はじめに:史上最高値更新の衝撃
日経平均株価が48,000円の大台を突破し、史上最高値を更新した。しかし、多くの日本国民は「本当に景気が良いのか」と首をかしげる。
株価と実生活の間に横たわる深い溝。
この矛盾はなぜ生まれたのか。日経平均急騰の構造的要因と、国民生活が豊かにならない本質的理由をシラベテミタ!
日経平均48,000円突破を支えた5つの要因
1. 円安による企業業績の押し上げ効果
日経平均を構成する主要企業の多くは輸出産業だ。2024年から2025年にかけて続いた歴史的円安は、トヨタ自動車やソニーグループなどグローバル企業の収益を劇的に改善させた。為替が1円円安に振れるだけで、トヨタの営業利益は数百億円単位で増加する。海外で稼いだドルやユーロを円換算すれば、自動的に利益が膨らむ仕組みだ。
この円安メリットは株価に直結する。投資家は将来の業績拡大を織り込み、株を買い進める。結果として、実体経済の成長以上に株価が上昇する現象が生まれた。
2. 外国人投資家による大量買い
日経平均の上昇を牽引したのは、国内投資家ではなく外国人投資家だった。特に米国の機関投資家やヘッジファンドは、日本株を「割安な投資先」として注目。コーポレートガバナンス改革の進展や、ROE(自己資本利益率)重視の経営姿勢が評価され、大量の資金が流入した。
東京証券取引所の投資部門別売買動向を見れば一目瞭然だ。外国人投資家の買い越し額は数兆円規模に達し、株価上昇の主役となった。彼らにとって日本株は、円安で割安になった「お買い得商品」だったのだ。
3. 企業の自社株買いブーム
東証の市場改革要請を受け、日本企業は積極的に自社株買いを実施している。自社株買いは市場に流通する株式数を減らし、一株あたりの価値を高める。これは株価を機械的に押し上げる効果がある。
2024年度の自社株買い総額は10兆円を超え、過去最高を記録。企業が稼いだ利益を設備投資や賃上げではなく、株主還元に回す構造が鮮明になった。この選択が株価を支える一方で、後述する「国民の豊かさ」との乖離を生む要因にもなっている。
4. インフレによる名目株価の押し上げ
見落とされがちだが、物価上昇も株価上昇の一因だ。企業は原材料費や人件費の上昇分を販売価格に転嫁し、名目上の売上高を増やす。インフレ環境下では、企業の名目利益も膨張しやすい。
株価は基本的に企業の利益水準に連動する。つまり、インフレが進めば名目株価も上がりやすい。これは「実質的な価値上昇」とは異なる。むしろ、貨幣価値の低下を反映した数字の膨張という側面が強い。
5. 日銀の金融緩和継続への期待
長年続いた日銀の異次元金融緩和は、資産価格を押し上げる最大の要因だった。マイナス金利政策とYCC(イールドカーブコントロール)により、市場には大量の資金が供給され続けた。投資家は「日銀が株式市場を支える」という暗黙の信頼を持っていた。
2024年にマイナス金利が解除された後も、金融引き締めのペースは極めて緩やかだ。低金利環境が続く限り、株式投資の相対的魅力は高まる。この「緩和継続期待」が、株価の下支え要因となっている。
なぜ株高でも国民生活は豊かにならないのか
構造的問題1:株式保有の偏り
最大の問題は、日本人の多くが株式を保有していないという事実だ。日銀の資金循環統計によれば、家計の金融資産に占める株式・投資信託の割合は約15%程度。米国の40%以上と比べると圧倒的に低い。
つまり、株価が倍になっても、その恩恵を受けるのは富裕層と機関投資家に限られる。大多数の国民にとって、株高は「対岸の火事」でしかない。むしろ、資産格差が拡大し、相対的な貧困感が増す結果となる。
構造的問題2:賃金上昇の遅れ
企業収益が改善しても、それが従業員の給与に反映されるまでには大きなタイムラグがある。日本企業は長年、内部留保を積み上げ、賃上げには慎重な姿勢を貫いてきた。
