2026年8月28日、退職代行サービス「モームリ」の運営会社「アルバトロス」(横浜市)の前社長・谷本慎二被告に対し、東京地方裁判所は懲役2年・執行猶予3年の判決を言い渡した。求刑通りの内容だ。本記事では、谷本慎二被告が何をしたのか、なぜ「紹介料」の受け取りが弁護士法違反になるのかを、事件の経緯とあわせてわかりやすく整理する。
1. 谷本慎二被告に懲役2年・執行猶予3年の判決
東京地裁(林欣寛裁判長)は8月28日、弁護士法違反罪などに問われていた谷本慎二被告(37)に対し、検察側の求刑通り懲役2年、執行猶予3年の判決を言い渡した。谷本被告は5月26日の初公判で起訴内容を認めており、6月5日の論告求刑公判で結審していた。
なお、今回の判決で問われたのは、あくまで「紹介料」の受け取り方をめぐる弁護士法違反であり、退職代行サービスというビジネスモデルそのものが違法と判断されたわけではない点には注意が必要だ。退職の意思を本人に代わって伝えるだけの業務は、モームリに限らず多くの退職代行会社が今も適法に提供している。
2. 谷本慎二被告は何をした?
では、谷本慎二被告は具体的に何をしたのか。問題となったのは、退職代行サービスの範囲を超えた「法律事務」の扱い方だ。
退職代行の利用者の中には、未払い残業代の請求や、会社側との退職条件の交渉など、弁護士でなければ対応できない案件を希望する人がいる。モームリの運営会社は、そうした案件を受けられない場合、提携している弁護士にメールで案件を回していた。ここまでであれば、単なる「弁護士の紹介」として一般的にも珍しくない行為に見える。
問題は、その紹介の見返りとして、モームリ側が弁護士から金銭を受け取っていたことだ。弁護士法は、資格のない者が有償で法律事務をあっせんする「非弁護士との提携」や「事件の周旋」を禁じている。谷本被告らの行為は、この規定に違反すると判断された。
3. 「モームリ」は弁護士からいくら受け取っていた?
検察側の指摘によれば、モームリの運営会社は利用者1人あたり約1万6500円の紹介料を弁護士側から受け取っていたとされる。2023年から2025年ごろにかけて、無資格のまま計174人分の法律事務を弁護士2人に有償であっせんしたとして起訴されており、単純計算でも合計280万円を超える金額になる。
さらに問題を複雑にしたのが、この紹介料が「紹介料」という名目では処理されていなかった点だ。検察側は、労働組合への賛助金や、アフィリエイト広告に関する業務委託料といった別の名目で処理されていたと指摘している。実態を隠すような処理がなされていたことは、量刑判断においても不利な事情として扱われた。
4. なぜ「紹介料」が弁護士法違反になるのか
一般的な商取引の世界では、顧客を紹介した見返りに紹介料を受け取ること自体は珍しくない。不動産業や保険業などでは、紹介料や仲介手数料は当たり前のビジネス慣行だ。
しかし弁護士業務については、事情が異なる。弁護士法は、弁護士が仕事を得るために非弁護士へ対価を支払うことを厳しく制限している。これは、金銭の授受を通じて事件が「あっせん」される仕組みが広がると、弁護士が依頼者の利益よりも紹介者への支払いを優先しかねず、弁護士の独立性や公正さが損なわれる恐れがあるためだ。また、非弁護士が実質的に法律事務を仲介する状態が野放しになれば、資格制度に基づく利用者保護の仕組みそのものが形骸化してしまう。
「紹介料」という言葉だけを見れば些細な話に思えるかもしれないが、弁護士という資格業務の信頼性を支える根幹に関わる問題として扱われている、という点が今回の事件の本質だ。
5. 妻・志織被告と法人「アルバトロス」への判決
今回の事件では、谷本慎二被告だけでなく、妻で同社の執行役員だった志織被告(32)、そして法人としての運営会社「アルバトロス」も同時に罪に問われた。
