「泉房穂」という名前は、兵庫県明石市の市長として全国的に知られるようになりました。2011年から2023年まで12年間市長を務め、「子どもにお金をかける」という一貫した方針で注目を集めた人物です。明石市は現在も子育て支援を市政の大きな柱としていますが、「本当に明石市は変わったのか?」を、実績と課題の両面から振り返ります。
1. 泉房穂とは何者か
東京大学卒業後、NHKディレクターを経て弁護士となり、その後衆議院議員を1期務めました。2011年に明石市長選挙に初当選し、以降12年間、子ども中心のまちづくりを掲げて市政運営にあたりました。強い言葉で政治を語るスタイルでも知られ、政策面での評価と、発言をめぐる批判という両方の側面を持つ政治家です。
なお、市長退任後の泉氏は評論家やコメンテーターとして活動したのち、2025年7月の参議院議員選挙に兵庫選挙区から無所属で出馬して当選し、現在は参議院議員を務めています。
2. 泉房穂が明石市で実現した「5つの無料化」
泉市政を象徴する政策が「5つの無料化」です。いずれも所得制限を設けず、市内に住むすべての子どもが対象となりました。
- 18歳までの医療費無料(通院・入院とも対象)
- 第2子以降の保育料無料(関西で初めての取り組み)
- 中学校の給食費無料
- 公共施設(親子交流スペースや天文科学館など)の入場料無料
- 0歳児への「おむつ定期便」(見守り訪問を兼ねた育児用品の配達)
これらは単なる経済支援にとどまらず、おむつ定期便のように「孤立しがちな乳児家庭を訪問で見守る」仕組みを組み込んでいる点が特徴です。
3. なぜ「所得制限なし」にこだわったのか
泉氏は、子ども自身には所得がないという考え方から、親の所得によって支援対象を区別することに疑問を投げかけていました。所得制限を設けないことで、申請や審査の手続きが簡素になり、中間所得層も対象に含まれるというメリットがあります。
一方で、高所得世帯にまで税金を使うことへの疑問や、限られた財源をどう配分するのが公平かという批判も存在します。政策を無条件に礼賛するのではなく、こうした異論があることも押さえておく必要があります。
4. 明石市の人口は本当に増えたのか
明石市は10年連続の人口増加を実現し、2020年の国勢調査では人口増加率が全国の中核市の中で1位となりました。0〜4歳や25〜39歳の層の転入が多いことから、子育て世帯の流入が背景にあるとみられています。
ただし、人口増加を子育て政策だけで説明するのは早計です。神戸・大阪へのアクセスの良さ、住宅地としての利便性、比較的手頃な地価など、複数の要因が重なった結果と見るのが妥当でしょう。政策はその中の重要な一因ではあっても、唯一の要因ではありません。
5. 子育て支援だけではない政策の広がり
明石市の政策は子育て支援に限りません。高齢者や障害者への支援、ひとり親家庭への支援、離婚後の養育費確保に向けた取り組みなど、「誰も取り残さない」ことを目指した施策が幅広く展開されました。「泉房穂=子育て支援」というイメージだけで語るのは、政策全体の一面しか捉えていないことになります。
6. 財源はどうしていたのか
無料化政策には当然コストがかかります。泉市政では、他の歳出の見直しや優先順位の入れ替えによって子ども関連予算を確保したとされ、報道によると子ども関連予算は在任中に約125億円から約297億円へと倍増しました。一方で在任中には税収増も実現しています。ただし、無料化にかかる費用と市の財政状況の関係は、公式の予算・決算資料をもとに継続的に検証していく必要がある論点です。
7. なぜこれほど支持されたのか、そして批判も
医療費や給食費、保育料といった無料化は、市民にとって効果が生活の中で直接実感しやすい政策でした。この「結果の見えやすさ」が支持につながった一方で、泉氏の強い言動は繰り返し問題になりました。2019年には職員への暴言が発覚して辞職しましたが、その後の出直し選挙で圧勝し4選を果たしています。政策は評価しつつ、言動には批判が向けられるという、複雑な評価が併存していたのが実情です。
8. 泉房穂が去った後の明石市
泉氏は2023年4月の任期満了をもって市長を退任しましたが、そこに至る経緯は単純な勇退ではありません。2022年10月、市議への暴言をめぐる問責決議が市議会で可決されたことを受け、泉氏はその場で引責の形で次期市長選への不出馬・政治家引退を表明しました。この表明どおり、2023年4月末の任期満了をもって退任し、後継指名を受けた元市議の丸谷聡子氏が同年5月に市長に就任しています。丸谷市政は「子どもを核としたまちづくり」という路線を継承すると表明しており、5つの無料化を含む子育て支援策は現在も明石市の主要施策として維持されています。市の公式サイトでも、所得制限なしの子育て支援策として現在まで継続的に案内されています。
9. 「明石モデル」は全国に広がるのか
明石市の取り組みは「明石モデル」として他の自治体からも注目され、東京都や福岡市など、所得制限なしの子育て支援に踏み出す自治体も現れました。ただし、明石市は財政規模や地理的条件など固有の背景を持つ自治体であり、同じ手法がそのまま大都市や財政力の弱い地方自治体にも通用するとは限りません。国の少子化対策との違いを含め、制度設計をどう地域ごとに調整するかが今後の課題です。
まとめ:明石市の12年間から見えること
泉房穂氏が明石市長として進めた政策により、子育て支援の充実、行政サービスの拡充、そして明石市の知名度向上という変化が生まれたことは確かです。人口増加や税収増といった数字にも、その効果の一端が表れています。
一方で、こうした成果を泉氏個人の功績だけに帰するのは単純化しすぎです。人口増加には地理的条件や住宅事情など複数の要因が絡んでおり、財政の持続可能性や政策の継続性という課題も残されています。「明石市の奇跡」は、一人のリーダーの決断力と、複数の社会的条件が重なって生まれた結果と捉えるのが、より実態に近い見方だといえるでしょう。



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