「帰宅する頃にはふらふらで、運転すら危険だと感じる」
こうした現場の声とともに、介護施設の夜勤実態を伝える記者会見が、毎年のように厚生労働省内で開かれています。高齢化が進む日本において、介護職はなくてはならない仕事です。しかし現場では慢性的な人手不足、低賃金、そして長時間労働が重なり合い、限界に近い働き方が常態化しています。
本記事では、労働組合の調査会見で明らかになった実態をもとに、介護職が抱える構造的な問題、人手不足がなかなか解消されない理由、そして今後求められる対策について整理していきます。
夜勤の75%が「16時間以上」――繰り返し訴えられてきた現場の実態
日本医療労働組合連合会(日本医労連)は、毎年2月頃、厚生労働省内で「介護施設夜勤実態調査」の結果を記者発表しています。加盟する労働組合がある特別養護老人ホームやグループホームなどを対象にした調査で、2013年から続けられている息の長い取り組みです。
直近の発表(2024年6月実施分)によると、介護施設の約88〜89%が2交代制の夜勤を採用しており、その多くが16時間前後の長時間勤務です。全体で見ると、実に75%の夜勤が16時間以上に及んでいることが明らかになっています。
会見では、現場の職員から「トイレは緊急時にすぐ対応できるよう、扉を開けたまま入る」「午後4時半から翌朝9時半までの勤務を終え、帰宅する頃にはふらふらで、運転に危険を感じる」といった声が紹介されました。東京医労連の担当者は、少人数で長時間働く実態について「人権問題だ」と強く指摘し、喫緊の課題として解決を求めています。
この調査は13年にわたって続けられていますが、実態はほとんど改善されていないと報告されており、一人の職員の苦労話ではなく、多くの介護現場に共通する構造的な課題であることがうかがえます。
夜勤は「1人体制」が主流――介護現場では何が起きているのか
介護施設における夜勤は、法令上、具体的な時間帯の定めがなく、多くの施設では夕方から翌朝までの16時間前後という長時間勤務になっています。厚生労働省が定める夜勤の人員配置基準では、特別養護老人ホームは利用者25人につき1人以上の配置が最低ラインとされています。
日本医労連の調査では、2交代制の夜勤のうち1人体制(いわゆる「ワンオペ」)の施設が67.1%にのぼり、利用者9人以下のグループホームや小規模施設では、ほぼすべてが1人体制であることが報告されています。仮眠室や休憩室がない施設も約3割存在し、休憩中であっても急変対応やナースコールに呼ばれることは珍しくありません。
さらに、看護職員には国の指針で「月8日以内(2交代制なら月4回程度)」という夜勤回数の努力義務がある一方、介護職員の夜勤回数には法的な上限がなく、労働組合と施設が独自に結ぶ「夜勤協定」を超える勤務が、2交代制で42.2%にのぼるという結果も出ています。
また、夜勤明けの翌日に休日が保証されていない介護施設も37.8%(2024年調査時点)にのぼり、本来であれば疲労回復に充てるべき時間が確保されていない実態が、統計としても裏付けられています。
考察: 人手不足が「1人夜勤」や夜勤協定超えの常態化を招いており、経験豊富なベテラン職員ほど「頼れる存在」として負担が集中しやすい構造があります。これは一時的な繁忙ではなく、13年間にわたって解消されていない構造的な問題です。

