大阪が生んだ”浪速の暴れ馬”アンディ南野とは?
1979年2月10日、大阪・大東市出身のアンディ南野(本名:南野隆司)は、「伝説の喧嘩師」として知られている。身長172cm、体重80kgの体格でありながら、暴走族狩りや1対50の大乱闘などの武勇伝は数知れず。
Breaking Down16に出場した「”伝説の喧嘩師”アンディ南野」についてシラベテミタ!
アンディ南野の壮絶な生い立ちと青春時代
喧嘩に明け暮れた学生時代
アンディ南野の人生は、幼い頃から戦いに満ちたものでした。幼少の頃から喧嘩で世界一を目指し、中学から高校まで喧嘩の日々を送るという壮絶な青春を過ごしました。その激しさは学業にも影響し、高校卒業に6年を要すほどでした。
しかし、この期間中も彼の格闘技への情熱は途切れることはありませんでした。高校生の時、ラグビー部で筋トレをし、柔道にも取り組み、着実に戦闘能力を高めていきました。
地元での伝説的エピソード
大東市での彼の存在感は絶大で、地元の大東市では、アンディ南野さんを見ると不良たちが逃げ出すほどの評判があったそうです。彼の威圧感と実力は、地元の不良たちにとって恐怖の対象となっていました。
ストリートファイト無敗伝説の数々
1対50の大乱闘
アンディ南野の最も語り草となっているエピソードの一つが、1対50の大乱闘です。この圧倒的な数的不利な状況でも勝利を収めたという伝説は、彼の精神力の強さを物語っています。
暴走族狩りの武勇伝
また、暴走族狩りという危険なこともしており、これらの経験が後の地下格闘技において圧倒的な強さの基盤となったと考えられている。
地下格闘技での戦績
地下格闘技「喧王」での王者獲得
アンディ南野の地下格闘技のキャリアでは「喧王」で2度の優勝。この地下格闘技「喧王」での実力は、彼が単なる喧嘩自慢ではないことを証明している。
ブレイキングダウンでの衝撃デビュー
ブレイキングダウン初出場で4秒KO負け
2025年7月13日、『BreakingDown16』(大阪・おおきにアリーナ舞洲)に初参戦を果たしたアンディ南野。地元大阪での開催ということもあり、「伝説の喧嘩師」がどんな戦いをするのか大きな注目が集まりましたが、まさかの開始4秒KO負けを喫し、地元大阪のファンが呆然となる事態となった。
ブレイキングダウン17に参戦
ブレイキングダウン17では「北九州最狂の喧嘩」の松井健との試合が組まれています。二人には因縁があり、アンディ南野が。「ルールはキックルールじゃなくて、何でもありでさせてもらえないかなと」と切り出し、「踏みつけ、目潰し、肘…ファウルカップもいらん」と提案しMMA特別ルールで行われることになった。
4秒でKO負けした屈辱を晴らそうとするアンディ南野の意地とプライドをかけた試合になりそうです。
アンディ南野の活動
警護・パトロール業務
アンディ南野は、2019年の選挙では腕っぷしを買われて故安倍晋三元首相の警護を務めたという経歴を持ち、毎週木曜、金曜には天満警察署と大阪市の要請で、北新地のパトロールを行い、違反者を摘発しているなど、社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
格闘技ジム経営
また、事業家としての顔も持ち、エンセン井上プロデュースのジム「PUREBRED大阪」を、創設者太田隆司より継承し、格闘技ジム「T.B.NATION」を設立。次世代の格闘家育成にも力を注いでいます。
メディア・エンターテイメント分野での活躍
格闘技イベントでの活動も続けており、「俺に勝ったら300万円」と即席の挑戦者を募ったというエピソードのように、エンターテイメント性の高いマッチメイクでファンを楽しませています。


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