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【なぜ4年で退団?】はいだしょうこが宝塚歌劇団を辞めた本当の理由…「うたのおねえさんに決まっていた」は誤解だった?

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NHK「おかあさんといっしょ」の元うたのおねえさんとして知られる、はいだしょうこさん。天真爛漫なキャラクターと透明感のある歌声で長く親しまれてきましたが、実はデビュー前に宝塚歌劇団の娘役だったことをご存知でしょうか。

しかもわずか4年という短い在籍期間で退団し、そのあと「うたのおねえさん」へと転身しています。この経歴から「歌のおねえさんに決まったから宝塚を辞めたのでは」と語られることもありますが、実際の流れは少し違います。この記事では、はいだしょうこさんの宝塚時代から退団理由、そして「うたのおねえさん」就任までの経緯を時系列で整理していきます。

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はいだしょうこは宝塚歌劇団出身だった

はいださんは宝塚音楽学校を卒業し、1998年に宝塚歌劇団84期生として入団しました。当時の芸名は「千琴ひめか(ちこと ひめか)」。初舞台は宙組公演『シトラスの風』で、その後星組へ組み替えとなり、娘役として舞台経験を積んでいきます。

子どものころから歌の才能に恵まれ、全国規模の歌唱コンクールで賞を受けた経験もあり、宝塚入団前には童謡歌手として活動していた時期もあります。現在の「歌のおねえさん」のイメージからは想像しにくいかもしれませんが、宝塚時代からすでに歌唱力の高さで注目される存在でした。

入団3年目で大役「エトワール」に抜擢

宝塚には「エトワール」と呼ばれる特別な役があります。公演のフィナーレで舞台上部の大階段に立ち、他の出演者に先駆けてアカペラで歌い上げる役どころで、その組の中でもとりわけ歌唱力に優れた生徒に与えられる名誉とされています。トップスターの候補という意味ではなく、あくまで「歌の実力」に対する評価としての抜擢です。

はいださんは2001年の星組公演『ベルサイユのばら2001』でこのエトワールに選ばれました。通常は入団から6年以上経ってから任されることが多いとされるポジションを、わずか入団3年目で務めたことになります。本人が後年語ったところによれば、配役表で自分の名前の下に小さく「エトワール」と書かれているのを見つけ、同期から知らされて初めて実感がわいたといいます。フィナーレ直前まで別のナンバーに出演し、大急ぎで衣装を替えて大階段に立ち、息を整える間もなくアカペラで歌い始めるという緊張感のある大役だったそうです。

つまり「わずか4年で退団した」というより、「入団からわずか3年で大きな夢を叶えていた」という見方の方が実情に近いといえます。

なぜはいだしょうこは宝塚を辞めたのか

エトワールを務めた翌年、2002年秋にはいださんは宝塚歌劇団を退団します。在籍期間は約4年でした。

退団理由について本人が語っているのは、「宝塚で目指していた夢をすでに叶えた」という達成感の大きさです。もともとトップスターを目指すタイプの生徒ではなく、エトワールとしてあの舞台で歌い切れたことに強い満足感を得たといいます。宝塚生活に対する不満やトラブルが原因だったわけではなく、「もうやりきった」という前向きな区切りとしての決断だったようです。

一方で、上級生との関係に悩んだ時期があったという話も伝わっており、華やかな舞台の裏側で人間関係の難しさを感じる場面もあったのではないかと推測されています。ただし、こうした苦労が退団の決定的な理由として本人から明言されているわけではなく、あくまで周辺情報として捉えるのが妥当でしょう。

「うたのおねえさんに決まっていたから退団」は誤解

はいださんの経歴を語るとき、「宝塚を辞めてすぐ歌のおねえさんになった」という印象から、まるで退団前に後任が内定していたかのように語られることがあります。しかし実際の順番は逆です。

はいださんが「うたのおねえさん」のオーディション情報を知ったのは、宝塚を退団した後のことでした。童謡歌手時代に共演したことのある女性歌手から、ちょうどオーディションが行われていると聞き、応募したのが始まりだったといいます。つまり退団の時点で歌のおねえさんへの就任が決まっていたわけではなく、退団後に新たな道を探すなかで巡り合ったチャンスだったのです。

最終選考のエピソードも印象的です。残った受験者たちが控室で最終選考に向けて準備をしていたとき、ある受験者が課題曲の歌い方を他の受験者に聞いて回っていたそうです。周囲が自分の練習を優先するなか、はいださんだけが自分の練習を中断してその受験者を手伝ったといいます。この行動が審査員の目にとまり、採用の決め手のひとつになったと本人が振り返っています。

宝塚退団後、19代目「うたのおねえさん」へ

オーディションに合格したはいださんは、2003年からNHK「おかあさんといっしょ」に19代目うたのおねえさんとして出演します。宝塚の舞台からテレビの子ども向け番組へと大きく活躍の場を変え、「宝塚出身のうたのおねえさん」という異色の経歴は当時も話題になりました。その後、2003年4月から2008年3月までの5年間にわたってこの役割を務め上げています。

宝塚と「うたのおねえさん」、求められる力の違い

宝塚時代に培われたのは、舞台上での表現力、娘役としての演技力、そして大きな会場でも通用する歌唱力です。一方「うたのおねえさん」に求められるのは、子どもたちにまっすぐ届く歌い方や、明るく親しみやすい表現、番組ならではのルールに沿った振る舞いなど、性質の異なるスキルでした。

とはいえ、宝塚で鍛えられた確かな歌唱力とステージ度胸は、テレビの生放送という別のプレッシャーの中でも大きな土台になっていたと考えられます。実際、共演した相方との息の合ったダンスシーンなど、宝塚仕込みの表現力が随所で発揮されていたという声も聞かれます。

現在のはいだしょうこの活動

「おかあさんといっしょ」卒業後も、はいださんはタレント、歌手、女優として幅広く活動を続けています。宝塚OGとしてのつながりを大切にしながら、コンサートや舞台、テレビ番組出演など、現在も歌を軸にした活動を継続中です。最新の活動状況は公式サイトやSNSなどで随時発信されているので、気になる方はチェックしてみてください。

まとめ|宝塚退団は「挫折」ではなく夢を叶えた結果だった

  • 1998年、宝塚音楽学校卒業後「千琴ひめか」の名で宝塚歌劇団に入団
  • 星組の娘役として活動し、2001年『ベルサイユのばら2001』で入団3年目にしてエトワールに抜擢
  • 2002年秋に退団。理由は不満ではなく「やりきった」という達成感
  • 退団時点で「うたのおねえさん」への就任は決まっておらず、退団後にオーディションを受けて合格
  • 2003年4月から2008年3月まで、19代目うたのおねえさんとして5年間活躍

短い在籍期間ながら、はいだしょうこさんの宝塚生活は一つの夢を確かに叶えた濃密な4年間でした。だからこそ迷いなく次の夢へと歩みを進めることができた。

そう捉えると、彼女のキャリアの選び方がより鮮明に見えてきます。

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