「県民限定」のはずが、誰でも申し込めた
物価高に苦しむ兵庫県民を助けるための制度だった。「1口5,000円で6,250円分が使えるデジタル商品券」。プレミアム率25%という太っ腹な給付は、確かに魅力的だ。
しかし蓋を開けてみれば、過去最多118万人が申請し、予算は26億円オーバー。その裏に隠されていたのは、”制度の致命的な欠陥”だった。
本人確認書類の提出は不要。住所は自己申告。重複申請を防ぐ仕組みもない。つまりこういうことだ。ルールを守って1回だけ申し込んだ人より、抜け道を知っていた人のほうが得をする設計になっていた。
これは単純な運営ミスではない。制度そのものが、最初から破綻していた可能性がある。
何が起きたのか――「はばタンPay+」の全貌
はばタンPay+(プラス) は、兵庫県が国の交付金を活用して発行するプレミアム付きデジタル商品券だ。物価高騰に直面する県民の家計を支援する目的で、2023年から複数弾にわたって実施されてきた。
第4弾の概要はこうだ。
- 対象:兵庫県民
- 内容:1口5,000円で6,250円分が使えるデジタル券(プレミアム率25%)
- 上限:1人4口まで
- 申請方法:スマートフォンアプリで完結
仕組みとしては実にシンプルで、わかりやすかった。利用できる店舗は県内のスーパーやコンビニ、小売店など約1万4,000カ所以上。日常使いできる給付策として、多くの県民が期待を寄せていた。
ところが今回、申請数は過去最多となる約118万人に達し、予算をはるかに超えた。兵庫県の斎藤元彦知事は議会でこう説明した。
「申込者数の増加に伴い、予算が26億円不足する形になりました。他の予算から流用することとし、議会にも説明させていただいています」
“他の予算から流用”
この言葉が意味することについては、後述する。まず問うべきは、なぜここまで申請数が膨らんだのか。
制度の”致命的欠陥”――なぜ誰でも申し込めたのか?
関西テレビの独自報道によって明らかになった事実がある。「県民限定」とうたっていたはばタンPay+が、実態として県民以外でも申し込める状態だったのだ。
なぜそんなことが起きたのか。制度の構造を分解すれば、理由は明白だ。
本人確認書類の提出なし
免許証やマイナンバーカードなど、身元を証明する書類の提出は一切求められなかった。申し込みはアプリ上で完結するが、そこに「あなたが本当に兵庫県民かどうか」を確認するステップは存在しなかったのだ。
住所は完全な自己申告制
兵庫県内の住所を入力すれば申請が通る。実在するかどうかの確認もなく、本当にそこに住んでいるかどうかも検証されない。県外在住者でも、県内の住所さえ知っていれば「兵庫県民」として申し込める状態だった。
重複申請を防ぐ仕組みがゼロ
最も深刻な欠陥がここにある。同じ人が別の電話番号と住所の組み合わせで申請した場合、システムは別人として扱う仕様だったという。つまり1人が何度でも申し込める状態が、技術的に可能だった。
この3つの欠陥が重なった結果、制度は「誰でも、何度でも申し込める」ものになっていた。
これをミスと呼べるだろうか。制度として、最初から機能していなかったと言うべきではないか。
「やった者勝ち」が成立した瞬間
ここで少し、想像してほしい。
Aさん:ルールを守り、正直に1回だけ申請した兵庫県民。
Bさん:複数の電話番号と住所で複数回申請した人物。
同じ制度を利用しながら、得られる金額は天と地ほど違う。1口あたり1,250円のプレミアムが、正直者は最大4口分(5,000円)
一方、抜け道を知る人物は、申請した回数だけ積み上げられる。
さらに問題なのは、この”抜け道”がSNSや口コミで拡散していた可能性だ。デジタルネイティブな層を中心に、申請方法のノウハウが広がっていたとしても不思議ではない。
ルールを守る人ほど損をする設計だった。
この一文が、今回の問題の本質を突いている。行政が作った公共の制度が、誠実な市民を裏切る構造になっていたのだ。
あなたが真面目に1回だけ申し込んだとしたら、それは「損な選択」だったことになる。
こんな理不尽が許されていいのだろうか。
なぜこうなったのか――制度崩壊の”構造的原因”
表面的には「チェックが甘かった」で済む話ではない。なぜこれほどまでに脆弱な制度が生まれたのか。その背景には3つの構造的問題がある。
スピード優先のバラマキ政治
物価高対策は「迅速さ」が求められる。いつまでも設計に時間をかけていては、支援を必要としている人に届かないという論理は理解できる。
しかし、スピードを優先するあまり、不正防止のチェック機能が後回しにされた。申請を早く受け付けることが目的化し、「誰が申請しているか」の検証は二の次になったのだ。
