現在ではRIZINを代表するスター選手となった平本蓮。しかし、その道のりは決して順風満帆ではなかった。キックボクシング界の天才として注目を集めながらMMAへ転向したものの、待っていたのは厳しい現実だった。デビュー戦敗北、結果が出ない焦り、SNSでの誹謗中傷、そして引退を示唆するほどの精神的苦悩。平本蓮が乗り越えた”どん底時代”を振り返る。
キック界の天才が選んだMMA転向
10代から注目を集めた異端児
「平本蓮」という名前が格闘技ファンの間で広まったのは、まだ彼が高校1年生だった2014年のことだ。K-1甲子園2014(-65kg級)で優勝を果たし、一夜にしてその名を知らしめた。12歳の時には全国U-15ジュニアボクシング大会で優勝し、子どもの頃から”選ばれた才能”を持っていることは明らかだった。
プロデビュー後も順調に実力を伸ばし、2018年3月にはK-1スーパーライト級初代王者・ゲーオ・ウィラサクレックを2ラウンドKOで撃破。日本人選手がゲーオからKO勝ちを奪ったのは史上初のことであり、格闘技界に大きな衝撃を与えた。強靭な打撃技術に加え、歯に衣着せぬ発言スタイルも相まって、平本はキックボクシング界の”異端児スター”として将来を嘱望される存在となっていた。
なぜMMAへの挑戦を決断したのか
しかし平本は、K-1での成功に安住しなかった。2019年11月、K-1ジムとの契約満了を機に、「世界最高の頂を目指したい」とSNSで現役続行と新たな挑戦を宣言。その言葉通り、RIZINと契約しMMAへの転向を決意する。
「格闘技に心の底から依存してしまった。世界に出てもっと挑戦したいという新たな夢ができた」――そう語る平本の目に迷いはなかった。ただ、周囲の評価は違った。キックボクサーがMMAで通用するのか、組み技未経験でどこまでやれるのか。多くの関係者が”無謀な挑戦”と懸念を示していた。それでも彼は踏み出した。その決断が、長い苦悩の始まりでもあった。


MMAデビュー戦で突きつけられた現実
萩原京平戦で味わったTKO負け
2020年12月31日、大晦日のRIZIN.26。「キック界の天才がMMAに殴り込む」という触れ込みで、平本蓮のデビュー戦は大きな注目を集めた。相手は強豪・萩原京平。ファンの期待は高く、SNSでも話題騒然だった。
しかし結果は、2ラウンドコーナーストップによるTKO負け。萩原が宣言通りにマウントポジションからパウンドを連打し、平本陣営がタオルを投入して試合を止めた。「どういう攻撃するかは平本君に教えてあげとった」と試合後に萩原が語ったように、完全に対策を立てられた上での完敗だった。後に平本自身が明かしたところによると、萩原の膝蹴りを受けて頭蓋骨を陥没骨折しており、「会場で救急車を呼ぶのが恥ずかしくて、自宅から自分で救急車を呼んで入院した」という。華々しいデビューを夢見ていたファンに、MMAの現実の厳しさが突きつけられた瞬間だった。

