R-1グランプリ2022を制した「お見送り芸人しんいち」。毒舌交じりの歌ネタで一躍人気者となった彼だが、実は学生時代、本気でプロサッカー選手を目指していたことをご存知だろうか。
強豪校でレギュラーを争い、全国高校総体(インターハイ)出場という実績まで残している。今回は、そんなお見送り芸人しんいちの知られざるサッカー歴と、芸人へ転身するに至った経緯、そして今も変わらないサッカーへの情熱に迫る。
お見送り芸人しんいちのプロフィール
本名は上野晋一。1985年生まれ、大阪府大東市の出身だ。R-1グランプリ2022で優勝を果たし、一気に知名度を上げたが、学生時代の彼の生活の中心は「お笑い」ではなく「サッカー」だった。
幼少期からのめり込んだサッカー少年時代
しんいちさんがボールを蹴り始めたのは小学生の頃。以来、中学でもサッカー部に所属し続け、高校進学時にはあえて強豪校の門を叩くことになる。単なる部活動としてではなく、人生をかけた目標としてサッカーに向き合っていたことがうかがえる。
進学先は大阪の名門・北陽高校
高校時代、しんいちさんが所属していたのは関西大学北陽高校(旧・北陽高校)のサッカー部だ。北陽高校は大阪府内でも屈指のサッカー強豪校として知られ、これまで数多くの選手をプロの世界へ送り出してきた実績を持つ。
なぜ数ある高校の中から北陽高校を選んだのか。その背景には、元日本代表FWとして活躍した西澤明訓選手への強い憧れがあったと言われている。西澤選手のユニフォームの襟が立った独特のスタイルに憧れ、「襟付きのユニフォームがある高校に行きたい」という理由で北陽高校を選んだというエピソードが伝えられている。もっとも、しんいちさんの入学と同時に北陽高校のユニフォームが一新され、肝心の襟がなくなってしまったというオチも語られており、本人らしい笑える一幕となっている。
全国レベルの実力の証、インターハイ出場
しんいちさんの実力を裏付ける最大の実績が、高校時代における全国高校総体(インターハイ)への出場である。インターハイは全国の高校サッカー部の中でも、ほんの一握りしか辿り着けない大舞台だ。
強豪校の中でレギュラーの座を掴み、全国レベルの環境で日々しのぎを削っていたという事実は、「元Jリーガー候補だった」と評される所以でもある。決して「昔ちょっとサッカーをやっていた」というレベルではなく、本気でトップを目指す選手の一人だったことがわかる。
プロを諦めたのは、実は高校1年生の時だった
意外に知られていないのが、しんいちさんがプロを諦めた「本当のタイミング」だ。強豪校でレギュラー争いを続けていた印象から、大学まで夢を追い続けたと思われがちだが、本人はインタビューで「高校1年生の時点で『上には上がいるな』と気づき、プロを諦めた」と明かしている。
つまり、プロを断念したのは高校入学直後という早い段階だったのだ。それでもサッカー自体を辞めることはなく、「サッカーは続けたい」という思いから、大学へもサッカー推薦で進学している。
ムードメーカーとして見出した居場所
プロを諦めた後のしんいちさんが取った行動が興味深い。技術で上を目指すのではなく、「グラウンドで一番声を出して、みんなを笑わせる」というムードメーカー的な役割に活路を見出したのだ。
部員120人という大所帯の中、技術だけでなくチームの雰囲気を明るくする存在として評価され、しんいちさんは主力の「Aチーム」に選ばれ続けていたという。地元では「明石家さんまになれるやん」と言われるほど人を笑わせる才能に定評があり、この頃から芸人という道が現実的な選択肢として頭の中に芽生えていたようだ。
なぜ芸人の道を選んだのか
大学卒業のタイミングで、しんいちさんは両親に「芸人になりたい」と打ち明ける。案の定猛反対されたというが、就職をせずに卒業し、後に相方となる地元の友人とともに西日本を旅するバックパッカー生活を経て、大阪の松竹芸能養成所への入所を決意する。
サッカーで培った経験は、芸人としての活動にも色濃く反映されている。具体的には、
- 大勢の前で声を出し続けた度胸
- チームの中で自分の役割を見つける柔軟さ
- 「笑わせること」で居場所を作ってきた原体験
といった要素が挙げられる。プロを目指した競争の中で早々に限界を悟りながらも、そこで腐らずに「別の形で輝く道」を見つけ出した経験こそが、後のR-1グランプリ優勝という結果につながる下地になったと言えるだろう。
芸人になった今も続くサッカー愛
芸能界で活躍する現在も、しんいちさんのサッカーへの情熱は色褪せていない。セレッソ大阪のファンとして知られ、趣味としてフットサルを楽しむ姿も見られる。Jリーグに関するトークにも定評があり、サッカー番組のMCを任されるなど、「サッカー好き芸人」としての一面も芸能界で確かな存在感を放っている。
まとめ|「元サッカー少年」ではなく本気でプロを目指した選手だった
お見送り芸人しんいちのサッカー歴を振り返ると、以下のようなポイントが浮かび上がる。
- 小学生からサッカーを開始し、中学・高校と継続
- 高校は大阪の強豪・北陽高校へ進学
- 全国高校総体(インターハイ)への出場経験あり
- プロを諦めたのは高校1年生という早い段階
- それでもサッカーを続け、大学もサッカー推薦で進学
- ムードメーカーとして評価され、芸人という道に目覚める
- 現在もセレッソ大阪ファン、フットサルなどサッカー愛は健在
「毒舌芸人」というイメージが強いお見送り芸人しんいちだが、その裏には全国レベルで戦った本気のサッカー経験者という意外な一面がある。R-1優勝という栄光の裏には、学生時代にサッカーで培った忍耐力や勝負強さが確かに息づいているのかもしれない。


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