元・神戸凱旋、そして未来へ

2024年11月3日、RIZIN LANDMARK 12で地元・神戸大会に出場したケイト。尼崎出身の美女ファイターとして、ジーライオンアリーナ神戸のリングに立った。

「出身地でやるからというプレッシャーはなくて、試合できるのが楽しみやなって感じですね」と関西弁で笑顔を見せる彼女。打撃や組みに適応できるバランス力、股関節や体の使い方を日々進化させ、「パンチ力がめっちゃ上がっている」と自信を覗かせる。

5歳で空手を始めた尼崎の道場から、RIZINの大舞台へ。母の病という試練を乗り越え、遊んだ青春時代も糧にして、泥水の中から咲く蓮のように、ケイト・ロータスは輝き続けている。

阿部一二三が柔道でパリ五輪2連覇を達成したように、ケイトもまた総合格闘技の世界で頂点を目指す。尼崎という同じ土地で育った二人の格闘家が、それぞれの道で世界に挑戦する姿は、まさに現代のスポーツドラマだ。

「不器用な人間なので、がむしゃらに前へ進んでいくしかない」。その言葉通り、ケイト・ロータスの挑戦は、これからも続いていく。

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