なぜ介護職の給料は低いのか
介護職の給与水準は、全産業平均と比べて依然として低い状態にあります。厚生労働省の調査によれば、処遇改善加算を取得している事業所の常勤介護職員の平均月給(手当・一時金込み)は約33.8万円です。これに対し、全産業平均(役職者を除く)との差は月額約8.2万円とされ、平成21年度時点の10.1万円からは縮小したものの、依然として大きな開きが残っています。
また、賃金構造基本統計調査によると、介護職の平均年収は全産業平均を70万円以上下回るという結果も出ており、調査方法によって数字に幅はあるものの、いずれの統計でも他産業との格差が浮き彫りになっています。
勤続年数を重ねても昇給幅が小さいことも課題です。同一事業所で10年以上働いても、平均月給の伸びは6万円程度にとどまるというデータもあり、資格や経験年数に見合った賃金上昇を実感しにくいという声は根強くあります。
求人票の月給だけを見て「意外と高い」と感じても、その内訳の多くを夜勤手当や資格手当が占めているケースは珍しくありません。基本給そのものが低いままだと、賞与や退職金の算定にも響き、長期的な生涯賃金でも他業種との差が広がりやすくなります。
ポイント: 介護職員の給料は、一般企業のように事業所の裁量だけで自由に決められるものではありません。国が定める「介護報酬」の水準が、賃金に大きく影響しているのです。
介護報酬とは? なぜ賃上げにつながりにくいのか
介護報酬とは、介護サービスを提供した事業所に対して国が支払う対価のことで、その単価は国によって決定されます。一般の企業のように、サービスの価格を事業所が自由に設定して利益を伸ばし、それを賃金に還元するという仕組みにはなっていません。
2026年6月には、物価高への対応や他産業との賃金格差の是正、深刻な人手不足への対応を背景に、介護報酬の臨時改定が予定されており、引き上げ幅は**プラス2.03%**になる見込みです。しかし現場からは「これでも足りない」という声が根強く上がっています。
背景には、処遇改善加算の仕組みの複雑さもあります。加算にはいくつかの区分があり、上位区分を取得するには職場環境の整備やキャリアパス制度の構築など一定の要件を満たす必要があります。事務負担の重さから、上位区分をあえて取得しない、あるいは取得できない事業所もあり、国が単価を引き上げても、その恩恵が現場の職員一人ひとりまで十分に行き渡らないケースも指摘されています。
考察: 介護施設が自らの経営努力で利益を増やし、それを賃上げに回すという一般的な仕組みとは異なり、制度そのものが賃金水準を大きく左右しているのが介護業界の特徴です。
人手不足がさらなる人手不足を招く悪循環
介護人材の不足は、今後さらに深刻化すると見込まれています。厚生労働省の試算によれば、介護職員の必要数は2026年度に約240万人、2040年度には約272万人に達するとされ、2022年度時点の約215万人を基準にすると、2040年度までに約57万人の増員が必要になる計算です。
一方で、介護労働安定センターの調査では、離職率は12.4%(令和6年度)とやや低下傾向にあるものの、人手が足りない現場では業務負担が大きくなりやすく、採用しても早期に退職してしまうケースが少なくないと指摘されています。
人手不足の現場では派遣職員への依存が進みますが、派遣費用は正規雇用よりも高くつくことが多く、結果として事業所の経営をさらに圧迫します。
考察: 低賃金によって応募が減り、人手不足が生じる。人手不足によって残った職員の負担が増し、離職者が増える。離職によってさらに人手不足が深刻化する――という悪循環が、多くの現場で繰り返されています。

このままでは「介護崩壊」も? 利用者への影響
人手不足の問題は、介護職員だけにとどまりません。1人夜勤や長時間夜勤が常態化した状態でのケアは、転倒や誤嚥といった事故のリスクを高め、利用者の急変時に十分な対応ができない可能性も高めます。
食事や入浴の介助が手薄になったり、レクリエーションの実施回数が減ったりするなど、サービスの質そのものが低下する懸念もあります。こうした問題は特別養護老人ホームに限らず、訪問介護など他の介護サービス全体にも共通する課題です。
考察: 介護現場の人手不足は、介護職員個人の問題ではなく、高齢者とその家族の生活を直接支える社会全体の問題として捉える必要があります。
政府に求められる対策とは
現場の調査結果を踏まえると、今後求められる対策としては次のようなものが挙げられます。
- 介護報酬のさらなる引き上げと、現場への還元率を高める仕組みづくり
- 処遇改善加算の簡素化など、実効性のある処遇改善策
- 夜勤の上限規制や複数体制の原則化、人員配置基準の見直し
- 外国人材の受け入れ拡大と定着支援
- ICTや介護ロボット、見守りセンサーなどテクノロジーの導入による業務負担の軽減
- 介護人材の育成・確保に向けた教育機関との連携強化
2026年6月に予定される介護報酬の臨時改定に加えて、原則3年ごとに行われる本改定の際、政府がどこまで現場の実情を反映できるかが、今後の焦点になりそうです。
まとめ
介護施設の夜勤の75%が16時間以上に及び、その多くが1人体制で行われている――労働組合の調査会見が13年にわたって伝え続けてきたこの実態は、一部の現場に限った話ではなく、多くの介護現場に共通する課題を映し出しています。
介護職の賃金は全産業平均を月額8万円以上下回る状態が続き、人手不足によって夜勤の負担は増加しています。その結果、離職者が増え、さらに人材不足が深刻化するという悪循環が続いているのが現状です。
日本では今後も高齢化が進み、介護サービスへの需要はさらに高まると予想されます。介護職員が安心して働き続けられる環境を整えることは、現場のためだけでなく、介護を必要とする高齢者やその家族の生活を支えるためにも欠かせない課題です。制度や待遇の改善がどこまで進むのか、今後の政策の動向が引き続き注目されます。




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