「改善しているはずなのに」——なぜ現場には違和感が残るのか
「前年比で半減した」というニュースを見たとき、あなたはどう感じただろうか。
2024年に公表されたデータによれば、就労継続支援A型事業所における賃金水準の基準未達割合は19.3%。前年の37.4%から大きく下がり、メディアの多くは「改善が進んでいる」と報じた。
しかし、A型事業所の現場に関わる人たちの反応は冷ややかだ。
「全然よくなっていない。むしろ、やばいところが静かに消えているだけだと思う」
この”違和感”こそが、数字の裏側を読み解くカギである。
数字を分解すると見えてくる「本当の異常」
未達19.3%という数字を聞くと、「残り8割はクリアできている」と安心しそうになる。だが、絶対数で見ると話は変わる。
774事業所が基準を満たしていない。
問題はそれだけではない。その774事業所のうち、64.2%は前年も未達だった。つまり、基準を下回り続けているにもかかわらず、事業を継続している事業所が大多数を占めているのだ。さらに深刻なのは、改善計画を提出した事業所が94.8%に上るという事実だ。
ほぼ全員が「改善します」と書類を出している。
しかし実態は変わっていない。これは改善ではなく、問題の固定化に他ならない。書類を出すことで、制度的な「延命」が可能になっているのだ。
そもそもA型事業所とは何か
誤解されがちだが、A型事業所は「障害者に作業をさせる施設」ではない。
就労継続支援A型は、利用者と雇用契約を結ぶ福祉サービスだ。雇用契約が発生する以上、最低賃金の支払いが義務づけられる。そしてその賃金の原資は、原則として生産活動による収益でなければならない——制度上はそう設計されている。
つまりA型の本来の姿は、「障害のある人を雇用しながら、事業として収益を上げ、適正な賃金を払う」という自立型のビジネスモデルだ。
福祉の看板を掲げながら、企業として成立していなければならない。この二重構造こそが、A型が抱える矛盾の根源である。
なぜ赤字になるのか——これは努力不足ではなく「構造問題」だ
A型が赤字に陥りやすい理由は、現場の怠慢でも経営者の無能でもない。制度そのものが、収益を出しにくい設計になっているのだ。
まず、事業内容の問題がある。A型事業所の多くは、内職・軽作業・封入作業といった低単価の仕事を請け負っている。これらは一般企業が「コストを下げたい」ときにアウトソースする類の業務であり、そもそも高い利益率を期待できない。
次に、生産性の問題だ。A型は障害のある方を支援しながら働いてもらう場所であるため、一般就労と同等の生産効率を求めることは現実的ではない。支援のコストが乗る分、どうしても利益は圧迫される。
低単価の仕事 × 生産性の制約 = 赤字になりやすい構造。
これは個々の事業所の問題ではなく、業界全体が抱える構造的な無理ゲーだと認識するべきだ。
それでも潰れない理由——「実は守られている業界」の裏側
では、赤字なのになぜ潰れないのか。ここが最も重要なポイントだ。
理由①:福祉報酬という名のセーフティネット
A型事業所の収入は、利用者からの売上だけではない。国や自治体から支払われる障害福祉サービス報酬(訓練等給付費)が、事業収入の大きな柱となっている。利用者が通所するだけで報酬が発生する仕組みのため、生産活動が赤字でも、福祉報酬によって事業所全体の収支がギリギリ成り立つケースが少なくない。
理由②:改善計画という名の延命装置
基準を未達でも、改善計画を提出すれば即座に指定取消にはならない。この「猶予期間」が、事実上の延命装置として機能している。94.8%の事業所が提出するのも当然だ。書類一枚で時間が稼げるのだから。
理由③:行政が「潰せない」ジレンマ
行政の立場から見ると、A型事業所を強制的に閉鎖させることには大きなリスクが伴う。利用者が一気に行き場を失うからだ。地域によっては、数十人の障害者の就労の場が消える。福祉行政として、それは許容しがたい結果を招く。だから、問題を認識しながらも「すぐには動けない」というジレンマが生まれる。
赤字でも、書類を出せば、行政も動けない。この三重構造が、問題のある事業所を温存し続けている。
実は進んでいる「静かな淘汰」——表に出ない”消えた事業所”
では、未達割合が37.4%から19.3%へと半減したのはなぜか。
現場感覚を持つ人間が口をそろえて言うのは、「改善したのではなく、ひどいところが静かに消えただけ」ということだ。
実際、廃業・閉鎖した事業所は数字に残りにくい。未達でなくなるのは、基準をクリアしたからではなく、事業所そのものが消えたから、というケースが相当数含まれていると見るべきだろう。
消えているのは主に、小規模事業所・地方の事業所・内職依存型の事業所だ。これらは、不況や制度変更のしわ寄せを最初に受ける層でもある。
数字の改善の裏に、ひっそりと幕を閉じた事業所と、行き場を失った利用者がいる。メディアはその数を報じない。
勝ち組A型と負け組A型——差は「努力」ではなく「モデルの違い」
この状況の中で、着実に成長しているA型事業所も存在する。その違いは、精神論や努力量ではなく、ビジネスモデルの根本的な差にある。
生き残っている事業所の共通点:
- IT・デザイン・ECなど、単価の高い業種を選んでいる
- 一般企業と連携し、安定した外部売上を持っている
- 利用者の特性に合わせた業務配置で生産性を最大化している
苦しんでいる事業所の共通点:
- 内職・封入・シール貼りなど単価交渉の余地がない業務に依存
- 仕事の取り方・価格設定を変えるノウハウがない
- 支援だけで事業が完結し、外部との接点がない
同じA型という制度を使いながら、ここまで差が開く。制度の問題と言いつつ、制度の中でモデルを変えることは確かに可能だ。ただし、それには経営者の本質的な転換が必要になる。
利用者に起きるリアルな未来——”働ける障害者”の選別が始まる
事業所の淘汰は、利用者にとって他人事ではない。
A型が閉鎖すれば、利用者はB型(雇用契約なし・工賃制)へと移行せざるを得なくなる。これは収入の大幅な低下を意味する。また、A型全体が「稼げる利用者優先」の方向に傾けば、支援の必要性が高い人ほど受け入れてもらいにくくなる。
雇用機会の減少、収入の低下、そして”使えると判断された人しか残れない”選別の加速。
制度の崩壊は、最も支援を必要とする人に、最初にしわ寄せが来る。そこだけは忘れてはならない。
「福祉」と「ビジネス」は両立できるのか——制度の根本的矛盾
この問いに、簡単な答えはない。
支援を手厚くすれば、生産性は落ちる。利益を追えば、支援は薄くなる。A型はその矛盾を内包したまま、20年近く走り続けてきた制度だ。
理想は「良い支援が、良い仕事につながり、良い賃金が生まれる」という循環だ。その循環を実現している事業所が、確かに存在する。しかし全体から見れば、まだごく一部に過ぎない。
A型はどこへ向かうのか——希望と、取り残される人たちの現実
これから数年で、A型事業所の数は確実に減る。淘汰は静かに、しかし着実に進む。
残るのは、ビジネスモデルを持ち、外部売上を確保し、制度変化に適応できた事業所だ。その意味では、業界全体の「質」は上がるかもしれない。
だが同時に、対応できなかった事業所の利用者が行き場を失う。支援が手厚くなければ働けない人たちが、制度の網の目からこぼれ落ちる。
数字が改善され、「A型は良くなった」と報じられる日が来たとしても、その裏で静かに消えていく人たちのことを、私たちは問い続けなければならない。




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