「国民的美少女」というキャッチコピーで知られる上戸彩さん。実は彼女は「全日本国民的美少女コンテスト」のグランプリ受賞者ではありません。しかも、受賞に至るまでには意外な裏話もありました。本記事では、コンテスト出場から芸能界デビューまでの流れを、事実関係を確認しながら時系列で紹介します。
上戸彩は国民的美少女コンテストで何の賞を受賞した?
第7回全日本国民的美少女コンテストに出場
上戸彩さんが出場したのは、1997年8月に開催された「第7回全日本国民的美少女コンテスト」です。1985年9月14日生まれの上戸さんは、当時まだ満11歳、小学6年生でした。
応募のきっかけは本人の希望ではなく、母親によるものでした。友人がドラマのエキストラに出演したことを羨ましがっていた上戸さんの様子を見た母親が、ポストに入っていた応募チラシに、本人に内緒で応募したというエピソードが伝えられています。上戸さん自身、当時は「テレビに一瞬映れたら」という軽い気持ちで、コンテストで将来の夢を聞かれた際にも「CMに出たい」と答えていたそうです。
グランプリではなく「審査員特別賞」、しかも受賞の経緯には裏話が
上戸彩さんが受賞したのはグランプリではなく「審査員特別賞」です。第7回大会のグランプリは須藤温子さんが受賞しており、上戸さんはそれに次ぐ形で審査員特別賞を受けました。
さらに興味深いのは受賞に至った経緯です。当時審査員を務めていた中森明夫氏の証言によると、上戸さんは本来の審査ではどの賞にも選ばれていなかったとされています。しかし中森氏と当時のオスカープロモーション社長・古賀誠一氏の推薦によって、急遽受賞が決まったといいます。審査員特別賞の受賞者が予定外に2名になったことで、表彰式では上戸さんの分の表彰状やタスキが用意されていなかったというエピソードも残っています。「グランプリではない」どころか、受賞そのものが土壇場で決まったという、まさに「実は」の展開があったのです。
同コンテストにはグランプリのほか、審査員特別賞・演技部門賞・音楽部門賞・モデル部門賞といった部門賞が用意されており、毎回複数名が何らかの賞を受賞する仕組みになっています。
同じ大会から後にスターになった人物は?
第7回大会では、上戸さん以外にも後に活躍する人物が輩出されています。演技部門賞を受賞した橋本マナミさんは、その後グラビアやドラマで活動の幅を広げました。
コンテスト全体の歴史を見ても、第1回グランプリの藤谷美紀さん、第6回審査員特別賞の米倉涼子さん(同回グランプリは佐藤藍子さん)など、必ずしもグランプリ受賞者だけがスターになるわけではないことが分かります。武井咲さん、忽那汐里さん、剛力彩芽さん、福田沙紀さんら人気タレントも同コンテスト出身で、芸能界への登竜門的な存在となってきました。
上戸彩はなぜ国民的美少女コンテストを受けた?
芸能界への強い憧れがあった?
小学生当時の上戸さんに、芸能界入りへの強い憧れがあったという記録は見当たりません。前述の通り、コンテストで語った夢は「CMに出たい」というささやかなもので、将来は保育士になりたいという夢も後年語っています。応募のきっかけは友人への羨望をふと口にしたことであり、本人が芸能界を目指して行動したわけではありませんでした。
母親の勧めがきっかけだった
上戸さんの芸能界入りは、母親の行動が直接のきっかけになりました。友人の話を聞いた母親が、本人の知らないところでコンテストに応募したというエピソードは、本人や家族が出演した番組でも語られています。母子家庭で育った上戸さんにとって、母親は芸能活動が始まってからも台本のセリフ覚えを手伝うなど、長く支え役であり続けた存在です。
芸能界入りした上戸彩に何が起きた?
