はじめに:異色の経歴から阪神のエースリリーバーへ
2025年シーズン、阪神タイガースの石井大智投手は、NPB史上初となる防御率0.17という驚異的な数字を叩き出しました。53試合に登板し、自責点はわずか1点。50試合連続無失点というNPB記録、そして世界記録を打ち立てた右腕の背景には、高専卒業という異色の経歴と、独立リーグでの苦労の日々がありました。
プロ入り前の極貧生活:独立リーグでの修行時代
父子家庭で育った野球少年
石井大智選手の実家は母親がいない父子家庭で、父親と祖母の3人で育ちました。祖母のクニ子さんが母親代わりとして支えていた環境でした。父・智之さんは阪神タイガースの熱烈なファンで、1985年のバース、掛布、岡田による「バックスクリーン3連発」をテレビで見て以来、阪神を応援していました。
高専からプロへの決断
石井は秋田工業高等専門学校に進学しました。元々は中学で野球をやめる予定で、「工業系の仕事に進みたい」という理由での進学でした。専攻は環境都市工学で、5年生の頃に大手企業から内定を得ていましたが、監督の白根にプロ選手志望を打ち明け、中学時代のチームメイトだった成田翔がロッテに入団したことで「同じ舞台で戦いたい」とNPB入りを目指すことを決意しました。
独立リーグでの厳しい生活
白根監督は石井を四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスが実施した独自トライアウトに参加させ、高知監督の駒田徳広から内々定を得ました。
2019年は開幕戦の徳島インディゴソックス戦に先発し、9回を15奪三振、被安打を初回の1本のみに抑え完封勝利を挙げました。シーズンでは18試合に登板し、チーム最多の108回1/3を投げ6勝5敗、防御率1.50を記録。122奪三振を挙げ最多奪三振のタイトルを獲得しました。
2020年は17試合に登板し、6勝7敗、防御率1.69、129奪三振を記録。9月には自己最速を2km/h更新する153km/hを計測しました。
独立リーグ時代は決して裕福ではありませんでしたが、石井は今も古巣である四国アイランドリーグ高知のチームスポンサーを務めており、総額は数百万円にも及びます。古巣のウェートルームにはスポンサー料で購入された中古の器具が並んでいます。恩返しの精神を忘れない姿勢が、彼の人間性を物語っています。
プロ入り後の年俸推移:下位指名からの躍進
ドラフト8位指名からのスタート
2020年のドラフト会議で、阪神はドラフト8位で独立リーグ四国アイランドリーグ・高知の石井大智投手を指名しました。秋田高専を卒業した石井は、高専出身では2009年ドラフト2位で巨人に入団した近大高専の鬼屋敷正人捕手以来となりました。
年俸の推移
- 2021年(1年目): 推定年俸550万円
- 2022年(2年目): 推定年俸800万円
- 2023年(3年目): 2750万円増となる4000万円でサイン
- 2024年(4年目): 4200万円増の8200万円で更改。中継ぎとして重要な場面を任され、自己最多の56試合で防御率1.48をマークしました
- 2025年(5年目): 推定年俸8200万円(据え置き)
プロ野球選手としての5年間の通算平均年俸は2960万円、総額は1億4800万円となっています。
2025年シーズン:史上初の防御率0.17を記録
驚異の無失点記録
2025年も開幕一軍入りを果たし、3、4月は8試合連続無失点を記録するなど、4月4日の読売戦で1点を失っただけと、11試合に登板して防御率0.75と好調でした。
8月30日、甲子園での阪神対巨人戦の8回、石井大智が1点リードの場面でマウンドに上がり三者凡退。連続試合無失点記録を44試合に伸ばし、自身が更新中のNPB記録をさらに塗り替えました。
2025年シーズン、阪神タイガースの石井大智は、53イニングを投げて防御率0.17という、NPB史初の数字を叩き出しました。自責点は僅か1という驚異の数字で、世界記録となる50試合連続無失点や、球団記録となる49イニング連続無失点をマークしました。