打撃とは違うMMAの壁
なぜ、あれほどの打撃の使い手がMMAで苦しんだのか。答えはシンプルだ。MMAは「打撃」だけでは戦えない競技だからである。
キックボクシングで磨き上げた距離感やフットワークは、ケージ際の攻防になれば無力化される。タックルを切れなければ一瞬でテイクダウンを奪われ、グラウンドでの攻防に引き込まれる。平本が「打撃の天才」であればあるほど、組み技やグラウンド技術のなさというギャップは大きく、MMAという競技の複合性がそのまま壁として立ちはだかった。
世間から浴びせられた厳しい評価
デビュー戦敗北を機に、世間の風向きは一変した。「口だけ」「やっぱり通用しなかった」という声がSNSに溢れ、平本への批判は加速していく。大きな期待と強烈なキャラクターの裏返しとして、誹謗中傷も増加した。
平本はSNSでの発信が多い選手だ。それゆえ、発言のひとつひとつが炎上のタネになる。アンチとの言い合いが話題になることもあれば、一言が切り取られて文脈を無視した批判を受けることもある。理想と現実のギャップは、リングの外でも彼を追い詰めていった。
結果が出ない日々…苦悩と焦り
勝てない自分との戦い
2022年3月、MMA2戦目となった鈴木千裕戦でも判定負け。2連敗となった平本に、「MMAでは通用しない」という評価が固まりかけていた。
練習は重ねている。組み技も日々強化している。それでも試合で結果が出ない。格闘家として最も消耗するのは、努力の手応えと試合結果が一致しない時期だ。「俺は本当に強くなっているのか」という問いが頭をもたらず、周囲の期待と自身へのプレッシャーが交差する中で、平本は自信を失いかけていた。
「眠れない夜もあった」
2022年の復帰戦が決まった際、平本は自身のインスタグラムでそれまでの心境を率直に吐露している。「眠れない夜もあった。全部が前向きでいられないきつい時もあった」――強がりや威勢の良い発言で知られる平本が、こうした言葉を公に発したことの重さを、ファンはどれほど受け止めただろうか。
「そんな憂鬱もやっと試合で吹き飛ばせる」とも書いたが、その言葉の裏には、試合のない日々がいかに精神的に苦しかったかが透けて見える。結果を出せない焦りと、世間の視線と、自分自身への疑問。三重の重圧の中で、それでも彼は格闘技にしがみついていた。
SNS時代のスターが抱えた重圧
現代の格闘家、とりわけ平本のように”SNS発信型”の選手は、常に可視化された評価の中で生きなければならない。フォロワーが多ければ多いほど、発言への反響は大きくなり、批判も賛同も増幅される。
試合の勝敗は数字として記録に残り、アンチはそれを武器に攻撃を続ける。「口だけのやつ」「雑魚」という言葉は、日常的にタイムラインに流れてくる。強さを誇示するキャラクターゆえに、敗北のたびにその落差を揶揄される。平本蓮というファイターが背負った重圧は、リング上のそれだけではなかった。
引退も頭をよぎった2023年
衝撃を与えた長文投稿
2023年8月14〜15日、平本蓮は約1271文字にもおよぶ長文をX(旧Twitter)に投稿した。その内容は、ファンに衝撃を与えるものだった。
「誰も理解してくれない世の中にもう疲れた」「もう退こうと思う」「自分は虚像に過ぎない」「もう強がるのに疲れてしまった」――常に強い言葉を発し、圧倒的な自信を見せ続けてきた平本からは想像もできない言葉が並んだ。格闘技ファンの間に、戸惑いと心配が広がった。
「死にたくないから退く」
その投稿の中でも特に多くの人が立ち止まったのは、「死にたくないから退くことを選んだ」という一文だ。
これはただのパフォーマンスではない。平本は「この殺伐とした生活にとうとう嘘がつけなくなった」「エンターテイメントに全うしようとしたが自分1人では疲れてしまった」とも綴っている。長年にわたって積み重なってきた精神的疲労が、この言葉に凝縮されていた。強がり続けることの限界。結果を出し続けなければならないプレッシャー。”平本蓮”というキャラクターを演じ続けることへの消耗。それらがついに、本人の言葉として表出した瞬間だった。
なぜそこまで追い詰められたのか
平本蓮が追い詰められた背景には、いくつかの要因が重なっている。
ひとつは結果へのプレッシャーだ。「俺の時代だ」「勝って当たり前」と公言してきた選手が勝てない。その事実は、自身の言葉が鋭い刃となって自分に返ってくる構造になっていた。ふたつめは世間からの視線だ。常に注目され、常に評価される環境の中で、休む場所がない。そして三つめが、理想と現実のギャップだ。キックボクサーとして世界を目指すという夢を抱いてMMAに転向したが、現実のMMAは想像以上に複雑で険しかった。
この三つが同時に押し寄せたとき、人は限界を超える。平本蓮もそのひとりだった。
苦悩を乗り越えて掴んだ現在地
MMAファイターとしての成長
しかし、平本蓮は退かなかった。
2022年7月、鈴木博昭(怪物くん)との試合でMMA初勝利を飾ると、同年11月にはRIZIN LANDMARK 4で強豪・弥益ドミネーター聡志を完封判定勝ちで下すアップセットを演じた。試合ごとに組み技への対応力が増し、ケージ際の攻防でも粘り強さが増した。以前のような”打撃に頼るだけ”の選手ではなく、MMAファイターとしての全体像が確実に構築されていった。
2023年12月にはYA-MANを3-0の判定で下し、そして2024年7月、ついに最大の舞台が訪れる。
敗北が平本蓮を強くした
超RIZIN.3、朝倉未来戦。長年にわたる因縁と舌戦の末に実現したこのカードで、平本は1ラウンドTKO勝利を収めた。左ストレートでダウンを奪い、パウンドで試合を終わらせたその瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
この勝利が特別なのは、単なる試合の勝ち負けではないからだ。デビュー戦で敗れ、連敗し、引退を示唆するほど追い詰められた男が、最大のライバルを仕留めた。そのドラマ性は、平本がどん底を経験したからこそ生まれたものだった。挫折を知らない人間には、こういう勝利はできない。
どん底を知るからこそ見えた景色
今の平本蓮は、以前の”天才キックボクサー”とは別の選手だ。プレッシャーに押しつぶされそうになった経験、眠れない夜を重ねた経験、引退を口にするほどの苦しみを経た経験――それらすべてが、現在の彼のファイターとしての深みを作っている。
強さは、勝ち続けることだけで生まれるわけではない。負けた後にどう立ち上がるか。追い詰められた時にどう踏ん張るか。そういう人間としての根っこの部分が、格闘家の本当の強さを決める。平本蓮はその意味において、MMA転向後の苦難を通じて本当の強さを手に入れた選手だと言えるだろう。
まとめ
- MMAへの転向は、平本蓮にとって競技の枠を超えた人生を懸けた挑戦だった
- デビュー戦敗北から始まり、連敗、批判、孤立という苦境が続いた
- 「眠れない夜もあった」「死にたくないから退く」という言葉からは、精神的苦悩の深刻さが伝わる
- しかし彼は逃げず、技術を磨き、2024年には宿敵・朝倉未来を撃破するまでに成長した
- 平本蓮の強さは、天才的な打撃技術だけでなく、”どん底を生き延びた人間の強さ”にある
華やかなスポットライトの裏で、誰にも見せなかった苦しみと戦い続けていた平本蓮。その挫折と苦悩の歴史こそが、現在の彼を支える最大の原動力なのかもしれない。



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