コンテスト受賞後、オスカープロモーションへ
審査員特別賞の受賞をきっかけに、上戸さんはオスカープロモーションに所属します。ただし、すぐに華々しい活動が始まったわけではありません。コンテスト出場から約1年半後の1999年1月、アイドルグループ「Z-1」の一員として活動を開始しました。このとき上戸さんは13歳。学業と並行しながら、都内のライブハウスなどでじっくりとキャリアを積んでいきました。
女優として注目されるようになる
Z-1としての活動と並行し、2000年10月から放送されたドラマ「涙をふいて」で女優デビューを果たします。このとき上戸さんはすでに15歳になっていました。そして2001年10月放送の「3年B組金八先生」第6シリーズで、性同一性障害を抱える生徒・鶴本直役を演じたことが大きな転機になります。難しいテーマの役を10代で演じきったことで一躍脚光を浴び、「美少女」というイメージから実力派女優へと評価が広がっていきました。
「14歳で芸能界入り」の正確なところ
コンテストで審査員特別賞を受けたのは11歳、Z-1でデビューしたのは13歳、女優としてデビューしたのは15歳と、上戸さんの芸能界入りは一つの年齢に絞れるものではなく、段階を踏んで進んでいきました。「14歳」という数字は、ちょうどZ-1として活動していた時期の年齢にあたります。厳密に「芸能界入りのきっかけ」を指すなら1997年のコンテスト出場(11歳)、本格的な芸能活動の開始なら1999年のZ-1加入(13歳)というのが、より正確な言い方になりそうです。
上戸彩は「グランプリじゃない」のになぜ大成功した?
コンテストの賞より、その後の活動が重要だった
上戸彩さんの歩みが示すのは、グランプリを受賞したかどうかよりも、その後どのように努力を積み重ねたかが重要だということです。しかも当初は選ばれてすらいなかった審査員特別賞から、多くの人に知られる女優へと成長した事実は、コンテストの結果がすべてではないことを物語っています。
女優・歌手として活動の幅を広げる
上戸さんはその後、2003年公開の初主演映画「あずみ」で第27回日本アカデミー賞の優秀主演女優賞と新人俳優賞を受賞。さらに2023年公開の「シャイロックの子供たち」でも第47回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞しており、キャリアの初期と近年の両方で映画賞を獲得しています。「半沢直樹」「昼顔」などのドラマ、ソロ歌手としての音楽活動、CM出演やバラエティー番組出演など、活動の幅を広げ続けてきました。
「国民的美少女」から「国民的女優」へ
小学6年生の頃に審査員特別賞を受けた少女は、20年以上をかけて誰もが知る女優へと成長しました。結婚・出産を経た現在も第一線で活動を続けている点は、コンテスト時代からの評価が一時的なものではなかったことを裏付けています。
上戸彩の国民的美少女コンテスト受賞歴まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出場大会 | 第7回全日本国民的美少女コンテスト(1997年8月) |
| 当時の年齢 | 満11歳(小学6年生) |
| 受賞 | 審査員特別賞(当初選考外から審査員の推薦で急遽決定) |
| グランプリ | 須藤温子さん |
| 所属事務所 | オスカープロモーション |
| その後 | 1999年Z-1加入(13歳)、2000年女優デビュー(15歳) |
| 主な受賞歴 | 日本アカデミー賞(『あずみ』優秀主演女優賞・新人俳優賞、『シャイロックの子供たち』優秀助演女優賞) |
| 現在 | 女優・タレントとして活動中 |
まとめ|上戸彩はグランプリではなく「審査員特別賞」からスターになった
上戸彩さんは、全日本国民的美少女コンテストのグランプリではなく「審査員特別賞」の受賞者です。しかもその受賞は、当初の審査では選ばれていなかったところから、審査員の推薦で急遽決まったものでした。母親のふとした行動で応募したコンテストをきっかけに、11歳から15歳にかけて段階的に芸能界での活動を広げていき、現在では「国民的女優」と呼ぶにふさわしい存在になっています。グランプリを取らなければ成功できないわけではないことを、上戸さんの歩みが証明していると言えるでしょう。





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