「手袋がない」介護現場から、そんな声が上がり始めている。感染対策に欠かせない使い捨て手袋が手に入らない。しかもその原因は、日本の国内事情ではない。遠い中東で続く武力衝突が、あなたの親や家族が入る施設の衛生管理を脅かしている。
① 「異変」はすでに始まっている
2026年春。介護・医療の現場に静かな異変が訪れている。使い捨て手袋の欠品、エプロンの在庫切れ、吸引チューブの入手困難——これらはコロナ禍と似た光景だが、原因は全く異なる。
医療・介護資材の多くは石油由来のプラスチックを原料とする。その製造に不可欠な「ナフサ(粗製ガソリン)」の供給が、中東情勢の緊迫化によって突如として滞り始めた。
「手袋やマスクは患者を診察するごとに切り替えているので、それがないと医療従事者が診療ができない状況にもなってしまう可能性があります」— 静岡済生会総合病院 用度課長(地元テレビ報道より)
これは病院だけの話ではない。人員も予算も病院より少ない介護施設こそ、この「資材の波」をまともに受ける。
② 問題の構造:「戦争→介護崩壊」のルート
複雑に見えるが、構造はシンプルだ。
因果連鎖マップ
中東での武力衝突・イラン情勢の緊迫化→原油の供給不安定・価格急騰→ナフサ(石油化学の基礎原料)の入手困難→手袋・エプロン・チューブ類の製造停滞・欠品→介護・医療現場での深刻な物資不足
※ナフサは手袋・点滴バッグ・注射器・吸引チューブ・ゴミ袋まで、あらゆる医療プラスチックの原料。政府は2026年4月、厚労省・経産省合同の対策本部を設置し、国家備蓄の医療用手袋5,000万枚の5月放出を表明。しかし介護施設への供給は未だ不透明だ。
③ 数字が語る「限界寸前」の現場
政府の備蓄放出(5,000万枚)は全国診療所の約半月分。しかも対象は主に医療機関であり、介護施設は後回しになるリスクが高い。
また医療用品を扱うECサイトでは、2026年3月中旬ごろから受注が急増し出荷遅延が続出。大量発注による在庫の偏りが生じ、ネット販売を停止する事業者まで現れ始めた。大病院が先に確保し、中小介護施設にしわ寄せが来るという、コロナ禍と同じ構図が再現されつつある。
④ 現場で何が起きているのか
不足している主な資材
- 使い捨てニトリル・ラテックス手袋(ケアごとに交換が必要な基本資材)
- 使い捨てエプロン・ガウン(排泄介助・感染者対応に必須)
- 吸引チューブ・経管栄養チューブ(医療的ケアに直結)
- プラスチック製ゴミ袋・汚物袋
- 点滴バッグ・注射器(医療連携型の施設で問題化)
現場では「1枚の手袋を複数回のケアで使いまわす」「エプロンを節約して使用する」という報告が出始めている。これは単なるコスト節約ではない。感染管理の基本原則の崩壊だ。
介護施設における感染症対策は、コロナ禍を経てようやく定着してきた。その蓄積が、資材不足という外圧によって一夜にして崩れる可能性がある。見えないところで、ケアの「質の低下」が静かに始まっている。
⑤ 介護はすでに「準医療現場」になっている
この問題が特に深刻なのは、現代の介護施設が担うケアの内容が、10年前とは根本的に変わっているからだ。
高齢化の進展と病院の在院日数短縮化により、以前なら入院が必要だったレベルの高齢者が、介護施設で生活している。施設に求められる医療行為は増加の一途だ。

介護施設で行われる主な医療的ケア
- 痰の吸引:誤嚥リスクの高い高齢者に常時対応が必要。チューブの消耗が激しい。
- 褥瘡(床ずれ)管理:処置のたびに手袋・ガーゼ・テープ類を使用。
- 経管栄養:専用チューブの定期交換が必要。原材料はプラスチック。
- 感染症対応:インフルエンザ・ノロウイルス対応は手袋・エプロンの大量消費を伴う。
介護施設はもはや「ただ生活を支える場所」ではない。医療処置が日常的に行われる「準医療現場」だ。にもかかわらず、診療報酬の対象にならない介護施設は、物資確保においても病院より弱い立場に置かれている。
⑥ このまま放置されると何が起きるか
▶ 資材不足が連鎖する「最悪のシナリオ」
- 感染症クラスターの増加:手袋・エプロンなしのケアが常態化→ノロ・インフルが施設内で爆発的に拡大
- 入居者の重症化・死亡リスク上昇:体力が低下した高齢者への感染は、若者とは比べものにならない重篤さをもたらす
- 職員のバーンアウトと離職加速:不十分な装備での感染リスク下での労働→精神的・身体的限界→退職者急増
- 施設の運営困難・閉鎖:人材不足×資材不足×コスト増が重なり、中小施設から経営が破綻し始める
これは脅しではない。すでに日本では介護事業者の倒産件数が過去最多水準で推移している。そこに今回の資材ショックが加われば、連鎖倒産の引き金になりかねない。
⑦ これは「個別の努力」では解決できない
構造的問題の本質
今回の問題は、「施設がお金を出せば解決する」という話ではない。ナフサという原料の供給が止まれば、お金があっても手袋は存在しない。サプライチェーンの上流で問題が起きているため、個々の施設が知恵を絞っても対応には限界がある。感染対策の質の低下は直接、入居者の命に直結する。これは業界全体の構造問題であり、国が主導する安定供給の仕組みなしには解決しない段階に来ている。
政府は国家備蓄の放出と相談窓口の設置を進めているが、対象は主に医療機関だ。介護施設は制度上「医療機関」ではないため、支援の優先順位が下がりやすい。
厚生労働省と経済産業省が対策本部を設置し、ナフサの国内在庫については「4ヶ月分以上を確保」と発表しているが、それが介護現場への資材供給として適切に届くかどうかは別問題だ。「在庫はある」と「現場に届く」の間には、流通・優先配分という高い壁がある。
まとめ:この問題は他人事ではない
今日起きていることを整理しよう。中東での武力衝突→原油供給の不安定化→ナフサ不足→医療プラスチック製品の品薄→介護現場での資材欠乏。この連鎖は現在進行形だ。
介護施設は「準医療現場」化しているにもかかわらず、物資確保の優先度では病院に後れを取る。資材不足は感染リスクを高め、職員の疲弊を招き、施設の経営を圧迫する。
そして最後に確認しておきたい事実がある。
日本の高齢化率は今後も上昇し続ける。
あなたの親が、あなた自身が、いつか施設のお世話になる。
その施設が今、手袋もないまま現場を回しているとしたら
これはもう、介護業界だけの問題ではない。





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