2200世帯が知らぬ間に損をしていた
兵庫県尼崎市が2025年6月、衝撃的な発表をした。
高額療養費の算定に誤りがあり、約2200世帯・1万3800件、総額約3940万円が本来より少なく支給されていた。対象期間は2020年7月から2025年6月の診療分。しかも、誤りが始まった可能性があるのは旧システム導入時の2018年にまで遡るとされており、実質的には最大5年以上にわたって問題が放置されていた可能性がある。
なぜこれほど長期にわたって誰も気づけなかったのか。そして、被害を受けた人々にはある共通の特徴があった。
そもそも「高額療養費」とは何か
高額療養費制度とは、1か月の医療費の自己負担が一定額を超えた場合に、超過分が払い戻される制度だ。たとえば手術や入院で医療費が数十万円になっても、所得に応じた上限額(例:約8万円)を超えた分は後から返ってくる仕組みになっている。
ただし、この制度は構造が非常に複雑だ。
- 年齢(70歳以上は別の基準)
- 所得区分(住民税非課税世帯か否か等)
- 世帯合算(家族の医療費を合算できる)
- 多数回該当(年4回目以降は上限額が下がる)
- 福祉医療費助成との併用
これだけの条件が絡み合うため、正確な計算は専門知識がなければほぼ不可能。そして多くの市民は「行政が正しく計算してくれるはず」と信じて、支給通知の金額をそのまま受け入れてしまう。
それが今回の問題の温床になった。
発覚のきっかけは「システム移行」だった
今回の誤りが発覚したのは、新しい業務システムへの移行作業中だった。新旧システムで計算結果を照合したところ、金額に差異が生じていることが判明。調査を進めると、旧システム自体に計算ロジックの誤りがあったことがわかった。
問題の核心は、福祉医療費助成の対象者に対する自己負担額の基準の扱い方を誤っていた点にある。本来「自己負担3割相当」で計算すべきところを、誤った基準で処理し続けていた結果、高額療養費の支給額が本来より少なくなっていた。
なお、尼崎市の発表によれば、旧システムが導入された2018年時点から誤算定が始まっていた可能性もある。しかし医療費データの保存期限は5年であるため、2020年7月以前の分については再計算自体ができない。つまり、より古い期間の被害は永久に補填されない可能性が高い。
追加支給は2027年3月以降を予定しているという。
“もらえていなかった人”の3つの共通点
① 福祉医療費助成の対象者
今回影響を受けたのは、主に以下のような層だ。
- 乳幼児医療費助成の対象となる子どもを持つ世帯
- 重度障害者医療費助成の対象者
- ひとり親家庭等医療費助成の対象世帯
こうした福祉医療費助成と高額療養費が”重なる”ケースで、計算ロジックの誤りが生じていた。制度が複雑に絡み合うほど、ミスが潜り込みやすくなるという皮肉な構造だ。
② 長期通院・継続的な医療が必要な家庭
一回あたりの差額は数千円でも、5年間積み重なれば数万〜数十万円規模になる可能性がある。特に影響が大きいのは以下のような家庭だ。
- 障害のある子どもの療育・リハビリが継続的に必要
- 慢性疾患や難病で定期通院が欠かせない
- 入退院を繰り返している
医療費が多いほど高額療養費の支給額も大きくなるはずなのに、その計算が誤っていたとすれば、医療費負担が重い家庭ほど損害も大きいという逆説的な結果になる。
③ 「行政を信じていた」人
今回の問題が5年以上見逃された最大の理由は、市民側から誤りを発見することが構造的に不可能だった点にある。
自治体から届く高額療養費の支給通知には、計算根拠の詳細は記載されていない。専門知識なしに「本来いくらもらえるべきか」を自分で計算することは、ほぼ不可能だ。だからこそ、「行政が計算しているから正しいはず」という前提が崩れた瞬間に、これだけの問題が一気に露わになった。
なぜ全国で同じミスが繰り返されるのか
尼崎市の問題は、決して孤立した事例ではない。全国の自治体で、高額療養費の過少支給・過払い・誤算定が相次いで報告されている。
その背景には、制度そのものの複雑さがある。高額療養費制度は頻繁に改正が行われ、そのたびにシステム改修が必要になる。しかも福祉医療との連動部分は計算ロジックが特に複雑で、自治体によって処理の仕方がバラバラというのが実情だ。
専門家からは「氷山の一角に過ぎない」との指摘もある。今回尼崎市で発覚したのはシステム移行という偶然のきっかけがあったからだ。同様の誤りが他自治体にも潜んでいたとしても、それを発見する機会がなければ永遠に表に出ない。
「自分は対象?」確認すべきチェックポイント
特に注意が必要なのは以下に当てはまる人だ。
- 国民健康保険に加入している
- 重度障害者医療、子ども医療、ひとり親医療などの福祉医療費助成を受けている
- 慢性疾患や障害があり、継続的に通院・入院している
- 過去5年間で、月の医療費が高額になった月がある
尼崎市在住であれば、市が対象世帯を個別に調査・通知する予定だ。ただし2020年7月以前の分は再計算できないため、確認できる範囲には限界がある。
他の自治体に住んでいる場合でも、過去の高額療養費支給通知を保存しておくこと、そして疑問があれば加入している健康保険の窓口や市区町村の担当課に確認することをおすすめする。
「これ、うちの自治体も怪しくない?」ネットに広がる不安
SNS上では、この問題への反応が大きく広がっている。
「自分の自治体は大丈夫なのか」「誰も気づけない仕組みになっている」「制度が複雑すぎて市民が検証できない」といった声が相次ぎ、一方で「弱い立場の人ほど影響を受けている」「5年間も放置されたことへの怒り」など、行政への批判も強い。
多くの人が感じているのは、「計算ミス」ではなく「構造的な問題」への不信感だろう。
まとめ:これは”計算ミス”ではなく”制度の問題”
尼崎市の高額療養費3940万円不足問題が浮き彫りにしたのは、個別の担当者のミスではなく、日本の医療給付制度が抱える本質的な問題だ。
- 制度が複雑すぎて市民が自分で検証できない
- システムに依存しすぎることでミスが見逃されやすい
- 福祉医療との連動部分は特にエラーが起きやすい
- そして、弱い立場にある人ほど影響を受けやすい
「行政が正しく計算してくれる」という前提は、今や無条件に信じられるものではない。過去の支給通知を見直し、疑問があれば問い合わせることが、自分の権利を守る第一歩になる。




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