8月28日の判決で、志織被告には懲役1年6カ月・執行猶予3年(求刑通り)が言い渡され、法人としてのアルバトロスには求刑通り罰金200万円が科された。3者とも初公判で起訴内容を認めており、事件の実態や経緯についても大きな争いはなかった。
判決を言い渡した林欣寛裁判長は、あっせんの対象となった依頼者が計174人にのぼったことを踏まえ、弁護士制度の公正な運営に影響しかねない大規模かつ職業的な犯行だったと指摘した。そのうえで、リスクを認識しながら売り上げを伸ばすために紹介料を受け取り続けた点について、利益を優先するあまり法令順守を軽視したものだと非難した。
6. 提携していた弁護士側にも有罪判決
この事件で見落とされがちなのが、モームリ側から紹介を受けていた弁護士側にも刑事責任が及んでいる点だ。
モームリと提携していた弁護士法人「オーシャン」の代表弁護士・梶田潤被告(45)に対しては、一足先の6月5日、東京地裁が懲役1年6カ月・執行猶予3年の判決を言い渡した。法人にも求刑通り罰金150万円が科されている。担当裁判官は、報酬を別名目に仮装する提案をするなど主体的に関与したとして、「弁護士としての使命をはき違えた」と厳しく指摘した。
もう一人の提携先である弁護士法人「みやび」代表の佐藤秀樹被告(49)についても弁護士法違反罪などで起訴されており、こちらは判決が10月7日に予定されている。モームリ単独の問題ではなく、業界の慣行や弁護士側のコンプライアンス意識も同時に問われた事件だったといえる。
7. なぜ執行猶予がついたのか
懲役2年という数字だけを見ると重い刑罰に思えるかもしれないが、執行猶予3年がついているため、直ちに刑務所に収容されるわけではない。執行猶予期間中に新たな罪を犯さなければ、刑が実際に執行されることはない。
執行猶予が付いた背景には、いくつかの事情がある。谷本被告と志織被告がいずれも初公判で起訴内容をすべて認め、反省の意を示していたこと、弁護側が収益を全額返還したと説明していたこと、そして依頼者に直接的な金銭的損害を与える悪質な事案ではなかったことなどが、量刑判断に影響したとみられる。実際、先に判決が出た提携弁護士のケースでも、日弁連への贖罪寄付や誠実な弁護士活動の実績が考慮され、執行猶予付きの判決となっている。
8. 「退職代行モームリ」は今後どうなるのか
なお、退職代行サービス「モームリ」自体は、経営体制を変更したうえで2026年4月23日に営業を再開している。判決当日、運営会社アルバトロスは公式にコメントを発表し、今回の判決はあくまで紹介料の受領に関するものであり、モームリのサービス自体に対する司法判断ではないとしたうえで、新経営体制のもとで弁護士によるリーガルチェックの徹底や内部管理体制の強化を進める考えを示した。今回の判決によって、退職代行業界全体に対する信頼が揺らいだことは否めないが、退職代行サービスそのものが違法と判断されたわけではない点は改めて強調しておきたい。
一方で、退職代行会社が「弁護士でなければできない交渉」まで踏み込んで請け負おうとする場合には注意が必要だ。利用者としては、退職代行会社が弁護士資格を持っているか、あるいは弁護士と適切な形で連携しているか、紹介料のような不透明な金銭のやり取りが行われていないかを確認することが、トラブルを避けるうえで重要になる。
まとめ
今回の事件は、「退職代行モームリが違法だった」という単純な話ではない。退職代行会社が弁護士にしかできない法律事務を有償であっせんし、その対価として紹介料を受け取っていた仕組みそのものが、弁護士法違反として刑事事件に発展したというのが正しい理解だ。
谷本慎二被告への懲役2年・執行猶予3年という判決は、退職代行という新しいビジネス領域と、弁護士資格制度という既存の枠組みとの間に生じた摩擦を象徴する事例といえる。今後、退職代行業界全体で、弁護士との適切な役割分担や透明性のある運営体制づくりが一層求められていくだろう。





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