投球スタイルの変化
2024年の三振主導の積極スタイル(三振率30.7%、四球率7.4%)と比較すると、2025年は三振を減らしつつ四球も大幅に削減し、コントロールを優先したアプローチが見て取れます。
昨年からストレートの投球割合を48.6%から60%へ増やし、フォークやスライダーなどの変化球を減らしました。また、全体の平均球速を150.9kmから149.1kmへ落とすことで、ストレートをコーナーに投げ分け、投げミスを減らす意図が見受けられます。
変化球を減らし、ストレートでコーナーを突くピッチングは空振りを減らし、弱い当たりを量産する狙いが見受けられます。結果として、WHIPは0.99から0.83へ向上し、四球率は3.5%と昨年の半分まで数字を落として安定感が増しました。
2025年日本シリーズ:涙の訳と「力の差」
痛恨の同点被弾
日本シリーズ第5戦の阪神―ソフトバンク戦が30日に行われ、阪神が2-3と逆転負けを喫し、2年ぶりの日本一を逃しました。
2点リードの8回、3番手で登板した右腕は、先頭・嶺井に安打を浴びながらも、虎党の大歓声を背に代打・ダウンズを空振り三振。しかし一死一塁から1番・柳田に初球の150キロ直球をフルスイングで捉えられ、打球は無情にもレフトポール際へ吸い込まれました。
涙が語る「力の差」
終戦が決まると、チームは右翼スタンドへ最後のあいさつ。虎党からの拍手が鳴り止まぬ中、8回に同点2ランを被弾した石井の目には涙が浮かびました。悔しい気持ちを抑えきれない右腕に、今季ともにブルペンを支えた及川らチームメートが肩をたたいて励ましました。
マウンド上でぼうぜんと肩を落とした石井は「打たれたからいうわけではないですが…。日本シリーズ4試合投げて力の差を感じていたので。きょうも柳田選手へは投げ切れた球だと思ったんですが、あきらかに力負けです」と唇をかんで語りました。
シーズン50試合連続無失点のNPB記録を打ち立て、ポストシーズン含めて56試合連続無失点の右腕でさえ鷹打線の破壊力を止めることはできませんでした。
セ・パの差を痛感
「スイングは強いですし、セ・リーグとパ・リーグの野球は違うと思うので。どちらがレベルが高いという話ではなく、通用しなかったなと」と悔しさをにじませながら振り返りました。
「野球の残酷さを知りました」。4月4日以来、57試合、209日ぶりの失点が痛恨の同点弾。今できることを出し切ったからこそ、感じたのは力の差でした。
ソフトバンクとの決定的な差
打線の破壊力の違い
日本シリーズを通じて、鷹打線の破壊力は圧倒的でした。石井のような史上最高レベルの中継ぎ投手でさえ、投げ切れたと思った球を痛打されたのです。
パ・リーグで鍛えられた選手たちの対応力の高さ、長打力の違いが、日本シリーズという大舞台で如実に表れました。石井が感じた「力の差」は、個人の能力の差というよりも、リーグ全体の競争レベルの差だったと言えるでしょう。
組織としての完成度
阪神が持つセ・リーグトップクラスの投手力に対し、ソフトバンクは投打のバランス、選手層の厚さ、経験値の豊富さで上回っていました。日本一を経験した選手が多く、短期決戦での戦い方を熟知していたことも大きな要因でした。
来季への誓い
日本一を逃した悔しさをにじませながらも、「また来シーズン連覇して、絶対、日本一になりたいと思います」と言葉に力を込めました。
「こういう経験の中で感じてきたものを来年の糧にして。野球の残酷さを知ったというか。でも野球人生が終わったわけではないので。来年は抑えられるように頑張りたいです」と必死に前を向きました。
秋田高専から独立リーグ、そしてドラフト8位指名という異色の経歴を持つ石井大智。父子家庭で育ち、古巣への恩返しを忘れない人間性。防御率0.17という史上初の記録を樹立しながらも、日本シリーズで味わった挫折。
すべての経験が、この右腕をさらに強くしていくことでしょう。2026年シーズン、石井大智の進化した姿を見られることを、多くのファンが楽しみにしています。


コメント