2024年春闘で30年ぶりの賃上げ率が実現したものの、その恩恵を受けたのは主に大企業の正社員だ。中小企業や非正規雇用労働者の賃金は依然として停滞している。人口の約4割を占める非正規雇用者にとって、株高は無縁の世界だ。
構造的問題3:実質賃金のマイナス継続
名目賃金が上昇しても、物価上昇率がそれを上回れば、実質賃金はマイナスになる。2023年から2025年にかけて、実質賃金は20ヶ月以上連続でマイナスを記録。つまり、給料は増えても、買えるものが減っているのが現実だ。
スーパーでの買い物、光熱費、ガソリン代——生活必需品の価格上昇は、家計に直接的なダメージを与える。株価が上がっても、食卓が豊かになるわけではない。この「体感経済」と「株価」の乖離が、国民の不満を生んでいる。
構造的問題4:円安のダブルスタンダード
円安は輸出企業の業績を押し上げ、株価を上昇させる。しかし同時に、輸入物価を上昇させ、国民の購買力を奪う。日本はエネルギーや食料の多くを輸入に依存しており、円安は生活コストの直接的上昇を意味する。
つまり、株高を支える円安こそが、国民生活を圧迫する元凶でもある。投資家と一般国民では、円安の意味がまったく逆なのだ。このダブルスタンダードが、経済統計と生活実感の矛盾を生み出している。
構造的問題5:企業利益の配分構造
現代企業は「株主資本主義」の下で動いている。経営者は株主の利益を最優先し、配当や自社株買いに利益を振り向ける。従業員への分配や、将来の成長投資は後回しにされがちだ。
この構造下では、企業が稼いだ利益は国内経済を循環せず、金融市場に吸い上げられる。しかも、その株主の多くは外国人投資家だ。日本企業が稼いだ利益が、海外に流出する構造が固定化している。
構造的問題6:中小企業との格差拡大
日経平均を構成する大企業は好調でも、日本経済の99%を占める中小企業は別世界だ。原材料高や人手不足に苦しみ、価格転嫁も十分にできない中小企業は、利益率が低下している。
中小企業に勤める労働者は全体の約7割。彼らの給与が上がらなければ、国民全体の消費は増えない。日経平均が映し出すのは、ごく一部の巨大企業の好調さであり、日本経済全体の健康状態ではないのだ。
株価と国民生活を繋ぐために必要なこと
金融資産形成の促進
新NISA制度の拡充は一歩前進だが、まだ不十分。金融教育の充実、投資へのハードル低減、長期・分散・積立投資の啓蒙が必要だ。株式市場の成長を国民全体で共有する仕組みを作らなければ、格差は拡大し続ける。
賃金上昇メカニズムの構築
企業収益と賃金を連動させる仕組みが不可欠。利益連動型賃金制度の導入、最低賃金の継続的引き上げ、非正規雇用の待遇改善。
これらを同時並行で進める必要がある。
サプライチェーン全体での価値配分
大企業だけでなく、中小企業にも適正な利益配分が行われるべきだ。下請け取引の適正化、価格転嫁の円滑化、公正取引の徹底が求められる。
経済全体が好循環に入るには、サプライチェーン全体での富の再配分が必要だ。
数字の裏にある現実を見つめて
日経平均48,000円突破は、確かに歴史的な出来事だが、それは日本経済の一側面を切り取った数字に過ぎない。
円安、外国人投資家の買い、自社株買い。株価上昇の要因を紐解けば、必ずしも「日本経済の実力向上」を意味してないことが分かる。
一方で、国民の多くは株式を保有せず、賃金上昇は物価上昇に追いつかず、生活コストは上昇し続ける。株高と生活苦が同時進行する。
この矛盾こそが、現代日本経済の本質だ。
必要なのは、株価に一喜一憂することではない。経済成長の果実が、どのように配分されているかを冷静に分析し、構造的な問題に向き合うこと。48,000円という数字だけでなく、国民の生活の現実を見つめることが大事である。


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