デジタル制度の設計ミス
現代のシステム技術であれば、重複申請の検知は十分に可能だ。電話番号の重複チェック、IPアドレスの監視、申請パターンの異常検知。
いくらでも手段はある。
それを実装しなかった(あるいは予算をかけなかった)のは、技術の問題ではなく設計の意思決定の問題だ。
防げたのに、防がなかった。
行政の「性善説」という慢性病
日本の行政制度は長らく、「市民は悪用しない」という前提のもとで設計されてきた。これは国民性への信頼とも言えるが、デジタル化が進む今日においては致命的な甘さになりうる。
アプリで完結する給付制度で性善説を前提とすることは、鍵のかかっていない金庫を街頭に置くようなものだ。
26億円不足の「本当の意味」
斎藤知事の発言をもう一度確認しよう。
「他の予算からの流用をさせていただく」
これが意味することはシンプルだ。
26億円という穴は、結局のところ税金で埋められる。
もともと国の「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」を財源としていたこの制度。
国の交付金も、元を辿れば税金だ。そしてその不足分を補うために「他の予算」が流用される。
他の予算とは、道路整備かもしれない。福祉サービスかもしれない。教育への投資かもしれない。
その26億円を最終的に払うのは、誰なのか。
答えは明白だ。正直に1回だけ申請した、あるいは申請すらしなかった、普通の兵庫県民だ。
不正をした人間が得をし、真面目な人間がその穴埋めをする——これが今回の構造の帰結だ。
後から取り戻せるのか? 回収の現実
「不正が明らかになったなら、返還請求できるのでは?」
そう思うのは自然だが、現実はかなり厳しい。
兵庫県は「県民以外の利用が判明した場合は対応を協議する」と述べているが、問題はその「判明」が極めて困難な点にある。
- 不正利用者の特定:住所が自己申告である以上、どの申請が虚偽かを事後的に特定するのは膨大なコストがかかる
- 返還請求:請求先が特定できなければ請求自体ができない
- 法的対応:訴訟コストが回収額を上回る可能性が高い
デジタル商品券はすでに使用されている。使ってしまったものは戻らない。証拠を集めて訴訟を起こしても、得られるものよりかかるコストの方が大きい。
これが”回収不能リスク”の現実だ。
穴は開いたまま。あとは塞ぐだけ。そして塞ぐのは税金だ。
これは兵庫だけの問題か? 全国で繰り返される”次の失敗”
今、日本全国でプレミアム付き電子商品券や給付型デジタル施策が乱立している。物価高対策、地域振興、消費喚起。
申請、本人確認なし、住所自己申告。
この3条件が揃った制度は、今この瞬間も全国のどこかで動いている。
はばタンPay+の問題が特殊なのではない。
同じ設計であれば、同じ問題は必ず繰り返される。
地方自治体は国の交付金を使うことで「財源はある」という状況になりがちだ。しかし財源があっても、設計が正しくなければ、その金は正しく届かない。届かないどころか、悪用の温床になりかねない。
兵庫の26億円は、氷山の一角かもしれない。
あなたの地元の給付制度は、大丈夫だろうか?
本当に必要だった対策とは――防げた問題だった
批判だけでは何も変わらない。ならば何が必要だったのか。
答えはシンプルだ。
① マイナンバーや住民票との連携による本人確認
マイナンバーカードを活用すれば、申請者が本当に兵庫県民かどうかを瞬時に確認できる。技術的に不可能ではなかった。
② 電話番号・端末情報を使った重複申請の検知
1台のスマートフォンから複数申請があった場合にアラートを出す仕組みは、民間のECサービスでは当たり前に実装されている。
③ 申請数の上限管理とリアルタイム予算監視
申請が予算上限に近づいたら自動的に受付を停止するシステムは、技術的にごく単純だ。
これらの対策は、特別高度なものでも、莫大なコストがかかるものでもない。
防げた。それだけが事実だ。
まとめ:やった者勝ちを許したのは誰か
「不正をした人が悪い」という意見は正しい。しかし、そこで思考を止めてはいけない。
不正ができる仕組みを作ったのは誰か。本人確認を省いたのは誰か。重複防止を実装しなかったのは誰か。性善説で設計を通したのは誰か。
それは制度を設計した側の問題だ。悪用した個人を責めるのは簡単だ。だがそれ以上に問われるべきは、悪用できる穴を残したまま制度を走らせた行政の責任だろう。
26億円の不足は数字ではない。それは、真面目に生きる市民の信頼が裏切られた証だ。
やった者勝ちを許したのは、制度そのものだった。


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