毎年1万人以上が行方不明になる。でも本当に怖いのは、その中に”永遠に消えてしまう人”がいるという事実だ。
「見つかる」前提で、誰もが考えていた
認知症の人が行方不明になる。それ自体は、多くの人がうっすら知っている話だ。「大変だけど、警察に届ければ見つかるでしょ」
そう思っているのではないだろうか。
実際、9割以上は見つかる。
でも、残りの”わずか”の人は見つからないまま消えていく。
年に一度ではない。
毎年、確実に。
この記事を最後まで読んだとき、あなたは「うちの家族は大丈夫か」と、必ず考えるはずだ。
警察庁が公表したデータの「本当の怖さ」
警察庁が毎年発表している行方不明者統計。認知症に関する数字を見ると、その規模に驚かされる。
警察庁 行方不明者統計(2024年)
18,121人
認知症による行方不明届受理数(2024年)
273人
届出年(2024年)中に発見されなかった人数
171人
翌年末(2025年末)時点でもなお未発見の人数
「171人は、今もどこにいるか分かっていない」
数字だけ見ると「1%未満」だと思うかもしれない。だがその171人は、単なる統計の数字ではない。それぞれに名前があり、家族がいる。
そして今この瞬間も、どこかにいるはずなのに誰もその場所を知らない。
9割以上が見つかるのに、なぜ”171人”は見つからないのか
ここで一つの疑問が生まれる。
毎年1万8000人以上が行方不明になるにもかかわらず、そのほとんどは見つかっている。家族が気づき、警察に届け、地域住民が協力し大半は数日以内に保護される。
なのになぜ、171人だけが消えてしまうのか?
偶然ではない。運が悪かっただけでもない。
見つからない人には、共通の「特徴」があるのだ。
“見つからない人”の決定的な4つの特徴
以下の特徴は、複合的に絡み合うことで「見つからない」状況を生み出している。どれか一つではなく、複数が重なったとき、人は”消える”。
単独行動——誰にも気づかれないまま動き出す
認知症の人が外出するのは、多くの場合「突然」だ。家族が目を離した10分の隙に玄関を出る。家族が気づいたときには、すでに遠方にいるということが珍しくない。
近所を歩き回るうちに、見知らぬ場所に迷い込む。最初の「発見のチャンス」を誰も掴めなかった時点で、時計は動き始める。
身元を説明できない——保護されても「誰か」が分からない
仮に誰かに保護されたとしても、重篤な認知症の場合、自分の名前や住所を正確に言えないことが多い。財布を持たず、スマートフォンも持たず、身元を証明するものが何もない状態で保護されると——行政や施設の中で「身元不明者」として処理される。
家族は必死で探しているのに、本人は別の場所で”誰か”として存在している。このすれ違いが、失踪を長期化させる最大の要因の一つだ。
想定外の移動距離——徒歩でも、電車でも「遠くへ行く」
「近所をうろうろするだけでしょ」
そう思っていると、大きな誤算を招く。認知症による徘徊は、驚くほど遠くまで到達することがある。徒歩で数十キロ移動したケースや、電車・バスに乗り込んで隣県どころか他の地方まで辿り着いた例も報告されている。
行動範囲が広がるほど、捜索コストは指数関数的に上がる。初動が遅れれば遅れるほど、「探す範囲」は手に負えない大きさになっていく。
発見されても”つながらない”——行政の中で止まる
保護 → 身元不明として施設へ → 情報が家族に届かない。このルートに入ってしまった人は、システムの外に「いる」のに「存在しない」状態になる。
自治体をまたいだ情報共有の仕組みは、まだ十分に整備されていない。「見つからない」のではなく、「特定できない」——これが現実だ。
最も怖い事実——「すでに発見されているのに、帰れていない人」
ここが、この問題の最も深刻な部分だ。
「行方不明」というと、まだ野外をさまよっているイメージを持ちやすい。しかし現実には、すでに誰かに保護され、どこかの施設で生活しているにもかかわらず、身元が特定されていないために家族のもとに帰れていない人が存在する可能性がある。
全国の施設や病院には、毎年一定数の「身元不明の高齢者」が入所している。そのすべてが認知症による行方不明者というわけではないが、一部は重なっているはずだ。
すでに見つかっているのに、帰れていない人がいるかもしれない。
それが、171という数字の”本当の意味”だ。
なぜこの問題は増え続けるのか——個人の失敗ではなく、社会の構造
認知症による行方不明者数は、過去10年で右肩上がりを続けている。これは「管理が甘い家族が増えた」のではない。
社会の構造が変わってしまったからだ。
- 高齢化の加速——認知症患者数は今後も増加が見込まれる
- 独居高齢者の増加——異変に気づく人が近くにいない
- 老老介護の限界——介護する側も高齢で、目が届かない場面が増える
- 地域コミュニティの崩壊——「近所の人が声をかける」文化が薄れた
昔であれば、近所の人が「○○さんが一人でうろうろしてた」と声をかけてくれた。今は、誰もが忙しく、見知らぬ人への関与を避ける。人が消えても、誰も気づかない社会が、静かに完成しつつある。
対策はある。なのに進まない理由
GPSデバイスや見守りタグの普及、地域ネットワークの整備。
解決策は、すでに存在する。
それでもこの問題が解消されないのには、明確な理由がある。
「まだ大丈夫」という過信
認知症は緩やかに進行する。「軽度のうちは必要ない」と判断し、準備が遅れる。しかし実際には、軽度のうちから徘徊は起こりうる。
本人が嫌がる問題
GPSデバイスの装着を「監視されている」と感じ、本人が強く拒否するケースは多い。家族も「かわいそう」と感じて踏み切れない。その結果、何も備えがない状態が続く。
コストと手続きの壁
見守りサービスへの登録、デバイスの購入、行政への相談。知識がなければ、どこから始めればいいかすら分からない。情報へのアクセス格差が、備えの格差を生む。
「備えたくても備えられない」のではなく、多くの場合「備えるタイミングを先延ばしにし続けた結果」として危機が訪れるのが実情だ。
あなたの家族は大丈夫か——今すぐ確認すべきサイン
認知症の早期サインは、見逃しやすい形で現れる。以下のチェックリストで、家族の現状を確認してほしい。
- 見逃しがちな”徘徊リスク”サインリスト
- 同じ話・同じ質問を短時間に繰り返す(短期記憶の低下)
- 外出後、帰宅時間が以前より大幅にずれるようになった
- 近所なのに「道に迷った」と言うことが増えた
- 「昔住んでいた家に帰りたい」など、過去の場所への言及が増えた
- 一人でいる時間が増え、外部との接点が減った
- 財布・鍵など持ち物の管理が雑になった
一つでも当てはまるなら、今が備えるタイミングだ。
「まだ大丈夫」と思った瞬間が、最もリスクの高い瞬間かもしれない。
「見つかるかどうか」ではなく、「見つからない側に入るかどうか」
認知症による行方不明は、特別な家族にだけ起こる話ではない。今この瞬間も、誰かの親が、誰かの配偶者が、自宅の玄関を出ようとしているかもしれない。
問題は「行方不明になるかどうか」ですらない。行方不明になっても見つかる側に入れるか、それとも見つからない171人の側に入ってしまうか。
それが、唯一の問いだ。
GPSデバイスの装着、行政への事前登録、緊急連絡先を書いた名札、近隣住民との関係構築。できることは今日からある。完璧な準備など必要ない。「何もしていない」状態から抜け出すことが、最初の一歩だ。
「その171人の中に、明日あなたの家族が入らない保証はない」




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