警視庁が退職代行業界最大手を捜索 – 年商3億円超のモームリを直撃
2025年10月22日午前、警視庁は退職代行サービス「モームリ」を運営するアルバトロス(東京都品川区)に対し、弁護士法違反の疑いで家宅捜索を実施した。捜査員約100人態勢で同社本社および都内の法律事務所など複数の関係先への一斉捜索が行われた。
退職代行という新たなビジネスモデルで急成長を遂げてきた「モームリ」に、突如として降りかかった強制捜査。今回の事件は、現代の労働環境を映す鏡として注目される退職代行サービスそのものの在り方を問う。
家宅捜索の理由 – 弁護士法違反「非弁提携」の疑い
捜査関係者によると、アルバトロスは退職希望者から依頼を受けた際、企業側との交渉が必要になった場合に依頼者を弁護士に紹介し、紹介料として弁護士側から違法に報酬を得ていた疑いがある。
弁護士法は、弁護士でない者が報酬を得るために法的な交渉を第三者にあっせん(周旋)する行為を禁じている。これは「非弁提携」と呼ばれ、無資格者に法律行為への関与を許せば、依頼者に不利益が生じる恐れがあるためだ。
捜査関係者によると、モームリでは非弁行為にあたる法律に関わる交渉が行われている実態を把握しており、警視庁は他にも違法性のある事業を行っていないかなど捜査する方針だという。
同社の公式サイトでは「当社は退職意思の『通知』に徹しているため、違法性は一切ございません」と説明していたが、実態として残業代請求などの法律交渉をめぐる弁護士紹介で対価を得ていた可能性が浮上している。
谷本慎二社長 – 東証一部上場企業からの転身
モームリは2022年に創業者・谷本慎二社長が本人の代わりに退職の意思を会社に伝えるサービスを開始した。1989年2月1日に岡山県高梁市で生まれた谷本氏は、神戸学院大学を卒業後、2012年4月に東証一部上場企業の大手接客・サービス業に入社。入社の翌年には店長に昇格し、入社5年でエリアマネージャーに昇りつめ、新店舗の立ち上げ責任者として6店舗も担当した優秀な社員だった。
約10年勤務したのち、企業に勤めている安心感と自分のやりたいことを天秤にかけ、退職するまで悩んだという。前職での過酷な労働環境の経験と、同僚たちが次々と辞めていく現実を目の当たりにした経験が、退職代行サービスへの関心につながったとされる。
2022年2月に株式会社アルバトロスを設立し、翌3月からモームリのサービスを開始。わずか3年で退職代行業界における圧倒的なシェアを獲得し、メディア出演(テレビ、雑誌、新聞、海外メディア含む)は累計500社以上に達するなど、注目を集める経営者となっていた。
株式会社アルバトロスの成り立ちと事業展開
アルバトロスは「飛べない鳥を羽ばたかせる」という企業理念を掲げ、退職に悩む人々の支援を事業の柱に据えた。累計利用者数は4万人を超えているとされ、料金は正社員2万2千円、パート・アルバイトは1万2千円で、電話やLINEなどで24時間365日相談を受け付け、勤務先への連絡や退職手続きを代行するサービスを展開してきた。
同社のビジネスモデルの特徴は、単なる退職代行にとどまらない多角的な事業展開にある。退職データを活用した法人向けコンサルティングサービス「MOMURI+」、自己退職支援サービス「セルフ退職ムリサポ!」、情報収集代行サービス「検索代行モーシラン」など、退職という社会現象を軸に複数の事業を立ち上げていた。
さらに2025年5月からは保険代理店事業「ほけんのアルバ」も開始し、コインランドリー運営など、退職代行以外の分野にも積極的に進出していた。
急成長の業績 – 年商3億円超、2期連続の大幅増収
民間の信用調査会社などによると、アルバトロスは22年2月設立でアルバイトを含む従業員数は68人。25年1月期の売り上げは約3億3千万円で、2期連続の大幅な増収だった。
月間依頼件数は増加の一途をたどり、2025年1月には月間2,200件を超える依頼があったとされる。1日あたりの依頼件数も、繁忙期には250件を超える日もあり、退職代行市場において圧倒的な地位を築いていた。
業界シェアについても、複数のメディアで「7割のシェアを占める」と報じられるなど、退職代行業界における事実上の最大手として君臨していた。この急成長の背景には、SNSやYouTubeを活用した積極的な情報発信戦略があった。
谷本社長は顔出しで自社サービスを説明し、「退職代行は胡散臭い」という負のイメージを払拭するための透明性の確保に注力。毎日の実績をSNSで公開するなど、オープンな姿勢が若年層を中心に支持を集めた。
退職代行サービスをめぐる法律上のグレーゾーン
退職代行サービスは、その性質上、常に法律との境界線上にある。東京弁護士会の小町谷悠介弁護士は「残業代の問題とか、退職に伴う法的な問題が発生したときに、それを弁護士資格のない退職代行の業者がそういった話を突っ込んでしてしまうと非弁行為ということで、違法になる可能性がある」と指摘している。
単に「退職します」という意思を会社に伝えるだけであれば問題ないが、残業代の請求、有給休暇の消化交渉、退職金の増額交渉など、法的な権利義務に関わる内容になると、弁護士資格がなければ対応できない。
モームリは「通知に徹している」との立場を表明していたが、実際のサービス運営においては、法律交渉が必要なケースで弁護士を紹介し、その対価として報酬を受け取るという仕組みが構築されていた可能性が高い。これが今回の弁護士法違反容疑につながったとみられる。
退職代行市場の現状と社会的背景
退職代行サービスへのニーズは近年急速に高まっている。転職市場が活況を呈する中、退職を引き留める企業や上司に直接退職を伝えることへの心理的ハードルの高さから、特に若年層を中心に利用が拡大している。
「自分で退職意思を伝えられない」「辞めさせてもらえない」「退職を切り出す勇気がない」といった悩みを抱える労働者にとって、退職代行は精神的負担を軽減する有効な選択肢として認識されてきた。
一方で、退職代行という存在自体が、現代の労働環境の歪みを象徴しているとの指摘もある。本来であれば労働者が自由に退職できるはずが、実際には様々な圧力や引き留めによって退職が困難になっている実態が、退職代行サービスの需要を生み出している背景にある。
今後の展開と業界への影響
警視庁は押収した資料を分析し、違法なあっせん行為があったかどうか、刑事責任を問えるかどうかを調べる方針だ。今回の捜査は、退職代行業界全体に大きな波紋を広げることが予想される。
業界最大手への強制捜査は、他の退職代行業者にとっても対岸の火事ではない。多くの業者が同様のビジネスモデルで弁護士紹介を行っている可能性があり、法的なコンプライアンスの見直しを迫られることになるだろう。
また、利用者にとっても、信頼して依頼したサービスが法的に問題を抱えていた可能性があるという事実は、退職代行サービス全体への不信感につながりかねない。業界全体として、透明性の高い、法令順守を徹底したサービス設計への転換が求められている。
退職という人生の重要な局面を支援するサービスだからこそ、適切な法的枠組みの中で運営されることが不可欠だ。今回の事件が、退職代行業界の健全な発展につながる契機となるのか、それとも業界全体の信頼を揺るがす事態となるのか、今後の展開が注目される。


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