PR
スポンサーリンク

横浜流星の空手世界一への道|那須川天心も認める本物の実力

スポンサーリンク
エンタメ
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

はじめに

俳優として数々のヒット作に出演し、2025年の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で主演を務める横浜流星。端正な顔立ちと高い演技力で人気を集める彼には、もう一つの顔がある。

それは「空手世界チャンピオン」という、華やかな芸能界とは対極にある、ストイックで孤独な格闘技の世界で頂点を極めた経歴だ。

本記事では、横浜流星が幼少期から中学時代に空手に打ち込んだエピソードと、格闘技界のスーパースター・那須川天心も認めるその実力について、詳しく紹介する。

小学1年生で始めた極真空手|道場最弱からのスタート

横浜流星が極真空手を始めたのは、小学1年生の時。サッカー、野球、スイミングなど、いろいろなスポーツを試した結果、自分から「空手がやりたい」と親に言ったという。

埼玉県北葛飾郡にある「極真会館下総支部 松伏道場」に通い始めた横浜だが、意外にもスタートは順風満帆ではなかった。「小学生の頃は、その道場内でもコテンパンにされてた」と当時を振り返っている。道場では最も弱い選手の一人だったのだ。

しかし、横浜には負けず嫌いな性格と強い責任感があった。「子どもながらに自分が1度決めたことをやめたくなかった」という思いが、彼を支え続けた。空手は「寸止め」のないフルコンタクト、いわゆる「ケンカ空手」と呼ばれる極真空手。相手に本当に打撃を与える激しい競技だ。その厳しい世界で、横浜は毎日のように練習に励んだ。

世界一への道のり|超ハードな稽古と失神

横浜流星の空手人生は、想像を絶する過酷な稽古の連続だった。

テレビ番組で明かしたエピソードによると、特に「打たせ稽古」という練習が過酷だったという。これは立ったまま師匠からひたすらローキックを受け続ける稽古で、横浜は必死で耐えていたが、そのまま失神したこともあったと語っている。

雑誌のインタビューでは、「空手を辞めたいと思ったことは何回もある。練習はきついし、精神的にもきついし、試合は勝てない」と正直に打ち明けている。しかし、「でも続けてきたから今がある」とも。きつかった経験を乗り越え、練習に励み続けた結果、ようやく結果が出るようになったのだ。

中学3年生で世界チャンピオンに

そして2011年、中学3年生の時に運命の瞬間が訪れる。

第7回国際青少年空手選手権大会の「男子13・14歳55kgの部」で優勝し、世界チャンピオンに輝くのだ。この大会には70の国や地域から選手が参加し、横浜が出場した階級には約60人の選手が集まっていた。優勝するには5回以上勝ち続けなければならない、極めて厳しい戦いだった。

道場で最も弱かった少年が、世界の頂点に立った。この快挙は、横浜自身の努力と精神力の証明だった。「自分が一度決めたことは責任を持って貫く、という精神力は空手を通じて培うことができた」と、後に横浜は語っている。

ちなみに横浜は中学卒業時に黒帯初段を取得しており、極真空手で最も強い証である黒帯を手にした実力者である。

那須川天心も認める実力|「チャンピオンレベルまで行けた」

横浜流星の空手の実力を最も高く評価している人物の一人が、格闘技界のスーパースター・那須川天心だ。

那須川天心も極真空手の出身で、小学5年生の時に世界大会で優勝している。2歳年上の横浜とは幼少期から大会で顔を合わせる関係で、お互いの強さを認め合う仲だった。

2024年6月放送のテレビ番組で、那須川は横浜の実力についてこう語った。「空手やってただけみたいな感じの人って結構いるじゃないですか。じゃなくて、もう本当に強かったんですよ。このままキックボクシングとかやったら本当にチャンピオンとかいけるぐらい」

公式戦34戦34勝という驚異的な戦績を持つ那須川が、ここまで横浜を評価しているのは驚きだ。また那須川は別の機会に「あのまま空手を続けていれば、間違いなくチャンピオンレベルまで行けた」とも語っている。

横浜もまた、那須川について「年下であんなすごい選手がいるのか。天才じゃないか」「あいつは絶対、大物になる」と当時から確信していたという。お互いがお互いの才能を認め合う、格闘技を通じた深い絆がそこにはある。

2023年10月には、那須川が「ほんと神はずるい。顔も良くて格闘技も強い」と横浜について語り、その実力を改めて称賛している。

テレビ番組でのスパーリング|キレのある回し蹴りを披露

2020年1月放送の「行列のできる法律相談所」では、横浜流星と那須川天心が約7年ぶりに再会し、スパーリングを行った。

番組では横浜が強烈な回し蹴りを連発。キックボクシングに転向していた那須川がミットを持ち、横浜のキックを受け止めた。空手を辞めてから数年が経っていたにもかかわらず、横浜の蹴りは鋭く、スピードもあった。那須川は横浜の動きのキレに驚き、その実力を改めて実感したようだ。

また別の回では、横浜がバット割りにも挑戦。見事にバットを真っ二つに割る姿を披露し、視聴者を驚かせた。

空手から俳優の道へ|人生の選択

世界チャンピオンになった横浜流星だが、高校1年生の時にも国際大会で3位に入賞するなど好成績を残していた。しかし、彼は格闘技の道ではなく、俳優の道を選ぶことになる。

横浜は小学6年生の時に原宿でスカウトされ、芸能活動を始めていた。当初は空手と俳優業を両立していたが、次第に俳優の仕事が増え、両立が困難になっていった。

高校3年生の時、進路を決める際に大きな岐路に立たされた。「格闘家として生きる道」「大学に進学する道」「俳優として生きる道」。3つの選択肢があった。

母親から「人生は一度きりだから、好きなようにしなさい」と背中を押され、横浜は俳優の道を選んだ。もともと俳優になりたいという夢があり、2011年9月に「仮面ライダーフォーゼ」に出演したことで「ヒーローに変身してみたい」という思いが強まったことも理由の一つだった。

世界一という栄光を手にした後だからこそ、「一区切りついた」と思えたのかもしれない。

空手が俳優業に与えた影響

横浜流星は、空手で学んだことが俳優業にも大きく活きていると語る。

「格闘家と同じで、役者も孤独を感じる仕事です。もともとの僕は心が弱い方だと思うんですが、これでもかと鍛えられながら『自分でやりたいと言ったことならば、ここでやめてはカッコ悪い』と続けていくことで、精神面も強くなったように感じています。礼儀や謙虚に生きることの大切さを教えてくれたのも空手だった」

映画やドラマでのアクションシーンでは、空手で培った身体能力と集中力が存分に発揮されている。2023年には映画「春に散る」の役作りのためにボクシングを始め、プロテストに合格してC級ライセンスを取得するなど、その運動神経とストイックさは健在だ。

まとめ

横浜流星の空手エピソードは、過去の栄光ではない。道場最弱から世界チャンピオンへと上り詰めた経験、那須川天心も認める本物の実力、そして空手で培った精神力が、今の彼を作っている。

世界一という頂点を経験した者だけが持つ、目標に向かって努力し続ける姿勢。それは俳優・横浜流星の演技にも表れている。

2025年の大河ドラマ主演という大舞台でも、かつて空手で見せたような粘り強さと情熱を発揮することだろう。

空手世界チャンピオンから俳優へ。異色の経歴を持つ横浜流星の今後の活躍から、ますます目が離せない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました